ままならない恋~年下彼氏~
雪永真希
第1話 私があなたに出会うまで
ねぇ。
あの日の出会いを覚えてる?
人はこの出会いを運命と呼ぶのかな?
私は運命だとか、必然だとか、全然信じてないけど。
私とあなたは出会うべくして出会った。
今ではそう、思うんだ――。
*4月16日(日) 晴れ*
「お疲れさま、
店長の挨拶に私はPCにデータ入力をしていた手を止めて振り返る。
「店長、お疲れさまです。本社の会議もう終わったんですね。ええと、午前中にクレームが1件入りました。新作のDVDの画像不良です。ただ、最初から全く映らなかったそうなので、DVDの互換性の問題かもしれないと、交換分のDVDと一緒にDVDプレイヤーも一緒に貸出しました」
「なるほど。うん、その対応で問題ないと思うよ」
深く頷く店長に、私は更に報告をする。
「詳細は業務連絡ノートに記載してます。あと…先週予約開始になったゲームソフトの『ドラゴンズレクイエム』ですが、思ったより予約数が伸びているとゲーム担当のスタッフより報告がありました。早めにバイヤーに連絡して入荷数を増やしてもらったほうがいいかもしれないと判断して、さきほど連絡を入れておきました」
「なるほど、なるほど。いやあ、榊さんは仕事が早くて助かるよ」
なるほどが口癖の店長は満足そうに何度も頷く。
店長の褒め言葉は挨拶みたいなもんなんだよな。本当にそう思ってるのかな?
私は心の中で考えたことをおくびにも出さず、どうも、と曖昧に礼を言った。
私が働いているのは松田屋という複合量販店。主にCD・DVD及び書籍のレンタルや販売、ゲームソフトの買取・販売などをしている。一応チェーン店なので都内だけじゃなく、関東圏内に二十店舗以上はある。名前を聞けば誰もが「ああ、あの」と言うくらいには知名度のある店だ。
私の担当は主にレンタルで、他にゲーム担当と商品販売担当の社員が一人ずつ。合計四人で切り盛りしている。
今日は早番で朝から出勤していたので、そろそろ上がりの時間だ。
「今日は学生時代からの友達に会うって言ってなかったっけ? それ終わったらもう帰っていいよ。あと、明日から新しくバイトが入るから教育頼んだよ」
「はい、了解です。ありがとうございます」
やった!
私は急いで入力を済ませてPCを閉じると、店長の気が変わらないうちにと一目散に店を後にした。
「
私は先に来ていた派手めの美人に謝りながら、向かいの席に滑り込んだ。
せっかく少し早めに店を出られたのに、道が渋滞していてバスが遅れてしまった。
「大丈夫、私もさっききたとこだから。ビール?」
「うん!」
真理子がすいませーん、と店員を呼びとめて手早くビールを二杯注文する。
「料理は先に頼んでおいたから。
「さすが真理子! 気がきくね~」
その時ビールが早々と二人のテーブルに届いた。
「かんぱーい!」とジョッキを合わせると、私は一気にそのよく冷えた魅惑の飲み物を喉に流し込んだ。
「くうぅぅぅっ! やっぱ働いた後のビールはんまいっっ!」
「相変わらずいい飲みっぷりね。お疲れさま」
そういう真理子も私に負けないくらいの飲みっぷりを披露している。大学一年の時に仲良くなった真理子は、四年生の時に妊娠が発覚し、卒業と同時に結婚している。
今日は日曜日で仕事が休みの旦那さんに、子供を任せて来ているらしい。
「そういう真理子も、今日大変だったんじゃないの?」
「もー大変よー! 朝からバタバタ! 保育園も休みだし旦那も休みだから二人の昼ごはんも作んなきゃいけないし。夕飯も作って来たのよ。あいつ、ちゃんと温めて食べてるかしら」
家のことは忘れて盛り上がろう、と電話で言っていた真理子だったが、やはり置いてきた家族のことが気になるらしい。会うといつも主婦業の愚痴を言う真理子だが、その表情はとても柔らかくて優しい。きっと幸せなんだろうな、いいなあ、と羨ましくなる。
「ビールも久々に飲むなあ。家じゃ全然飲まないから」
「そうなんだ。じゃあ、今日は味わって飲まなきゃね!」
料理が次々と運ばれ、しばらく飲食に没頭する。今日は昼ご飯を食べ損ねたから、お腹がペコペコだ。
「すいませーん、ビールおかわり!!」
「それでそれで? 恋愛の方はどうなのよ、綾乃?」
二杯目のビールを飲みながら、真理子の突然の話題に思わずむせた。真理子は酔うといつも以上に話題がコロコロ変わる。そして、恋愛話が何よりも好きだ。
「ゴホッ。な。何も無いよ~。だって、出会いって言っても店で働いてるのは若いフリーターとか学生さんばっかだし、男性社員は三人しかいない上に皆、既婚者だしさあ」
「お客さんだっているでしょ! その他にも通勤途中とか趣味の集まりとか、出会いってもんはどこにでも転がってるもんなのよ。全く、そんなんだから二十六歳にもなって恋愛経験ゼロなのよ!」
「まだ二十五! 恋愛経験ゼロってわけじゃないもん! 高校の時彼氏いたもん!」
「あ~はいはい。あの一緒に登下校してただけって彼ね。キスはおろか、手も繋いだことなかったっていう。言っとくけど、それ、恋愛経験に入らないからね」
「うぅ……やっぱダメか……」
私はガックリと肩を落とす。だって、毎日同年代の男女が集まっていた学生時代と違って、社会人になると滅多に恋愛出来そうな人と出会わないんだもん、と言うのは言い訳だろうか。その毎日出会いに溢れているはずの学生時代にも何も無かった私が、さらに出会いが激減してしまった今、相手を探せというのが難しいと思う。
毎日職場と家の往復で、たまの休みも買い物やら家の掃除やらで1日が終わってしまう。休日の夜に映画のDVDを見ることが唯一の楽しみなんて、自分でも終わってると思う。
「そんな悠長なこと言ってたらすぐに三十になっちゃうんだからね! 二人目ならいざ知らず、三十代で初めての子育ては大変なのよ? 今ですら体力的に厳しいんだから」
「うぅ……すみません……」
この辺りは耳にタコができるほど何度も聞かされている。子供という生き物は、時計でも持っているのかと思うほど三時間おきに起きるわ、夜中でも盛大に泣くわ、哺乳瓶を洗ったり消毒している間に休む暇も無く次の授乳タイムが来るわで、眠れないのだそうだ。
「この際、学生さんでもいいじゃないの! 最近年下流行ってるし。四年生とかなら来年就職でしょ? いい会社に就職決まった子を狙っていきなさいよ!」
「ええ~? 真理子、他人事だと思って簡単に言わないでよ。就職先で相手を選ぶってどうなの。それに年下はちょっと……」
「何言ってんの! 仕事は大事よ? いざ結婚って話になったら家計に関わるんだからね。それにこの歳になると年齢とかもうどうでもいいでしょ。年上のいい男はだいたい売れちゃってるのよ。そうそう、くれぐれも不倫だけはやめてね。綾乃みたいな経験値低い女が太刀打ちできる相手じゃないんだから。いいように扱われてポイッって捨てられるのがオチよ」
「……はい。肝に命じます」
居住まいを正して神妙に助言を聞く。まるで親と子、教師と生徒のようだ。そして二人同時にプッと噴きだす。
「私たちっていつまでたってもこんな感じなのね」
「そうだね~。でも、きっと五十とか七十歳になっても私は真理子にこうやって喝入れられてる気がするなあ」
「確かに! 言えてる」
二人の賑やかな会談は真理子が「大変、終電の時間!」と叫ぶまで続いた。
正直、恋愛するよりも女友達とこんな風に会っている方が楽しい。
大した恋愛をしたことのない私が言うのもなんだけどさ。
美味しいもの食べて、騒いで、楽しんで。これで明日も仕事を頑張れる。
恋愛なんてまだまだ私には必要ないよね。
そう、思っていた。この時は。
だけど、まさか、私があんな恋に落ちるなんて。
そんなことは全く知る由もなかった。
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