第3話


「またおかしな話を聞いたよ。僕が遭った事故で、僕の両親は死んだって言うんだ」

「そう……」

「なんでそんなこと言うんだろう。まったく、酷いよね」

「うん……酷いね」


 水色の髪の女の子は、あれからちゃんと会話をしてくれるようになった。

 もっとも、彼女自身の話は聞いてもはぐらかされてしまい、結局僕が話すことに相槌や意見を言ってくれるだけ。

 それでも、無反応だった頃よりはずっといい。大きく前進したと思う。


「ほんと、やめてほしいよ。僕が狂っているとか、両親が死んだとかさ……。確かに今、両親はいないけど、それは両親だけじゃなくて世界中の人間がいなくなっているんだから、ちょっと違うよね」

「世界中……誰もいないの?」

「いないよ。誰もね。僕だけだよ」

「そう……」


 世界からすべての人間が消えた。

 僕ははっきりとそう認識している。


「本当に、世界の終わりだよ。なんか、呆気ないよね。もっとさ、地球が爆発するとか、巨大隕石が落ちるとか……映画みたいな派手な終わりを想像してたよ。それが、こんなに静かに、煙のように人間が消えちゃうなんて。終わりって、こんなもんなのかな」

「どうして……消えたの?」

「どうしてって……さあ。今となっては原因なんてわからないんじゃないかな。調べようがないっていうか。それに調べるとしたら僕でしょ? 僕一人でそんなの調べられるわけないよ」

「そうかな」

「そうだよ。それに、調べてどうするのさ。原因がわかったところで、世界はもう終わっているんだよ。僕一人じゃどうにもならない」

「それもそうだね……」

「でも……そうだな。きっと神様とか、地球を管理している存在がいてさ。生き物いらないなって突然思い立って、全部消しちゃったんじゃないかな」

「ゲームみたい……」

「そうそう、そんな感じ。リセットボタンみたいにさ。ぱぱっと、消しちゃったんだ。……そんな馬鹿げた可能性でも考えない限り、原因なんてわからないよ」

「うん……」


 相変わらず彼女の受け答えはふわふわしている。

 でも、こうして話をしてくれるだけでもありがたい。

 この子すらもいなかったら、僕は本当に狂っていただろう。


「前に……クオリアの話、したと思うんだけど。君にはこの世界、どう見えてるの?」

「誰も居ない……」

「……だよね」

「とても静かで、寂しい世界。みんなどこかへいっちゃって……置いていかれた世界」

「置いて……いかれた」

「うん。自分だけを残して……いっちゃった」

「……それは」


 消えてしまっただけで、置いていかれたわけじゃない。

 絶対、置いていかれたんじゃない。


 そんな強い想いが僕の胸にこみ上げたけど、言葉になって口から飛び出す直前で押しとどめる。


 何故そんな想いが湧いたのか、自分でもわからなかったから。


「……君と僕は、同じ世界が見えているのかな」


 僕は思わず、そんなことを口にする。


「たぶん……同じ」

「だといいな。答え合わせはできないけど、でも、同じ気がするよ」


 誰もいない世界。僕と、水色の髪の女の子だけの世界。



「僕は……狂ってない」


 ぽつりと、呟く。


 呟いてからハッとして、慌てて女の子の顔を見る。

 彼女の瞳に映る、僕の顔は……。


「そんな泣きそうな顔、しないで……」

「えっ……」


 僕は今、そんな顔をしていたのか?

 驚いて、思わず口元を押さえる。

 でも隠しても無駄だとすぐに気付いて、手を離して俯き、今の気持ちをぽつりぽつりと零し始める。


「ごめん……。でも、両親の話とか聞かされるとさ……どうしても、不安になるんだよ。僕の見ている世界が正しいって、わかっていてもさ……。せっかく、君が認めてくれたのに。それなのに……ごめん」


「ねぇ……」


 心配そうに、彼女が僕を見つめる。

 深く、すべての悲しみを見てきたかのような、深い緑がかった瞳で。



「あなたはそれを……いったい、?」



「え……誰って」


 彼女の言葉に、僕は一瞬頭が真っ白になる。

 僕の目に映る、彼女以外の背景が、ぐにゃりと歪む。



 誰って……それはもちろん……。僕の……。






「……僕の……。ああ……そうだ。酷い話なんだけどさ、実は、君ともう話をするなって言われたんだよ。もちろん無視したけどね」

「……そう」


 彼女は悲しそうに目を伏せて、相槌を打つ。


 しまったな、これは言うべきじゃなかったか。

 話をするなって言われていると聞かされたら、ショックを受けて当然だ。

 悪いことをしてしまった。


「ごめんね、気分の悪い話をしちゃって。……やっぱり君と話をしていると落ち着くんだよ。それでつい、言わなくてもいいことまで話しちゃって」

「ううん。あなたがそう思ってくれているのは、わかっているから」

「……そう? ありがとう」


 彼女はそっと、小さく……本当に小さく、微笑んでくれた。

 誰も居ない、静かな町並みを背景に、彼女が浮かべたその笑みを……僕は、永遠に忘れないだろう。

 例え、この世界が終わったとしても。どんなに世界が狂おうとも。


「ね、こんなこと言うのは少し恥ずかしいんだけど……。世界が……僕の見ている、この世界が、終わる時……側にいてくれないかな」

「あなたの世界が……終わる時?」

「そう。確かにもう、誰もいない世界だよ。もう終わっている世界だ。僕は今、きっとその終わりを見届けているところなんだと思う。つまり……」

「あなたも、消えてしまう?」

「そうだと思う。そのうち僕も消えて、この世界は本当に終わるんだと思う。だから……」

「……うん。いいよ、最後は、私が側にいるから」

「……ありがとう、本当に。君に出会えてよかったよ」


 僕はそっと、彼女の手を握り……


 そこで、意識が途切れた。


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