二輪の向日葵
千馬章吾
二輪の向日葵
暖かな光が窓から差し込む。本子もとこは自分の部屋のカーテンを開けた。
朝だ。時計は七時十分前を回っている。
ここは二階。カーテンを開けると隣の家の二階の窓が見える。本子は窓も開けた。隣に向かって「お早う!」と声をかけて見る。
「やあ、お早う!」
声が帰って来た。本子は内心で「やったぁ!ちゃんと起きてた!」と思った。
隣の家の窓が開く。
「お早う、本子!」
「英男ひでお君、お早う!今日も一日宜しくね。」
「うん。今日からまた学校だな。入学してから一週間か。」
そう。今日は月曜日だ。本子と英男は、市内の私立高校へ入学してから一週間が経っていた。
(今日も一緒に英男君と一緒に学校へ行ける。あれだけ頑張った会があったな。やっぱり今は幸せな少女かなあ、私。)
本子と英男は幼馴染の同級生。幼い頃からよく遊ぶ。何かあれば夜にでも二階の部屋の窓越しに、顔を出して話をしたりする。漫画の本を貸す時には、偶に窓から窓へと投げる事もあった……。一度、本子が英男に返す時に失敗して地面に落してしまった(因みに本子宅の方の庭へ落ちた。)ので、それ以来窓越しの者の貸し借りはやっていない……。直接手渡しするようにしていた。
本子は、中学まで学業の成績は芳しくなく中の下よりももう少し良くなかった。しかし、英男と同じ高校へ進学したくて、受験が迫ってから一時期は必死で勉強したのだった。念願の高校こと英男と同じJ高校へギリギリの点数でどうにか入る事が出来た。今でも本子は勉強や運動などはあまり好きではない。御菓子作りや絵を描く事、またピアノを習っているのでピアノも得意だった。英男よりは本子の方が口数は多く元気だが、いつもは素直で柔和なので如何にも女の子、って感じの子だ。
因みに英男は、昔から学業の成績も優秀で、スポーツ万能。性格も誠実で冷静であっさりしていて男らしい、そんな子だった。他の男子からも人として尊敬され、女子からも人気はあったが付き合いはしていなかった。偶に英男が笑顔で他の女子と話している事があると、本子がそう言った光景を見て軽く焼餅を焼く事はあった。
身支度を整えた本子は、靴を穿いて玄関を出る。自転車を出して来てそれに乗る。その時丁度、英男も出て来た。
「お早う。改めてだけど。うふふ。」
「やあお早う。さあ、学校行こうか。」
高校までの距離は二キロ強と近いが、自転車通学だ。
学校が終わると、校門で待ち合わせをしていた本子と英男は、今日は懐かしの駄菓子屋へ寄る事にしていた。二人が通っていた小学校の近くにある駄菓子屋だ。
「英男君、私甘い物が好きだけど、プチダイエットしてるから、最近おやつはゼリーが多いの。だから今日も私、おやつはゼリー。そう。これにしよう。甘さは控え目で丁度良いわね。三本ぐらい、と。後は、ラムネ、いやポカリスエットにしようっと。」
と本子は、ねじりん棒みたいな形をしたビニール棒に入ったゼリー状ジュースとポカリスエットを選んだ。
「そうか。良いと思うよ。じゃあ俺は、このコーヒーチョコと、サラダ味のうまい棒を二本。飲み物は瓶のコーラで。おばちゃん、これ下さい。」
「はいよ。」
駄菓子屋を出ると、二人はそのまま真っ直ぐ家には帰らず、小学校近くの公園まで来ていた。本子達の家からは真っ直ぐ東にある広い公園だ。並木道もあるので、並木道をサイクリングした後、二人は自転車を止めてベンチに座った。地味に汗ばむ額に風が気持ち良かった。
「ふうぅ。おいしい。」
ゼリージュースを飲みながら本子は言う。
「うん。」
英男はうまい棒を齧りながらコーラを一口飲む。
「そう言えば、英男君は大学受けるのよね?頭良いから国立?それで将来の夢って……。」
「ああ。そうだな。大学も地元受けるかな。その後地方公務員でも目指そうかと思ってるよ。それなら市役所とか県庁かな。でもまだ分からないね。教員目指すかも知れない。まあ何れも地元だな。」
「そうなんだ。私は、まあピアノや絵が好きで可愛い子供見てると和むから、保育士かなと。私立の大学や短大でも受けて…………あら、私達、まだ高校へ入学したばかりなのに、もう進路の話してる。笑っちゃうな。あはは。」
「そうだね。」
声を出して笑う本子に続いて、クールな英男も微笑した。
「部活には入るの?」
「俺は、多分入らないな。帰宅部で。」
「そう。中学の時も私達は帰宅部だったよね。英男君には勿体無いけど、私は嬉しいな。」
「本子は?」
「私?女の子同士の友達は作りたいから、家庭研究同好会とか入るかも。一人や二人男の子がいたとしても、私にとっては英男君に敵う人いないと思う。」
二人は暫くこうして談笑し合ったのだった。
金曜日。本子は学校が終わって家に帰ると、ピアノ教室へ行く前に、神社へ行って御参りをしていた。石段を上のぼる途中、桜吹雪が舞っているので少し髪の毛に花びらが付いた。
(英男君といつまでも一緒にいられますように。私と英男君の夢が叶いますように。)
賽銭箱には、十円玉と五円玉を投げ入れていた。これで『十分な御縁』と言う意味になる。神社で御祈りする時は大体いつも十五円だ。十円だけだと『遠縁』になるし、百円ともなればそれはちょっと大金だ。五円だけなら『御縁』だ。御参りの初心者は先ずは五円が良いのだろうと本子は考えた。境内の中には溜め池があった。昔から、池とは後ろ向きになって池に五円玉を投げ入れると、恋人が出来ると言う言い伝えがあった。中学の時、本子の友達がそれをやったそうだが、本子はそのような事はしなかった。唯一の英男がいるからだった。溜め池の反対側には墓地があり、肝試しを英男と一緒にしたのが小学三年の夏休みの時だった。
ピアノ教室で、本子は今日も英男の事を思い続けながら心を込めてピアノを弾く。その方が普通に弾くよりはうまく弾ける様子だ。本子は制服のままだった。私服は色落ちするのが嫌なので、私服には着替えない事も多かった。派ブレザーを脱ぐと長袖のシャツなので、腕まくりをしてピアノを弾いている。
土曜日は、本子と英男はデートとしてペットショップへ行っていた。買わずにウィンドウショッピングをするだけだった。ペットは高い。本子も英男も、ペットは飼っていなかった。本子が前に飼っていた金魚は、三匹とも中学の時死んだ。鱗が少しずつ剥がれて行くのが前兆のようなものだった。金魚は全部、庭の柿の木の下に埋めた。
「このアメリカンショートヘア、一番可愛いけど猫の中ではこれが一番高いなあ。見てるだけでもいいや。いずれにしても飼わないけどね。」
「猫はどれも可愛いな。俺もそう思う。」
「私もよ。」
「次は魚のコーナーへでも行ってみるか。」
「うん。」
「この熱帯魚は、飼うのが難しいらしい。温度調整が面倒だからね。」
「そうね。金魚をすぐに死なせちゃった私じゃ無理かな。熱帯魚が可哀想になっちゃう。あ、こっちはグッピーね。可愛いなあ。尻尾がキラキラ。これもアマゾン川にいるのよね。」
「そうそう。お、こっちはブラックピラニアだ。ピラニアは凶暴と言われているが実際は臆病で、血の匂いでもしない限り人を襲う事は無いそうだ。水族館でも、水槽の掃除は飼育員が中に潜ってするそうだ。ピラニアは恐がって逆に逃げるらしい。」
「へえ。英男君はやっぱり物知りねえ。」
「いやそんな事は無い。」
「こうして見てると、ピラニアだって可愛いな。そうだ。今度動物園に行って見ない?コアラとか色々見たいなあ。」
「いいね。じゃあゴールデンウィークにでも一緒に行くか?」
「そうしようよ。」
「よし。了解。」
「じゃあ五月三日は動物園でいい?」
「いいよ。」
「やったわ。」
「そろそろ帰るか。」
「そうね。私の家に行って御菓子食べる?確か桜餅もあったと思うから。」
「本当に。じゃあもう出る?」
本子の部屋にて、二人はバスケット一杯の御菓子をつまみながら、りんごジュースと柏餅を食べている。
「眠くない?だったらあたしの布団で寝ていいよ。」
「ありがとう。でも今は眠くないよ。」
「動物園、楽しみね。」
「ああ。」
今日は五月三日なので、動物園へ行く日だ。二人は液で待ち合わせをしていた。
「お早う!英男君。」
「お早う!あれ、本子。そんな靴持ってたんだ。」
「うん。昔から、不思議の国のアリスが好きで、真似しようとしてそれで思い切ってこのタイツと一緒に、昨日買ったの。ふふ。」
「そうか。可愛いな。」
「でしょ。今度のピアノの発表会でもこれ来ようと思うの。」
「そうか。じゃあ汚さないようにしないとな。」
「あら、服は同じなのがもう一着あるのよ。」
と本子は微笑む。
本子は、白ブラウスと黒ワンピースの下に、白タイツと黒のストラップシューズを穿いていた。髪型はセミロングのままだ。ピアノの発表会へ行く少女のようでもあった。
英男は、黒いTシャツに茶色いカーディガンを羽織っている。下は濃い青のジーンとショートブーツだ。
「私達の本当の春は、きっとこれからよね。」
本子の言葉に、英男は頷いた。
二輪の向日葵ひまわりのように、駅前広場で二人は暫く空を見上げていた。
二輪の向日葵 千馬章吾 @shogo
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