41.Sな彼女とNな彼

「もしもし」




懐かしい低い声。




「野本くん、元気? 大丈夫??」




「うーん、こっち来てから休みも勤務時間も不規則で結構キツイ」




それは本当に辛そうな声で。




「そっかあ……」




頑張れって言うのも


無理しないでって言うのも


違う気がした。




「連絡も出来なくてごめん」




「ううん。それは気にしないで。今日はどうして急に……?」




電話の向こうで野本くんが笑う。




「今日は実結の誕生日でしょ」




「お、覚えててくれたんだ!」




「当然だろ。おめでとう、実結」




「ありがとう!」




本当に本当に嬉しくて


外だというのにガッツポーズをした。




「お祝いはまた会えた時にしような」




「うん!」





守る気のない約束なら


欲しくなかったのに


野本くんがくれた約束は


私の宝物になった。





誕生日、覚えててくれた!




きっと私たちは大丈夫なんだ!




早く来月にならないかな。




会いたい。




ウキウキが抑えられず


軽やかに舞の待つ店へと走った。




地下にあるランチにしては贅沢な店。




暗い店内に入ると


昼であることを忘れそう。




限定のハンバーグセットを頼んで


ジンジャエールで乾杯した。




「おめでとう、実結」




「ありがとう。さっき彼氏と電話も繋がったし、ハンバーグも美味しいし。幸せ~」




「良かったねえ。私も早く彼氏欲しい……。あっ!」




舞が私の後方にいるカップルを見て


小さく声を上げた。




「どうしたの?」




「王子……、先約って三鷹さんだったんだ」




経理部で西川さんと噂になってる先輩。




私は背中を向けていたから


そこにいることには気付かなかった。




「そうなんだ」




谷本さんが見たら怒るだろうなあ。




社内で女の修羅場とか勘弁して欲しい。




「舞は西川さんのこと好きなの?」




声を潜めて聞いた。




「んー。好きは好きだけど、付き合いたいとかは思ってないよ」




「そうなの?」




「王子と噂のある人って色気ムンムンの美人ばっかじゃん。私が相手にされるわけないよ」




「色気ムンムンって……(笑)」




「谷本さんと比較されんのとか嫌だもん。去年の社員旅行の写真見る?」




毎年日帰りでバス旅行がある。




私は営業所の皆と一緒にいたから


本社の人との絡みはなかった。




舞が見せてくれた画像には


露出度の高いセクシーな谷本さんが


サングラスをしている姿。




「わー、エロい(笑)」




「でしょ? 谷本さんと比べたら私にはセクシーさの欠片もない」




「そんなことないよ」




舞もスタイルが良くて美人タイプ。




「そもそも王子は彼女作る気ないみたいだしな~」




「本当に?」




私を好きだと言ったのは


一体何だったのだろう?




「実は結婚してたりして(笑)」




「まさか(笑)。彼女いないから貞操は守る必要ないって言ってたくらいだから、奥さんもいないでしょ」




「へえ。あ、そろそろデザートお願いする?」




食べ終えたところで


舞が店員さんにデザートを頼みに行った。




すると


店内のBGMからバースデーソングが流れ


ロウソクが一本だけ乗った小さなケーキが


ゆっくりと運ばれて来た。




こ、この状況でサプライズは困る……!




店員さんたちが爽やかな笑顔で


「お誕生日おめでとうございまーす!」と


拍手をしてくれた。




数組しかいない他のお客さんも


こちらを見ている。




きっと西川さんと三鷹さんも


私たちの存在に気付いただろう。




気にしないようにしてケーキを


一口でパクリと食べた。




紅茶を飲んでいる横を


二人が通り過ぎる時


舞は軽く会釈していた。




私は三鷹さんが出て行く後ろ姿と


西川さんが会計しているのを


ただ見ていた。













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