死を招く紫信号

千馬章吾

死を招く紫信号

 何の変哲も無さそうな広い交差点の中を、中学二年になるエイジとヨシヒロは、下校途中に二列に並んで歩きながら何か話し込んでいた。

 ここも、今となってはすっかり都会となり、中心地にはビルが立ち並び、周りを幾多もの民家が囲んでいる。

街の喧騒を逃れようと思えば、半ドーナツ状に囲んだ家々を北へ少しでも越えると、そこにはいつの間にか見渡す限りの田園とかが広がっており、木々が疎まばらに立ち並ぶ。そして小川のせせらぎや小鳥の囀さえずりが聞こえ、湿った土や草の匂いが微かに漂っている。



「なあ、ヨシヒロ。知ってるか?」

エイジが話し掛ける。

「ん?何をだ?」

「ああ、ほらさあ。あれだよあれ。学校や巷でも話題になって、いやなりつつあるあの、……死を呼ぶ『紫信号』の話だよ。」

「ああ、あれか。ふう。」

「なあ。」

「やれやれ、ひょっとしてあんなものを本当に信じてるとでも言いたいのか?違うんだろう?ならもう……。」

「いやいや、別に真っ向から信用したいワケじゃないんだけどさ、何人かの人が、つい最近ここの交差点で、俺が聞いたところではこれまでに九人が交通事故によって亡くなったと言うだろ?それも皆歩行者でさ。その九人とも同じ交差点で亡くなったのだと言うし、…。」

「………。」

「それで、あのう、路上で倒れ伏すところ、意識を失う直前に、『む、紫信号が…。紫色の信号だ…よ。』って呻き声のまま言っていたと言われてるし。」

「で、それは青色になる筈の信号が…?」

ヨシヒロが尋ねると、

「そうそう!その青信号が、突然フッと紫に変わっていたと言うんだよ!つまりだな、先ず普通の信号と言うのは、……。」

「赤=止まれ、青=進め、横断せよ、黄色=注意しろ。とこうだろ?で、……。」

「それにもう一つの、紫の信号が、『必ず車に撥ねられて、死ぬ。』なんてのを意味されるらしいんだよな。」

「ほうほう。でもさあ、そうと決まったワケでもないんだろうし。」

「ああ。でも見事に三人があのような調子だったからどうしたものかと。」

「人気アニメかドラマの見過ぎじゃないのかな。夢を見ないならなあ。」

「おいおい、皆ここの交通事故で死ぬ間際でしかそんな事を言わないんだぜ?絶対何かあるだろう。噂だけど。」

「まあ噂って言っても何かはあるのだろうけれど、では一体何処にどのような根拠があってなのかがねええ。俺らだけで解るのかなあ、オカルト関係の専門家にでも聞きに行ってみては如何かな?」

「いや、流石にそこまではしないよ。それで何でもなかったら、馬鹿みたいだし。」

「ああ。まあな。じゃあいつまでもクヨクヨやめようぜ。みっともないよ。」

「そう、だな。」

こう言いながらも、交差点を越えながらてくてくと歩き、もういつの間にかY字型の別れ道だ。

「あっと。じゃあまた明日な。ヨシヒロ。」

「ああ。じゃあなエイジ。今度あのSF漫画貸してくれよ。じゃ。」

「ああ、検討しとくよ。じゃあ。」



 エイジは家に帰って自分の「形だけの勉強部屋」にあるベッドにバタンと、大の字型に横になった。

と、その時だった。

「ん?」

窓の外から、何やら救急車のサイレンの音が聞こえて来る。窓を開けなくとも良く聞こえたのは、昼頃、学校の帰りに通学路として通り抜けた、あの交差点の方からだったから、そう遠くないのが故に良く聞こえたのだ。

「ん?またあそこからのようだけど、まさか、……な。」



翌日、登校した教室でヨシヒロが言う。

「エ、エイジ!昨日のニュース見たか?」

「え?夕食の時チラッとしか見てないよ。」

「相変わらず気楽な奴だなあ。あの広い交差点で、また事故があったよ。やっぱり御前の言った通りなのかも知れん。」

「えええ?ってまさか?」

「そのまさかだろうな。」

「ああ。そうかな。」

「そうかなって、先に信じたの御前だよ?なあ。それでさ、現場に居合わせた人とか警察、救命士の人達は、『どうして赤なのに渡ったのか?』と言っていたそうだよ。でも本人は、意識が朦朧とする中で微かにこう言ったらしい。『いいえ、確かに私はちゃんと青で渡りました。でも、撥ねられた後すぐにその渡った青信号が、青信号が、む、む、紫に見えたんです……。』とな。」

「そうか。って、ええええええっ!?本当にか!?」

「そうらしいがね。」

教室で二人は、話しながら段々しんみりとして行っている。

「まあ紫って色は、昔から、悪い意味では単に『死』を表す色だと言われているみたいだがね。」

とヨシヒロ。

「そうそ。負の意味としてとればそうなるようだね。でも良い意味合いとしては、『尊い』とか、また安らかに『成仏する。』と言う意味を表す色でもあるんだよな、紫って。」

とエイジが付け加える。

「でもさあ、それでも色が云々とは言え、それ以前にどうしてあんな風になるのかの、根拠がまだ謎じゃないか。」

とクールで思慮深いヨシヒロは更に言う。

「まあねえ。うう~~ん……。」

とエイジは頭を上下に一往復させて腕を組みながら言う。

「下に骨か何か埋まっているのかなあ。人間なのか猫とか他の動物なのかは知らないけれど。何かの御墓かな。それとも、昔丁度その場所で何か……いや、もうやめよう。気持ち悪くなるだけだな。」

「兎に角まあ、あまり気にかけない事だよね。やたら気にしている人間に霊とかは良くついて来るって言うし。」

とエイジは返す。

「あ、ああ。」

「うん……ん?」

 これはどうした事だ。何気に、エイジより気配りも気遣いもあって慈悲深いヨシヒロは、どうやらエイジ以上にビクビクとし始めたようではないか……。

「ヨシヒロ。御前まで気にすんなって。俺より勉強も運動も出来て、細かい事は気にしない、シャンシャンした性格なのにさ。」

「う……ん。」



それから数日が過ぎたある土曜日の事だった。

 エイジとヨシヒロは、二人で街の中心にある中央公園の方へ一緒にテニスをしに行っていたのだった。そしてその帰りだった。公園の時計では四時半頃を回っていたのを見て、二人して門限を気にして帰る事にしたのだった。

「ふう。結構良い汗かいたかな。」

「ああ。ところでエイジ、御前も中々テニスうまくなったな。」

「そうか?へへ。」

純情な奴。

「お、交差点か。」

「そう。」

一見は何の変哲も無い広い交差点だが、それなりに車もバスも多い十字路になるので、まるで恰あたかも曼荼羅まんだらのように八つの信号が十字路を囲んでいる。軽く言い表せば、まるでドラキュラ対策の儀式でもしているかのような感じに見えなくもないのだが、だけれども十字路は別に十字架ではない。

「さ。俺もうしんどいから帰ってちょっと夕寝するわ。ふあ~~あ……。」

キリキリと巧みに身体を動かし回ったヨシヒロはエイジより疲れているようだ。

「そか。俺は飯食って寝ようかな。」

「ムニャムニャ……よう。遊んで食って寝るだけのソフトクリーム製造機。」

とヨシヒロ。

「うるせえな、馬鹿。ソフトクリーム製造機なんかが遊ぶかっ。人間の遊び相手になら少々なるかも知れんけど。」

「たは。悪りい。さ、眠いから俺先に帰ろう。じゃ。」

「お、おい。待てよ。」


 ここで信号が青になると同時に、ヨシヒロがゆっくり渡ろうとしていたその時だった。


「ウ、ウワ!ヨシヒロ!し、信号の色が…。」

少しの間、横断歩道の前で呆然と突っ立っていたエイジが呼び止める。

「え??」

「う、う、む、むむ、紫だ………。」

何と先程までに緑がかった青色だった筈の信号の光が、いつの間にかはっきりと紫に変色している。何たる事だ、等と思ったその瞬間……。


 7トン程の、超大型トラックが向こうの方から猛スピードで走って来る。


「う、うわうわうわ!!ヨシヒロオオォォォォオオオオーーーーーー!!」


ヨシヒロは、突然そのトラックに激突。直に轢かれて、そう、……即死だった……。

そこでトラックの運転手にせよ、近くで目撃した主婦や会社員など等、誰もが赤信号だったと言うのだ。

だが被災者のヨシヒロにだけは、確かに青信号に見えたとの事だ。そしてそこから濃い紫色へと変わった。

この、時折紫色へと変わってしまうこの交差点の信号だが、本当にこれは一体どうしたと言うのだろう……。



そう。ここは昔、現在で言うその交差点のほぼ丁度中心位置に当たる場所に、交差点一本の大きな桜の木が美しく聳えていた。その桜の大木がとうとう切り倒された事があったのだが、当時そこは萩ノ村と言い、一七三八年、その年は雨が殆ど降らず、田圃は干上がり、村には疫病まで発生していたと言う。

 その上、重税に苦しむ貧しい農民の人達が、土一揆を起こして一時いちどきは勝利を得たと思ったものの、その約一年後には侍が村へと押し掛けて来て、農民達を一人残らず召し捕られ、翌日に皆処刑されたのだった。斬首に火あぶり、磔等。土一揆を起こした場合は極刑に処せられるとされていた。あの時でも矢張り、処罰しないと言う事は嘘だったと言う事だ。

 烏からすがその村に集まって来たのはその時からである。死体の肉をつつきに……。来る日も来る日も、村の上を烏の群れが覆った。

 それから、その村は矢烏やがらす村と呼ばれるようになったと言うが。


 そこで近くの村人が残骸を見付けた時は、あまりの惨たらしさに声も出なかった程だった。そして供養し、白骨を残らず固めて埋めて葬ってあげた上で、そこに桜の木を植えたと言う事だった。驚く程にその桜はすくすくと育ったと言う。そしてその桜こそが、その殺された村人達の生まれ変わりの木になっていた。その桜によってそこの村人達は安らかになれたと、その筈だった。

 しかし、その桜が現代になってつい数ヶ月前、交差点の幅を広げるために、やがて伐採され、そこで再び嘗ての時代の農民達の苦しみは始まったのだ。

 自分達の苦しみを知って貰う為に、無差別に人を引き込もうとしている農民達の念が、地中から伝ってその交差点の信号とやらに宿っていたのだ。忽ちのうちに、尊厳と死をも表す紫色の信号ランプへと変わったように見せかけ、その狙った人間は惑わされてそのまま轢死してしまうのだ。




その紫信号と言うのは、赤と青を混合させた色が紫になる事より、そこで、赤の「止まれ」と青の「進め、横断せよ」と言う二つの相反する概念がそのまま入り交ざり、「さあ渡れ。でも渡るな。危険だ。」と言う農民の邪念とここに生きている人間の常識観念が合わさるように解釈は出来る。だが、全て、何十人もの農民達の怨念が入り組んだのがこの信号である。

無駄に広い交差点の信号を渡る時は、要注意した方が良いだろう。




END

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