189.Sな彼女とNな彼

繰り返されるキスに薄っすらと目を開けた。



まどろんでる耳元で「挿れていい?」と


言われたような気がして弱々しく頷く。




まだ覚醒しない体が揺さぶられる。




気持ちいい。



夢の中の私も快感に溺れはじめたところで



パッチリと目を開けた。




「……変態」




「何とでも」




半分寝ぼけていたから


これが最後の一回とか考えてなくて


いつの間にか明るくなっている照明の下で


紀樹が果てるまで何度も昇り詰めた。




「愛してるよ、実結」




その言葉は聞こえないふりをした。






「腹減ったな。何食べたい?」



「オムライス」



「お子様やな(笑)」




子供扱いして笑うけど


最初のデートにオムライスを選んでくれたのは


紀樹の方だ。



卵がとろけるタイプのやつが


とても美味しかった。



付き合う前から紀樹の目には


私はお子様に見えていたんだろうか。



ずっと毅然とした態度で接していたはず。


だったのにな。






もう家に着いてしまった。






話をしなければいけない。




近所のコンビニでアイスを買う。




紀樹は私に謝る時にはよくアイスを


手土産に買ってきていた。




公園の暗いベンチで分け合って


時計を見ると既に十時を過ぎている。





「実結も明日仕事やろ? そろそろ……」




「うん。その前に話がある」




「何?」




黙ったまま俯いてると


紀樹が私の手を握ろうとするから


さっと避けた。





「私たち終わりにしよう」





ハナミズキが風に揺れる。





木々がざわつく。





さっきまで笑っていた紀樹が



真顔になって私の顔を覗き込んだ。





「実結? 終わりって何?」





その茶色い瞳が好きで



ずっと見つめていたかった。





「もう別れる」




「冗談にしてはおもんないけど?」




「こんな事を冗談で言うわけないでしょ」




「ほんならどういうつもりやねん」




「紀樹とはやっていけない。それだけ」





もう迷わない。




私は別れることを選んだ。





「本気で言ってるんか?」




「当たり前でしょ」





言い切ると紀樹が黙った。




風が止んで静寂と緊張に包まれる。





「……理由は?」




「どうして別れるのに理由が必要なの?」




「納得できへんやろ」




「紀樹が納得するかどうかなんて関係ない。恋愛は片方が終わりにしたいと思った時には終わりなの」





そもそも紀樹が納得できるような理由はない。



全部を打ち明けたら私を支えるって言うから



何も伝えずに過ごしてきた。





「……俺が結婚せえへんって言ったから怒ってんのか?」




怒ってるわけじゃない。




「誰も何十年も待てとは言ってないやん。たかが数年の話やろ」




紀樹にはたかが数年。



私にはこの数ヶ月は勝負だった。



妊娠するなら早く、と


体の悲鳴を聞き続けるのが


苦しくて辛かった。




「……紀樹には私の気持ちは死んでもわかんないよ」




「ええから大人しく待っとけ」




もう待っている時間はない。




「待つつもりなんかない。紀樹のそういう自分勝手な所がもう嫌なの」




「何やそれ……」





夜の風が冷たくて寒い。自分の体をさする。



アイスより温かいものにすれば良かった。



いつも大事な場面で間違いを選んでしまう。





「もういいでしょ? 話はおしまい」




「あほか。却下やな。俺のことが嫌いやって言うんやったら別れたるわ」





嫌いになんてなれるわけない。



好き。大好き。愛してる。



伝えたい言葉を飲み込んだ。





「……嫌いだよ」




「ほんまにそう思うんやったら俺の目ぇ見て言えや」




ピクリと反応する。




その瞳に嘘をつきたくない。




しばらくして



紀樹の方へ体を向けた。





「嫌いだって言ってるじゃない。もういいでしょう?」










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