最先端の世界遺産

桜松カエデ

見えるけど見えないもの

 学校の校舎からは見渡す限りの田園風景が広がる。秋も近づき紅葉が町を彩り始めてから数日が経った。

「見えるけど見えないもの? そりゃまた何とも謎々らしい謎々だな」

 霧島拓斗は机の上に肘を乗せて両手を組むと顎を乗せると、眉根を寄せて必死に幼馴染の問いを考える。

「ヒントは佐賀よ。数年前に話題になったわ」

 四季明日葉は長い黒髪をさらりとかき上げて、ふふっと微笑んだ。

 この笑みは明らかに挑発しにきている。だが、数年前と言われると記憶の片隅にも佐賀の情報は残っていない。

 数か月前までは親の都合で都心の方にいたのだから、地方の事など気にしなかったのだ。

 しかし、やはり彼女の仕草や声音は全く変わらない。それどころかより魅力的になっている。

「これで百戦目よ。もし負けたら……」

「何でもいうことを聞く。だったよな? ほんと、幼稚園の頃の約束を守る四季には感心するぞ」

 幼馴染は幼稚園から続く一日一題の「なぞなぞ勝負」を高校生にもなっても覚えていたのだ。

 霧島は腕組みして眉根に皺よせると小さく唸った。周りから見れば頑固おやじの様だろう。

 しかし謎を考えるよりも、記憶の隅に残っている大昔の会話が蘇ってきてしまう。

 あの時、なぞなぞ勝負を始める前に四季が言った言葉は、確か「お嫁さんになる」だったはずだ。

 小さい時の約束、それもノリ的には「将来の夢はお父さんの嫁さん!」程度のものだろうと思っていた。

 だが現実は違った。

 セーラー服のリボンをいじっている四季の目は本気だ。

 向かい合っているのに目は間にある机の上に落とし、大きな目をすっと細めている。こちらを向かないからこそ恐怖を与えてくる。

 頭を抱える霧島は、両手を合わせて目の前の女神さまを拝んだ。

「もう少しヒントくれ! これじゃあ全く分からない」

 すると、四季は短いため息をついて歴史の教科書を取りだした。

「佐賀で、歴史に関わる事か。それでいて話題になったものって……」

 佐賀と言えば本丸歴史館がある。その他にも有田焼や伊万里焼、温泉にお茶だって有名だ。

 まあ隣県の福岡に人は持って行かれるのは仕方ない事なのだが。

 霧島は頭の中にある知識を総動員して四季の問題に立ち向かう。

「まあでもこれって時事問題よね。謎々とは大きくかけ離れていたわ」

 どこか憐れむような眼差しを向けられて霧島はむむっと唸った。

 確かに彼女が出しているのは謎々でもなんでもない。ただの地域問題だ。

 しかしながら。

 あの目線はどうにもムカついてしょうがない。

 最後にアッと言わせてやると決心するには丁度いい。

 人を馬鹿にしていると言うような生半可なものではなく、絶望しているのだ。

「分かったわ、問題を変えましょう」

「いや、そのままでいい」

 霧島はすぐに四季の提案を蹴った。

 今までこんな問題ばかりだったのだ。普通の謎々とは少し違って、雑学が問われる。しかしそれでも何とか食らいついてきたのだから諦めるわけにはいかない。

「へえ。頑張るのね。じゃあもう一つヒントを上げるわ。佐賀市の川副にあるのよ」

「んなもん知るか! てか本当に話題になったのかよ」

 勢いよく立ち上がった霧島は声を上げると、再び式に確認を取る。

 そんな霧島を涼しい顔で受け流した四季はゆっくりと口を開いた。

「それじゃあ、行ってみましょうか」

「どこに?」

「答えがあるところよ」

 

「つまり、この何もない所が話題になったのか? それ本当なんだろうな」

 眼前に広がるのは何もない空き地だ。そして少し離れた場所には川が流れ、橋が架かっている。

 だが周辺の道路は綺麗になっており、おまけにちらほらと人の姿もあった。

「パーワースポットか? それとも幽霊が見れたり?」

「どちらかが答えでいいのかしら?」

「ダメだ」

 即答した霧島は周囲を見渡して自転車を降りた。

 目を凝らしてもやはり何もない。

「制限時間を設けましょう。見つけられなかったら私の勝ちよ」

 笑みを浮かべる四季の顏はまさに勝ち誇った勝者のようだ。

 おそらく彼女が言っていることは本当だろう。この何もないだだっ広い場所が『佐賀・歴史・話題』を繋ぐのだ。

 しかし、それが何か全く予想がつかない。

 そしてだからこそ、連れてきても問題ないと踏んだのである。

「石碑の一つでも立っていればなあ」

 そう言うが、ほんとに何もない場所だ。ここなら地元の野球少年が練習場として使っても問題無いだろう。

 夕日が川を照らし、水面がきらめく。その眩しさに思わず目をそむけた霧島だが、すぐに目蓋を開いた。

「やはりわからん」

 ここに答えがあるのは分かっている。しかし見つけることは出来ない。

 隣に立つ四季は、その空地を指さして。

「ほら、そこに在るじゃない」

 なんともオカルト的なことを言い出した。

 やはりここに集まる連中は凡人に見えない物が見えているらしい。

 霧島は四季を一瞥すると、ため息をついた。

「もうよせって。本当は何もないんだろう。幽霊とか言ったらこの勝負は無しだからな」

「何を言っているの? 私は見たことがあるのよ」

「だから……何をだよ」

「それが答えよ」

 霧島に微笑んで来た四季は、背伸びをすると、その発育のいい体を見せつけてくれる。

 ここで負けてもいいかと一瞬悪魔が囁くが、そんな姿を彼女に見せるわけにはいかなかった。あの目で見られるのはもう御免だ。

 ふと、視界の端に人が入り、霧島は目を凝らした。

 そして、あっと声を上げる。

 同時に隣に立っている四季が舌打ちをした。

「分かった! VRでみる世界遺産だ! 確か、三重津海軍所跡、だよな!」

 見知らぬ人物が首にかけている機器を見て、一気に記憶が戻ってくる。

 この場所は一見して何もないように見えるが、VRで昔の風景を見ることが出来るのだ。そして、ここにあるのは国内最古のドライドッグ跡。

 霧島がガッツポーズをとると四季は肩をすくめた。

「この勝負は霧島の勝ちだわ。約束通り、何でも言うことを聞いてあげる」

 敗者の態度とは思えぬ彼女に一泡吹かせよう。

 そう意気込んで霧島は口を開いた。

 

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