第2話 眼鏡とごま塩頭とピンクのネオン

ごてごてと飾り付けられたアーチの頂点に、銀河横町という壮大な名が書かれた看板が掲げられている。だが、その名前を使うものは今はもうほとんどおらず、代わって皆が口にするのは『しょんべん横町』

商店街のほぼ中央で口を開けているそこをくぐれば、いやが応にもその名前がしっくりくる事が分かるだろう。

足を踏み入れ目に付くのは、居酒屋やスナックといった酒を飲ます店ばかりで、そのどれを見ても場末という言葉が頭に浮かぶ。

しかし、その場末を好む者は少なくなく、どの店も客足が途絶えたという事は無いと言われている。

薄暗く、据えた臭いが漂うこの横町の一番奥に、BARオリオンはあった。



「これが寧々さんが持ち帰った釘です。」


そう言って眼鏡の男は、カウンター越しに座っているごま塩頭の男に五本の釘を渡す。


「ふうむ。美濃部よ、どっからどう見ても普通の五寸釘に見えるがな。これがどうしたと?」


「4本は磯崎さんの言うように鉄でできた普通の釘です。ですが、一本だけそうじゃない釘が混じっているんですよ。」


「ほう。」


磯崎は一本ずつ釘を光にかざし、目を細めては首を傾げている。


「磯崎さん、まさか老眼が進んでるんじゃないですか?よかったら老眼鏡ありますよ。」


美濃部は笑いながらカウンターの下をごそごそとまさぐっている。


「バカ野郎。ここが暗いだけだ。こいつだろ、鉄じゃないってのは。確かに他のに比べて、重さと色が若干違うな。」


「ええ。それ、何でできていると思います?」


釘を指で軽く弾きながら磯崎は答える。


「この感触、木か?ただ、それにしては重い気もするな。」


「はい。樫か何かじゃないかと考えているんですが。」


「そのあたりかもしれんな。まぁ持って帰って調べさせるよ。ただの木ですねって言われるのがオチだろうがな」


「この前入った若いのに、ですか?」


磯崎は応えず、太い眉を片方だけ上げてみせ、釘を足元の鞄へしまい込む。


「それで、こいつの持ち主がかけた呪いはどうなったんだ?」


美濃部の表情は一変し、その視線はごそごそとやっていた手元から、磯崎へと移る。


「その男を捕まえたのは少女、近所の高校の生徒達なんですがね、彼女の報告によれば、男が別の少女を追い掛けだした時、打ち込まれていた釘は四本。ですが、暫くして藁人形一式を回収しようと彼女が戻って来た時には、五本目の釘が打ち込まれていたそうです」


「つまり釘は全て打ち込まれ、呪いが発動したと?」


「恐らくは・・・。まさか第三者が関与しているとは思ってもみませんでした。」


「第三者、か。その少女の数え間違えか、嘘の報告をしている可能性は?」


「ありません、二人のうち一人はこれまでも何度か仕事をしてもらっていますが、結果をみても信用できますし、嘘を言うような子ではないですね。それに磯崎さんも彼女とは、何度か話したことがあるはずですよ。」


顎を親指でこすりながら磯崎が入口脇にある小さな窓に目をやると、向かいにある店のネオン看板がどぎついピンク色に輝き、せわしなく点滅している。


「見る度に思うが、まるで高校生の頭の中のような色だな。あの看板は」


「ええ、でも目立つんですよ。あの色。遠くから見ても一目で分かりますよ。ただ残念なのは、何て書いてあるか読めないって事ですかね」


二人は暫くの間その看板を見つめていたが、先に口を開いたのは磯崎だった。


「それもまた高校生の頭の中のようだ。高校生に限らず、最近の若いのの考えはさっぱりわからんよ。」


美濃部には磯崎の言う若いのというのが、少女達の事なのか、最近入った部下の事なのかは判断できなかった。もしかすると磯崎の息子の事なのかもしれない。


「僕も最近までは若いのだったんですがね、彼らには彼らの考え方があるんですよ。磯崎さんだって、若い頃は親や上司から同じことをよく言われたでしょう?」


思い当たる事があったのか、ふん、と磯崎は面白くなさそうに鼻を鳴らした。


「随分、らしい事を言うようになったじゃないか」


「これでもバーテンで食ってますからね。少しは口もうまくないとやっていけませんよ」


美濃部のすました顔を見た磯崎は愉快そうに笑ったが、すぐに元の厳しい顔に戻る。


「呪いをかけられたのは五人。そして呪いをかけたのは二人。」


美濃部は小さく頷く。


「二人目があの場にいたのは偶然ではないでしょう。前もって男の行動を把握していたはずです。男が儀式を始めてからずっと監視をしていたのかもしれません。」


あるいは、と美濃部が言いかけた時だった。

カランと音を立てた扉が開き、およそこの場の雰囲気には似つかわしくない声が店の中に響く。


「こんにち・・、あ、この時間だと、こんばんわの方がいいですよね。」


二人は顔を見合わせてから、もう一度入口に目をやる。

そこには、にこやかな顔をした寧々と、店内を訝しげに見回すおりつが立っていた。

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