博士とコンピュータ
研究室の中で博士は歓声を上げた。
「やったぞ、ついに完成だ」
その大きな声を聞きつけて隣の家に住む男が博士を訪ねてきた。
「博士何が完成したんですか」
「おお君か、よく訪ねてくれた。説明するから上がってくれたまえ」
そう言って博士は男を研究室へ招き入れた。男は何度か博士の研究室に入っているが、見た限り何か新しい発明品が増えた様子はない。
「何か新しい発明をしたんですよね」
そう尋ねると博士は首を横に振った。
「では何か改良したんですね」
「その通りだ。私は脳の改善に成功したのだ」
それだけ聞いても男には何が何だか分からない。表情から察知したのか博士は説明を続ける。
「今、コンピュータの著しい性能向上で人間の頭脳が追い抜かれる危機にある。既に人間では太刀打ちできない分野も出てきているではないか」
「それは仕方のないことでしょう。脳には限りがあってコンピュータには限りがないんですから」
「そこなのだよ。人間の脳には確かに限りがある。しかし脳の力を限界まで使用出来てはいないだろう。もし脳の力を限界まで引き出すことが出来ればまだまだコンピュータに負けないと私は考えたわけだ」
「確かにその通りですね。人間は脳の十パーセントしか使っていないと聞いたことがあります」
男が納得すると博士は自分の頭を指さして言う。
「そこで私は微量の電気を脳に流すことにした。これによって今まで眠っていた部分を刺激して目覚めさせることに成功した」
「それはすごい。それで効果のほどはどうなんですか」
「それを今から実証しようと思っていたところだ」
それから博士は研究室の奥から一台のコンピュータを持ち出してきた。
「早速このコンピュータと勝負をしてみよう」
勝負の結果、博士はコンピュータに圧勝した。
「どうだね。人間の脳も捨てたものではないだろう」
博士の上機嫌とは反対に男は懐疑的表情である。
「博士、このコンピュータを購入したのはいつですか」
博士はしばし考え込んだ後、一年ほど前の日にちを述べた。
「そんな前のものでは話になりません。私の家に昨日買ったばかりのものがありますからそちらで試してみましょう」
そう言って男は自宅からコンピュータを持ち出してきた。博士は自信満々でそのコンピュータと勝負するが惨敗してしまった。
「博士の頭脳を持ってしても最新のコンピュータには勝てませんでしたか」
博士は意気消沈したもののすぐに立ち直り、男に頼み込んだ。
「このコンピュータをしばらくの間借りることはできないだろうか」
「勿論、喜んでお貸ししますよ」
それから博士はまた研究室に閉じこもってしまった。
半年ほど経過してまた博士の研究室で歓声が上がった。
「ついに勝つことができたぞ」
歓声を聞きつけて男は急いで博士の元へ駆け付けた。
「私の頭脳がついにコンピュータに勝ったのだ」
そう言って男に借りたコンピュータと勝負し、圧勝して見せた。
「私の貸した半年前のコンピュータですか。なんて時代遅れなものを使っているんですか。今の最新はこれですよ」
男が見せたのは発売してから一日も経過していない最新のコンピュータである。
「このコンピュータが発売してからまだ半年しか経過していないではないか。そんなに早く進歩するはずがないだろう」
そう言って男の持ってきたコンピュータと対戦してみると博士はまた負けてしまった。それから博士は再びコンピュータを借りて研究室に籠ってしまった。
今度は一ヶ月ほど経過してまた博士の研究室で歓声が上がった。
「あれから一ヶ月しか経っていないのに凄いですね」男は駆けつけて賞賛を述べる。
「私の頭脳も進歩しているということだ」
さあ見ていてくれ、それから博士は借りたコンピュータと対戦して圧勝して見せた。
「しかし博士また最新のコンピュータが発売されまして」
男は申し訳なさそうにコンピュータを取り出した。ここまで来て博士も引くことはできない。最新のコンピュータと対戦してみるとやはり博士は完敗してしまう。
「博士そろそろ別の研究に移ったらどうですか」男が心配する。
「私は人間代表としてコンピュータごときに負けるわけにはいかないのだ。私の負けは人間の負けを意味する」
そう言ってまた男にコンピュータを借りて研究室に籠ってしまった。
それから月日は流れ。
「今夜世紀の対決が行われます。人間は世紀の頭脳に勝てるのか」男のコンピュータ画面には陽気な司会者と博士が映し出されている。
テロップには「コンピュータVS博士VS人間」と描かれていた。
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