126.Sな彼女とNな彼

「うん? あ、下ろすで」




「あ、ありがとうございます」




思うより早く駐車場に到着した。




彼は足からそっと下ろすと


後部座席のドアを開いた。



「座って」



「今日私後ろに乗るんですか?」



「なんでやねん。そのケガ応急処置した方がええやろ」



彼がトランクから救急セットを持って来て


後部座席の私の横に座った。



「えっ、西川さんが手当てするんですか?」



「他に誰もおらんやん」



「自分でやります!」



スカートだし、恥ずかしい。



「別にやましい気持ちは持たへんように頑張る……ってストッキングはいてるんか……」



「ついでに新しいのにはき替えるので前に行ってもらえますか」



「脱がすのは得意やけど?」



「何言ってるんですか。早く出てってください」




彼はしぶしぶ運転席に座るとラジオを流した。




「絶対に後ろ見ないでくださいね!」



「はいはい(笑)」と前を向いたままの彼を確認して


バッグから予備のストッキングを取り出す。




車の外にも人がいないかを探りながら


急いで脱いで大きめの絆創膏を貼った。



上から新しくストッキングを穿いて


助手席へと移動した。




「すみません。お待たせしました」



「ほな行こっか」



彼が一瞬目を逸らしたのを見逃さなかった。



「……見てないですよね?」



「ちゃんと前見てたやろ」



「そうですよね」



「バックミラーはチラッと見たけど(笑)」



「あっ!もうっ……」



「俺貞操守ってる間に高僧になれるんちゃうかな」



「何言ってるんですか。早く出発してください」






ゆっくりと車が動き出す。



夕飯は?と聞かれたけど


食欲がなくて「いらない」と答えた。



ラジオからエリシマム特集が流れ始め 


彼の鼻歌にも聞き惚れてしまう。




「ライブのチケット全然手に入らへんねん」



「それは残念ですね」



「早くマミヤちゃんと一緒に行きたいのになあ」




そう言われて思い出した。




チケット取れたら一緒に行く?と


随分前に言われたことがある。



社交辞令かと思っていた話を


彼はずっと覚えていた。




胸がきゅうっと締め付けられる。




出会ってからずっと彼は私に対して


誠実そのものなのに。


私はずっと逃げてばかりだ。





着いた所はヨットのある浜辺の公園で


幼い頃には家族で何度も遊びに来ていた。




夜に来るとライトアップがとても綺麗で


こんなにロマンチックな雰囲気だなんて


知らなかった。




暗い砂浜のベンチに二人で座る。




「ここに何かあるんですか?」



「悩んでる時は海やろ」



「あ、そういうことですか……」



「何があったん?」




波の音が響く。




「大したことじゃないです」



「そんな顔してないやん。話してくれんと俺帰られへんやろ」



「……仕事で色々あって疲れてるだけです」



「色々って何かを知りたいんやけど。そういやコンペはどうなったん?」



「コンペも駄目でした」




すぐ隣にいる彼の表情はわからない。




「そうやったんや。他には何悩んでんの?」



「他は……」




園子の話をするべきなのか?



モブ仲間扱いされて嫌がらせを受けた上に


王子と仲良くしてズルいと言われたなど


とてもじゃないけど話せない。




「他は?」



「うちのグループに新しく入ってきた子と喧嘩したというか……」



「それは男?女?」



「同期の女の子です」



「そうなんや」と彼が少し嬉しそうに言うから


何だかおかしくて笑ってしまった。




「コンペ残念やったな。もしかしてお預け一年延長?」



「そうですね」



「マジで?」と彼が本気で悲しそうに言うから


何だかおかしくて笑ってしまう。





話をうんうんと最後まで聞いてくれたことも。



「俺はキャラクターとかはよく分からんけど、今年はネタ探しに色んな所に行こっか」



と言ってくれたことも。



「人には合う合わんがあるから無理して仲良くせんでいいんちゃう?」



と言ってくれたことも。



全部が私の心を柔らかくしてくれる。





こんな風に私を受け止めてくれる人は


今までも、今も、これからも


彼以外にはきっと現れない。










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