どうすれば
小川しゅう
どうすれば
昨日の夜、友人と口論になった。酒の席の話で些細なことから始まったものだった。店に迷惑になるからと場所を自宅に移したがそれでも解決はしなかった。お陰でろくに寝られていない。
それでも今日は休めない講義があったので大学へ行った。俺と『あいつ』は同じ学科だから共通の友人も多い。そいつらはこちらの気も知らず能天気に質問してくる。
「あれ? あいつ休み?」
「お前昨日あいつと飲み行くって言ってたよね? 二日酔い?」
「『生きてるかー?』って送ったけど既読もつかねぇ。こりゃ完全に家で死んでんな」
口々にそんな冗談を言い合って笑っている。気楽なもんだ。
「お前、なんか暗くね? どうかした?」
ようやくか。心の中でそんな風に悪態をつきながら俺は前日のことを話す。
「昨日あいつと飲み屋で喧嘩した」
「まじか」
そう言ってヘラヘラと笑っている。それを見て俺はさらに苛立ちを募らせていた。
「あー、どうしよ……」
俺のその言葉に返ってくる答えといえば、やれ「謝れ」だの、「飯でも奢れば」だの簡単に言ってくれる。ったくできるならしてるっつーの。
結局良い解決法も思いつかないまま帰宅する。玄関を開けるとそこには可燃ゴミの袋が目についた。
……しまった。今日の朝出そうと思ってすっかり忘れていた。梅雨も終わって、もう随分と温かくなってきてたから気を付けていたのに。また隣の奴に臭いがどうのって文句言われそうだ。そんなことを考えると余計に気が沈んだ。
ワンルームの小さな部屋。テーブルの上に財布とスマホを置いて部屋着に着替える。昨日はシャワーを浴びられなかったのでベタベタして気持ちが悪い。俺は頭を掻きながら冷蔵庫を開ける。
「なにもねぇ……」
溜息をついていると携帯の着信音が聞こえてくる。
「……コンビニでも行くか」
財布とスマホをスウェットのポケットに捻じ込み、散らかった玄関で適当な靴を履いて家を出る。
「くそ、足痛ぇな」
コンビニで弁当と飲み物、それからお菓子を買った俺は帰り道でそう毒づく。適当に履いたその靴は俺の足には小さく、きつく締め付けられていた。
「はぁ……」
うんざりした気持ちで大きく溜息をついた。
家に着いて弁当を食べ終わると、猛烈な睡魔に襲われた。本当はどうするか考えないといけなかったが抗いきれず、俺は眠りに落ちる。数回携帯が鳴った気がしたが無視して眠り続けた。
目が覚めると既に窓の外は明るかった。時計の針は十一時を指している。スマホを確認するとメッセージが一件入っていた。
『今日はお前も休み?』
大学の連中だった。俺は『今起きた。ダルいから休む』と返信する。
頭を掻きながら台所へ向かうと悪臭が鼻をつく。
「うっ! くっさ!」
案の定、臭気は昨日よりも酷くなっていた。
「あーっ、もう! 最悪だっつーの……」
朝から気分が悪い。体にまとわりつくような汗がさらに俺を苛立たせる。いっそのこと今から銭湯でも行くか。
そんなことを考えていると、突然玄関の扉がドンドンドンドンと乱暴に叩かれる。古い木製の扉は今にも壊れそうに軋む。
「おい! この臭いどうなってんだ! くっせーんだよ!」
隣の奴だ。ああ、もううぜー。居留守使うか。
「なんとか言えよ! テメーのチャリあんだから居んのはわかってんだよ! さっさと出てこい!」
俺は溜息をつく。これ以上やられたら扉が壊れちまうので仕方なく出ていく。
「ったく、あのクレーマーが……」
結局三十分もグダグダ言いやがって。……くそ。くそくそくそくそくそ。死ね。
携帯の着信音が鳴る。うるさい。煩い。五月蝿い。
頭を掻き毟る。痒くて仕方ない。
テーブルの上でスマホが震える。俺は鼻で大きく息をしながら興奮を抑えるようにしてそちらへ向かう。画面を見ると一通のメッセージが届いていた。
『あいつ今日も休みー。お前ちゃんと謝ったん?』
「だからっ!」
違う。ちげーんだよ。俺が聞きたいのはそんなことじゃねーんだ。どうしたらいいか、つってんだろ。くそくそくそ。むかつくむかつくむかつく。
スマホを握りしめて空を殴る。左手は胸の辺りを掻き毟っていた。
携帯の音が聞こえてくる。
「うっせーんだよっ!」
スマホを壁に叩きつける。その瞬間、隣の部屋から壁を叩く音が聞こえた。苛立ったような足音が響き部屋を出た音が聞こえたかと思うと俺の部屋の扉を再び強く叩き始める。
「おいっ! テメー出てこい! ザケやがって!」
ドンドンドンドンドンドンドンドン!
俺は足早に台所へ向かう。しかし目的のものはそこにはなかった。
「なんでねーんだよ! くそっ!」
両手で頭を掻き毟りながら考える。答えはすぐに出た。
「あっ、そうか。風呂場に置いたままだ」
部屋中に扉を叩く音が響く中、洗面所へ向かう。浴室のドアを開けると淀んだ空気が一気に入口へ雪崩れ込み、吐き気を催すような悪臭が鼻をつく。浴槽の中に手を突っ込み探るとそれはすぐに見つかった。ネットリとした感触の中それを引き抜く。
「さっさと出てこい! 扉ぶち破んぞ!」
右手でそれを握りしめ玄関へ向かう。相変わらず奴は飽きもせずに扉を叩き続けている。俺は急いで鍵を回し勢いよく扉を開ける。そして突然開いた扉に戸惑っている奴の胸元に躊躇いなく突き立てた。
『被害者はこのアパートに住む井上将司さんと見られ、胸を包丁で刺され死亡しているところを発見されました。また、風呂場に放置されていた遺体の身元はわかっておらず、警察が捜査を――』
どうすれば 小川しゅう @syu_ogawa
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