84.Sな彼女とNな彼

「西川さん、口の端にグロスついてますよ」




「マジで?」と彼が咄嗟に唇の右端を拭った。




三鷹さんのリップがつくようなことを


していた自覚はあるんですね。




「昼間っから何してたんですか?」




冷ややかな視線を向ける。




「マミヤちゃんが思うほどの事はしてへん、と思う」




疑惑を確信に変える意味なんてないのに。




「ふぅん?肩に髪の毛までついてますけど?」




彼が右肩をサッと払うから。




胸の奥がジリッと痛む。




「浮気調査やないんやから(笑)」




シャツを確かめるように



パッパッとはたいて



彼は笑っているから。




「そうですよね。別に私には関係ないですし」




謎解きは終わって



真実はいつも一つだと



笑ってやればいいのに。





「マミヤちゃん?」





どうして泣きそうになるの。





「無駄話しました。そんなことより説明の続きをお願いします」




彼はノートパソコンを閉じて


小さくため息をついた。




「俺があかんよな」




「何がですか?」




「今まで来る者拒まずでやって来たから、急に拒絶するんは難しいねん」




「それが、何か?」




「他の女なら適当にあしらうけど、樹理ちゃんたちは大事なお客さんやから」




キスは拒めません、と?




「で?」




「上手く交わせるように工夫してる最中やねん」




「今日は交わすのに失敗しました、と?」




「ギリギリで逃げたんやから、そんな顔せんといて」




彼が私の目尻の涙を撫でた。




「汚らわしい手で触らないでください」




「じゃあ、マミヤちゃんが消毒して」




私の手を取って頬に持って行く。




この手を信じていいのかが



今の私にはわからない。




頬に残るラメは拭いても取れなくて



キラキラと怪しく光り続ける。





「落ちないです」





「なら、上書きしてくれたらいいやん」





上書きすれば胸の痛みは消えるのかな。




おそるおそる距離を詰める。




人を信じて裏切られるのは怖い。




それでも、信じたいと思ってしまう。





ガチャッ。





「ただいま戻りましたっ!」





息急ききって戻ってきた朔くんが



無遠慮にドアを開けた。





秒で離れる。




見られた?



見られてない?




ドクドクと心臓が鳴る。





「ノックくらいして欲しいんやけどな」




「あっ、すみません」と朔くんが謝って




「マミヤちゃんの教育が悪いな」




「はい、すみません」と私が謝る。





「見られて困ることしてたんやから」





彼は一人でニヤリと笑った。
















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