第11話 死神の初恋⑧
ロザリオの内部には数行にわたって文字が刻まれていた。
それはサーシャから教わった言語で構成されている。
彼女が彫ったのだろうか、全文は以下のように
此処は
誰かが創った
だけどあなたが信じるなら
物語は本物になる
ハクロは首を傾げた。
なにかの
さらに、詩からすこし離れた位置にも文字がある。習っていない単語だが、
「サ……ク……ヤ……?」
詩の作者だろうか。どことなくサーシャと響きが似ている。
どうしてロザリオの内側に刻んだのだろう……仕掛けはかんたんに外すことができない。つまり不特定多数に見せるために綴られた詩ではないということだ。
ハクロは
ローブを
とにかく、全体の構成からして、
――サーシャはこの詩を知っているのだろうか。
そう思い。振り返ってみたものの、彼女は息を切らせて
早く医者に
ロザリオを手にハクロは、
「サーシャ、俺にできることはないか? なんでもいい。教えてくれ。頼む」
「……そのロザリオ」
「あの日からずっと隠し持っていた。すまない。断りもなく開けてしまった」
「どれだけ隠しても知りたがるのね」
「サーシャが苦しんでいるのを見過ごすわけにはいかない。俺には貴女が必要なんだ。俺は貴女が……」
ハクロは言葉に詰まった。感謝でもない。尊敬でもない。それ以上の感情を、サーシャに対する気持ちをまだ、うまく言葉で云い表すことができない。下手に口にすると、今の関係さえ失ってしまうのではないか。
そんなふうに
「ありがとう。そう云ってくれるだけでととても嬉しい」
「この気持ち
「赦すもなにも、止める権利なんて誰にもないわ。私はただ警告をするだけ。どうしようと最後は貴方の自由よ」
「俺はサーシャの力になりたい」
「なら、
「詩……? あの、女神が詠った
「そう。そうすれば元気になれるから」
「分かった」
ハクロは軽く深呼吸を繰り返し、うろ覚えの
それは魔法と呼ぶにはあまりに
「ありがとう。楽になったわ」
横たわったままサーシャは微笑んだ。多少は楽になったようだ。しかし気休め程度にしかならないのだろう。ハクロを励ますために無理をしているのは明白だった。歌詞や旋律が
それでも、詩には人を癒す効果が確実にある。
依然として
全文を聴いたわけではないので確かなことはいえないが、鎮魂歌を創ったのがほんとうに女神であるならば、なおさら特別な力が宿っていてもおかしくはない。そこに重要なヒントが隠されているのではないかと考えたハクロは、歌詞を書き出していく。
こちらはロザリオと違ってかんたんな
その詩を一節ずつ丁寧に検証していく。
ある
ロザリオに刻まれた難文にも理解できる単語はいくつかあるが、そのひとつと一致している。それは、
「物語か……」
たったひとつの単語だが、しかしロザリオと鎮魂歌の両方に共通している。手掛かりとするにはあまりにか細い理屈で
ハクロは意を決して立ち上がる。
「サーシャ、此処にいても始まらない。一緒に
「私は此処で待つわ。貴方だけでお
「傍を離れないと約束しただろう。サーシャを独り置いていけるものか」
「だけど私……自力で歩けそうにないわ」
「大丈夫。俺に考えがある」
ハクロは泉に浸かると中心に向かって泳いだ。そこに浮かんでいる
「よし、これなら運べそうだ」手応えを感じ、ハクロは破顔した。
「どうしてこんなことができると思ったの?」
「これだけずっと一緒に生活していれば気がつくさ」
何故かサーシャは人や人工物には触れられない。しかし水や大地、森の樹々や野生の動物には触れている。ともに暮らすなかで観察するうちに分かっていたことだ。
ただし、自然のものでも加工すると人工物と
いまは魔法を使わせて体力を
初めて感じるサーシャの重みに耐えられるよう、ハクロは睡蓮を幾重にも重ねていく。背後から刺さるような視線を感じて振り返ると、サーシャが頬を膨らませて睨んでいた。
「私そんなに重くないわよ?」
「念のためだ。恥ずかしがる必要はない。重みがあるということは、ちゃんと生きている証拠だからな」
「
「それでも俺はサーシャの存在を実感できて嬉しい」
「嗚呼、そんなふうに云われると益々こじれてしまいそう……」
「夜明けとともに出発する。それまで休んでいてくれ」
「もう一度詩を聴かせてくれるかしら?」
「分かった」
ハクロは首肯し、夜通し詠い続けた。
※
やがて――わずかに東の空が
装備を整えたハクロは、小鳥のさえずりを合図に小屋を出る。泉にはまだ夜の
蓮とともにサーシャを抱き上げ、背中に
小屋の裏手にまわり、大鎌を手にした。墓場から移り住んで以来ずっと使っていなかったが、どうやら錆びついてはいないようだ。さらしで刃を覆い隠し、使う機会が訪れないことを願いながら腰に携える。
――必ず助けてやるからな、サーシャ。
大切な人を気遣いながら、ハクロはゆっくりと歩きだす。原因不明の病の治療法を求めて山をおりた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます