観覧車

 ある研究室で歓声があがった。中では一人の博士が小躍りして喜んでいる。

「ようやく霊界通信装置が完成したぞ」

 研究室の机の上には沢山のボタンの付いた四角い箱が置かれている。博士は箱の前に立ち、早速装置を試してみようと手を掛ける。

「しかし待て、普通の人を呼び出しても仕方ない。私は死後の世界について事細かに知りたいのだ。死後の世界を探索してくれるような勇敢で善良な者を呼び出さなくては」

 研究室をうろうろと歩き回って考えていると、つい先日の新聞が目に入る。一面には『強盗と揉み合いになり死亡した勇敢な青年、本日告別式』と書かれていた。

「彼しかいない」博士は新聞を事細かに調べ、青年の名前や死亡日時を装置に入力する。

 装置を起動すると横に取り付けられたスピーカーからザーザーという雑音が流れた。

「はて、失敗したかな」

 博士が呟くと装置から若い男の声が聞こえた。

「今の声は一体誰ですか」

 自分で作っておきながら半信半疑であった博士は飛び上がって喜んだ。

「君は先日強盗と揉み合って死んだ青年で間違いないかい」

「確かにそれは僕のことですが、姿の見えないあなたは一体どちら様ですか」

「いや、すまない。私は町外れに住む博士だ」

 博士が答えると青年の声は弾む。

「町外れの博士というと、あの博士ですか」

「君は私のことを知っているのかね」

「勿論です。博士は有名で僕の憧れですから」興奮を抑えてきれないようで声が大きくなる。

「それはなんとも有り難いことだ」

 どうやら博士はぴったりの対象を選出したようである。

「しかし、博士の姿が見えません。博士も死んでしまったのではないのですか」

「私はまだ死んでない。死後の世界と通信する装置を作って君に話しかけているのだ」

「そのような装置を作ることが出来るなんて、さすがは博士です」

 青年が頻りに褒めるために博士も満更ではない。

「実は君に折り入って頼みがあるのだよ」

「勿論、科学の進歩のためならこの身も惜しみません。もう死んでしまっているのですけどね」

 なんとも笑いにくいジョークを聞き流し、博士は話を進める。

「それほど難しい頼みでもないのだが、死後の世界がどのような場所なのか説明して欲しいのだ」

「そんなことでしたらお任せください、と言いたいのですが僕にも分からないことだらけでして。如何せん先日死んだばかりの新参ですから」

 しまったと博士は思ったけれど、せっかく通信できたのにすぐに切るわけにもいかない。

「君の分かっていることだけでいいから教えてくれないか」

「それは勿論です」

 ごほんと一咳いれてから青年は説明を始めた。

「まず鬼という生き物は実在します。しかし我々が思い描いていたような地獄の風景はなく、無味乾燥な感じです」

 ふむふむと博士はノートに情報を取りながら青年の話を聞いた。

「魂達の長い長い列があって鬼はその周囲に立って誘導していますね。コンサートなんかでよく見かける列の整理係りを想像してくれればほとんど違いはないでしょう」

「その列が何の列か分かるかね」

「鬼たちに話を聞いて見たんですが、どうもこれは転生のための順番待ちらしいです。善人たちはこの列に並んで転生を待ち、悪人は地獄に落ちる仕組みのようです」

「輪廻転生は存在したのか。これならば前世の記憶を持つ者の説明もつくぞ」

 博士の興奮は関係なく、青年の調査は続く。

「列の先には大きな車輪のようなものがあります。上半分が霞んで見えないほど大きな車輪で、ゆっくりと回転していますね」

 それが転生の鍵ではないか。博士は青年の次の言葉を今か今かと待ち望んだ。

「他の魂に話を聞いた感じだと、あれは観覧車みたいなもののようです。あの車輪に乗り込んで一周回ると次の人生に転生できるみたいです。しかし、いやに回転が遅いですね」

「君が次に転生できるとすればどのくらい先になりそうだね。私は転生後の君にあってみたいのだが」

「僕もぜひ博士とお会いしたいのですが、どうにも列が長すぎます。これでは私が生まれる前に博士が亡くなってしまいますよ」

「それは残念だ」博士の本心から出た言葉は青年をひどく喜ばせてしまったらしい。

「でも方法はありそうです」

「どうするつもりだね」

「聞けばあの車輪の速度を調整している装置があるという話じゃないですか。私はそこに乗り込んで回転速度を最高にしてきます」

 意気揚々、青年はどこまでも勇敢であった。

「そんなことをして大丈夫なのかね」

「この列に並んでいる者はみな善人。悪人は地獄に落ちていますから、多少転生までの期間が短くなっても問題ないでしょう」

 それでも博士は不安で仕方がない。

「それでは来世でまた会いましょう」

 それから青年の声は途切れてしまった。博士が何度霊界と通信しようとしても一向に繋がらない。

 これは困ったことになったぞと慌てても、生者である博士には手の打ちようがなかった。

 通信以降、人類の人口が急激に増加したことは言うまでもない。

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