令嬢エリザベスの華麗なる身代わり生活

emoto

第1話プロローグ

 公爵令嬢エリザベス・オブライエン。

 波打った金の輝く髪に、至宝の緑と呼ばれた翡翠の瞳はぱっちりとしており、肌は白磁のように白くて手足もすらりと長い。

 大輪の薔薇のような、艶やかな印象の大貴族の令嬢である。

 その美しさは社交界一とまで謳われていた。


 だがしかし、天は二物を与えなかった――


 エリザベス・オブライエンは美しさを鼻にかける傲慢な性格で、扱いにくく、女王様然とした態度でいることも多い。

 おまけに、交遊関係が広く、噂になった男の数は両手でも足りない。

 夜会のあと自宅に帰らず、朝帰りをしたのも一度や二度ではなかった。


 そんな彼女に頭を悩ませるのが、公爵家の次期当主であり、兄であるシルヴェスター・オブライエンであった。

 父親は外交官で家を空けることが多く、母親は十年前に他界。妹エリザベスの監督は彼に一任されていたのだ。

 遊びほうけるエリザベスに、何度苦言を呈したかわからない。

 シルヴェスター自身、日々、城仕えの仕事に、自宅に帰れば父親の代わりに処理しなければならない書類の山に追われ、多忙を極める日々を送っていた。

 使用人達にも厳しくエリザベスを監視するよう指導していた。けれど、彼女は使用人を陥落させ、あるいは、使用人の目を掻い潜り、家を出て遊びにでかけてしまうのだ。


 エリザベス・オブライエンは、シルヴェスターの手に負えない、世界でただ一人の女性であった。


 そんな彼女も、十八になったのと同時に婚約者が決まった。

 公爵家の分家であるエインズワース伯爵家の次男ユーインが選ばれた。

 ユーイン・エインズワースは現在二十二歳。性格は堅物で真面目。

 城仕えをする文官で、周囲からの信頼も厚く、結婚をするなら彼しかいないと、シルヴェスターが頼み込んで決まった。


 これでエリザベスの将来も安泰だと、シルヴェスターは安心しきっていたが、事件は婚約発表会の当日に起こった。


 信じられないことに、エリザベスは一通の手紙を残し、公爵家に仕える使用人の男と駆け落ちをしたのである。


 事態を知らされたシルヴェスターは、供も連れずに慌てて家を飛び出す。エリザベスを探し出すために。


 波打った輝く金髪は人混みの中でも目立つ。

 さらに、誰もが振り返るような美人だ。すぐに見つかるだろうと思っていた。


 そして、市場の人の流れの中に、金髪の女性を発見する。

 後ろ姿であったが、周囲の男は振り返り、目を奪われていた。


 ――いた! エリザベス!


 そう確信をもって、シルヴェスターは妹の名を叫ぶ。


「リズ!」


 エリザベスの愛称である「リズ」と呼べば、すぐに反応して振り返る。

 その顔を見て、シルヴェスターはホッと安堵の息を吐いた。

 エリザベスはまだ王都にいたのだ。


 逃げ出さないよう、細い腕を掴み、傍へと引き寄せようとしたが――


 パン! と乾いた音と共に、シルヴェスターの頬に突き刺さるような痛みが走る。


 すぐに、掴んでいない方の手で、頬を叩かれたのだと気付いた。

 いったいどういうことだとエリザベスの顔を見れば、今まで見たこともないような、侮蔑の籠った目で睨まれていた。

 そして、シルヴェスターが「どうして?」と問いかけるよりも先に、相手が口を開く。


「――人違いですわ」

「え?」


 思いがけない一言を聞き、掴んでいた手の力が緩む。

 その隙に、振り払われてしまった。


「人違いって、君はリズ、エリザベスだろう?」

「ええ、わたくしはエリザベス。ですが、あなたのことは存じません」

「存じませんって……もしかして、記憶喪失?」

「馬鹿にしていますの?」


 シルヴェスターとエリザベスの間には、微塵たりとも会話が成立していなかった。

 互いに、「この人はいったい何を言っているのだろうか」と思いつつ、見つめ合っている。


「――とにかく、こうしている時間ももったいない。家でゆっくり話そう」

「何をおっしゃって――きゃあ!?」


 シルヴェスターはエリザベスの体を横抱きにして持ち上げる。

 当然ながら抵抗された。

 人さらいだと叫ばれるたびに、「すみません、妹なんです!」と周囲に事情を説明しながら、家路に就く。


 やっとのことで帰宅を果たし、侍女の前に連れて行く。


 一時間後。

 執務室で事務処理をしているシルヴェスターの元に、執事と侍女がやってくる。

 報告があるとのこと。

 神妙な顔付きをする二人に、怪訝な表情を向けつつ、話を聞く。


「それで?」

「え、ええ。その、若様、非常に申し上げにくいのですが――」

「うん?」

「先ほど連れ帰った御方は、エリザベスお嬢様ではありません――よく似た、別の方です」

「な、なんだって?」


 驚きの事実が発覚した瞬間である。

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