168.Sな彼女とNな彼

紀樹もまた節目だったのかもしれない。




アメリカの会社との交渉は決裂。



まるごと権利を買いたいと言われたけど


それでは一時金で技術提供するだけで


大した利益にならない。



その代わり


エージェントとかいう代理人が


ヨーロッパの会社に技術を持ち込むことを


勧めてきたらしい。




どの国が一番やりやすいか


紀樹はフランス語やイタリア語の


何だか難しそうな本を読んでいた。




資金を貯めて各国を直接回りたいから


またヨーロッパ旅行しようなって


すごく嬉しそうだった。





そんな資金があるならば


私と結婚して欲しいって思ってしまうから


同じテンションで喜べない。




ヨーロッパを勧めたエージェントなんて


大嫌いだよ。


英語以外の本を読み始めてから


紀樹は私のそばで寝ている時間が


長くなった。




起こさない私が悪いのはわかってる。



でも、起こせない。




本業の仕事も忙しいって言ってたし


副業の仕事も順調だって言ってたから


仕方ないんだと思う。




しばらく英語も聞きたくなくて


寝ている紀樹の隣で


韓国ドラマを一話から順番に観た。




最終回、面白かったよ。




結婚した夫婦が上手くいかなくなって


夫が過去に戻って


出会う前からやり直すんだ。




縁があるから引き合ってしまう。




やっぱりドラマはハッピーエンドがいい。




私たちは出会って良かったのかな。




気持ちが焦る。焦れば焦るほど


責めたくなんかないのに


つい紀樹を責めてしまう。




隆人くんが卒業するまでには


借金は返せる。


親父がパートの仕事を始めたから


その分は楽になってる。


っていう紀樹の話は数年スパンの考え方で


一日でも早く結婚を優先して欲しいと私と


言い争いになってしまう。





真実を隠したままでは


一分一秒だって惜しい気持ちを


上手く伝えられない。





病院に行く度に



「経過観察」と告げられる。



胸を撫で下ろす。





私の精神は張り詰めていた。





年末年始には


勝手に旅行の予約を取って


無理矢理にハワイへ行った。





紀樹は私が旅費を全額負担したことに


不服そうにしていたけれど


どれだけのお金を掛けても


二人でいる時間が欲しかった。




紀樹のそばにいる時には


確かな幸せを感じられていたから。




「実結は外国のお城と南の島とどっちが好きなん?」



「お城で式を挙げて、南の島でハネムーンかな」



「そうやな。頑張るからな」



「頑張らなくていいから日本で結婚式でもいいよ?」



「妥協はしたくないねん」と言って


私を抱きしめる紀樹が


少し困った顔をしているのも


本当はわかってる。




わかってても私は体に爆弾を抱えてる。




破裂したら終わりなの。





マジックアイランドで見たサンセットも


小さく見えたカウントダウンの花火も


もう紀樹とは見れないだろうなって


その時には感じたよ。




「綺麗やなあ」と呟く紀樹の横顔を



ずーっと忘れたくない。




でも



人生の最後に思い出すのは……




「じっと見られると照れるんやけど(笑)」




私を見つめる茶色い瞳だと思う。




「紀樹、愛してる」




「俺も愛してるよ」




前から疑問に感じてたことがある。




「何で愛してるは関西弁にならないの?」




「愛してんで!って俺は聞いたことない(笑)」




「じゃあ、関西の人は愛してるよだけ標準語で言うの?」




「そもそも愛してるって言わへんのちゃうかな」




紀樹からは何度も聞いているけども。




「愛してるの代わりの言葉があるの?」




「ないんちゃう?関西人は大好きが限界やろ。知らんけど(笑)」




「紀樹は限界超えるくらい私が好きなんだ(笑)」




「当たり前やろ」





抱き寄せられて



キスの数だけ繰り返される「愛してる」は



幸せで、本当に幸せで、切なくて、辛い。





幸せな夢は醒めるのは早く



悪い夢だけはいつまでも醒めない。



痛みで現実を感じる。




タイムリミットが迫って来ていることを



私は日に日に感じていた。









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