第二夜
「ふ~ん……。私、狙われているんだ……」
通りに出店している、小さなキャンピングカーのカフェの、暖かいカフェラテを啜りながら、溜息をつく。
「チョ……チョっとォ~! 話しタンだから、チョーだいヨォ~!」
私が左手に持っているマドレーヌの入った袋を、ぴょんぴょん跳びながら取ろうとしているジャックに、私は更に溜息をついた。
この状況を聞き出すのに、どれだけ苦労したことか……。
全く、じっとしていない。面白そうなイベントを見ると首を突っ込む。食べ物の屋台の前から動かない。そんな従兄弟の幼稚園児の男の子のような彼を、取り返したカバンの中の、これも友達と食べる為に持ってきた、プチマドレーヌで釣って、今、やっと彼が迎えに来た理由を聞き終えたのだ。
「はい。話してくれた御褒美」
「ワァ~い!!」
マドレーヌを渡すと、ガサガサと袋を開けて、さっそくプレーンとココアの小さめのマドレーヌを交互に口に入れる。
「でも、どうして?」
「どウシて、だろウネェ」
ジャックがケタケタケタ……と笑い声をあげる。
とにかく、私は、私を手に入れようとする、天使や悪魔に狙われているらしい。大物っていうか、力のある天使や悪魔は、ジャックと一緒に冥界から来た、死神さんが追い払っている最中で、その間に私に手を出そうとする、さっきの羽虫のような、悪霊や小魔から守る為に、ジャックがやって来たのだ。
……しかし、寄越すなら、もうちょっとマシな子にして欲しかったな……。
マドレーヌを食べ終わり、じぃぃぃぃっと物欲しそうに私の提げたカバンを見ているジャックに溜息が出る。
……でも、さっきは確かに助けて貰ったし……。
三角の目のウロの奥の微動だにしない、黄色い灯火に耐えかねて、私はカバンを開けた。
赤、緑、黄色の三本の、細い棒付きキャンディのパックを取り出す。
「わァ~イ!!」
渡すと嬉しそうにしゃぶりつく。それにまた従兄弟を思い出し……更にお母さんの顔が浮かんで、私は四度目の溜息をついた。
「お母さん、どうしているかなぁ……」
今頃、友達から電話を受けて、病院に走っているだろうか? 大学生のお兄ちゃんはどうしているだろう? バイトかな? お父さんはまだ仕事で会社だろうし……。
「悪いことしちゃたなぁ……」
五度目の溜息の後で、カフェラテの残りを飲み干し、くず籠の捨てる。振り返るとジャックが、口からキャンディの棒を出して、もごもごと動かしながらこっちを見てた。
「何?」
「うんト……落ち着イテいるなァって……。普通、事故デ死んだ子ハ、ショックでぼんやりシテるか、パニックで泣き叫ンデいるかシテいるンダヨ?」
不思議そうに訊かれて、私の頭に、あの助けた女の子と、彼女を抱き締めていたお母さんが浮かんだ。
怯えきった女の子と、彼女を泣きそうな顔で抱いていたお母さん。
…………。
「……死んだっていう実感が無いだけかもね……」
六度目の溜息をつく
「はイ」
それを聞いたジャックが、袋から黄色いキャンディを出してくれる。
「ありがと」
口に入れて舐める。甘酸っぱいレモン味が広がる。
「いい子……イイ子……」
何故か、ジャックはぴったりと足にくっついて、空いている左手を取ると、撫でてくれた。
じっとしていると、悪霊とかに見つかってしまいやすくなるらしい。私は彼と手を繋いで歩きながら、死神さんが迎えにくるまで、ハロウィンを楽しんでしまうことにした。
「明るクしてた方ガ、悪いヤツも寄って来ズらくナルネェ」
「そうなんだ」
適当にお店や屋台で、お菓子や食べ物を買って、二人で分け合って食べる。どうせ、向こうには持っていけないんだし、お小遣いもここで使ってしまおう。
道端でしゃがんで、たこ焼きを二人でつついていると「あの~」と声が掛かった。見上げると、量販店に売っていそうな、安っぽい英字のロゴ入りトレーナーにジーパン、背中に白い翼を付けた、二十代前半くらいの冴えない、ひょろりとした金髪の男の人が、十字架の付いた聖書を手に立っていた。
……天使の仮装をしている外国人の人かな?
「なんですか?」
彼は、おずおずと私達を見て、口を開いた。
「えっと……貴女、天使になりませんか?」
「て……天使?」
それは彼のような天使に仮装しろということなんだろうか? 仮装の押し売りってヤツ?
「いえ、この格好、気に入ってますから」
断るとジャックがズイっと、私と男の人の間に入る。フンフン……とカボチャ頭を揺らし、犬のように鼻を鳴らして、男の人の臭いをかぐ。
「こノ人、天使ネェ」
「えっ? 天使って、死神さんが相手しているんじゃない?」
私は真っ暗になった空を見上げた。ジャックのさっきの話では、あのビルの上空で、死神さんが天使や悪魔を追い払っているはずだ。
「聖いナル力、弱そうダシィ~、旦那、雑魚だから見逃シタんデショ」
にっと笑った、情け容赦ない指摘に、男の人……天使さんが図星だったのか、道路の端で聖書を膝に乗せ抱える。私はそっと目配せをすると、ジャックの手を握った。
「そっか~、雑魚かぁ~」
「雑魚だネェ~」
更に深く、膝に頭を付けた天使さんをそのままに、そろりそろりと歩き出す。
「そういえば、ジャックは何なの? 死神さんと同じ、死神?」
「ボクはタダの幽霊ダネェ」
「私と同じ?」
「ウン。デモ、何百年もサマよっているカラ、キミよりズット先輩ダヨォ」
「そっか~、先輩なんだ~」
そろりそろり……ますます丸くなる背中から離れ、足を早めて歩く。雑踏を歩いてきた女子高生の一団に、紛れ込もうとしたところで
「待って下さいっ!!」
ダダッ! 足音が追い掛けてきて、天使さんが前に回り込んできた。
……さりげなく逃げようと思ったのに……。
「お願いです! 天使になって下さい!」
「ダカら~、天使のスカウトは、魂ノ数を調節スル、冥界に届ケ出を出しテ、メリット、デメリットをチャンと説明してカラ、とイウ規則デショ」
ジャックが白い手袋の指で、彼をピシッと指す。
「規則があるんだ」
「デナイと『生き返りの輪』の魂ノ数がオカシクなっちゃウからネェ」
つまり無造作に天使や悪魔が魂を持っていってしまうと、この世界に生まれ変わる魂が足りなくなるから、それを調節するのが冥界の役目っていうことらしい。
「そこをなんとか!!」
瞳をうるうるさせながら、天使さんがぺこぺこと頭を下げる。
「頼みます! ノルマがあるんです! 私、口が下手でなかなかスカウト出来ないから、いつも成績最低で……だから、もう直接だまくらかして天使にして連れて来いって、上司に怒られて……!!」
……なんか、ドラマの営業マンの話みたいになってきた……。
天国へのイメージが、ガラガラ崩れるのを感じつつも断る。
「どうして!! こんな綺麗な白い翼、貰えますよ!! 今なら、この聖書も付いてます!!」
「いや……その……今、死神さんが、私の為に戦ってくれているようですし……。それなのに勝手に天使になったら悪いなぁ~と」
「義理堅イのネェ~」
ジャックがニッと、私を見上げて笑う。
「うん、それにジャックの話の方が筋が通っているし。迷ったら筋の通る方を選べって、お父さんから言われているし」
「良いお父サンだネェ~」
へへへ……。誉められてちょっと照れる。冴えないサラリーマンだけど、おじいちゃんの、そのまたおじいちゃんが、神田の水の産湯に浸かったらしくて、今時珍しい江戸っ子気質というか、人情とちゃんと筋を通すことを重んじる父なのだ。
「じゃあ、そういうことで。ごめんなさい、冥界ってところに行ったら、お話聞きますから」
そこに行って、この天使さんがスカウトに来たら、お話を聞いて、それから考えよう。ぺこりと彼にお詫びのお辞儀をして、またジャックの手を取り、背を向ける。
「しカシ、バレちゃタネェ。仮装、変えヨウカ?」
「うん、次はお姫様みたいなのが良いな。ふんわりしたドレスの!」
「女ノ子だネェ」
ニヤニヤ笑いながら、ジャックが指を上げ、振り下ろそうとする。
「仕方ないです……」
切羽詰まったような天使さんの声が背後から聞こえた。
ん? 振り返ると彼は顔を強ばらせて、背中の羽根を一枚抜いた。
「実力行使させて頂きます!!」
ヒュッ!! 彼が投げた白い羽根がすっかり暗くなった空を切る。
「危なイ!!」
ジャックが私を突き飛ばす。羽根がカボチャ頭に刺さる。
「うワワワワわ!!」
彼の悲鳴が辺りに響いた。
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