第2話

「ね~え、ジャノメ!ねえってば!!」


孤児院から戻ったジャノメは、待ち伏せていた思わぬ客に手を焼いていた。


「ダリア……ちったあ待てねえのか。大体人んちに勝手に入んなって何度も言ってんだろ」


「もう十分待ちくたびれてるの!それにこの家、いつも鍵開いてるじゃない」


脱いだジャケットや帽子を手際よくトランクに片付けていくジャノメの背中にもたれ、童顔に似合わない豊かな胸を押し付けながら文句を連ねる彼女、ダリアは貴族や資産家にも常連客を持つ娼婦である。


『ねえ、傘がないの。寒いし、泊めてくれない……?』


ある雨の夜にそう声をかけてきた彼女を、仕事を終えたあと特有の高揚感を持て余していたジャノメは受け入れ、この家で一夜を共にした。

それ以来、彼女は度々ジャノメが留守でも構わず訪れては、こうして帰りを待ち伏せている。


「日が暮れたら仕事だ。支度くらい黙ってさせろ」


ジャノメはこの家の他に、仕事の場所に応じたいくつかの拠点を持っていた。

いずれもライフラインを通し、最低限の寝床と私服のみを置いたそれらには彼の痕跡は一切存在しない。

自分から恨みを買いにいくような仕事柄、一箇所に留まるのは極力回避するように心掛けている。

必要なものだけをトランクに詰めて、拠点を渡り歩きながら仕事をこなすだけの生活。

何年も続けているそれは今更、特に何の感慨も持たないジャノメの日常だった。


「つーか、お前の方の仕事はいいのかよ……」


「いいの、今日はジャノメとしたくて来たんだから」


支度を終えたジャノメがソファーに腰を下ろすやいなや、ダリアは正面から跨り、手慣れた様子で彼のシャツのボタンを外しにかかる。

ダリアのお気に入りらしい、彼女の声に似た甘ったるい薔薇のコロンが、ジャノメの鼻腔をくすぐる。


「今日はも何も、いつもじゃねえか……」


そう零すジャノメの唇は、妖艶な微笑を返したダリアのそれに塞がれた。

吐息ごと奪うような情熱的なくちづけ。

その間にも赤いマニキュアに彩られた指先はジャノメのベルトを抜き取り、衣服の奥へと滑り込んでいく。

経験で得たのであろう的確な動きに、触れられた箇所がじわりと熱を帯びる。

……そういえば最近はご無沙汰だったか。

頭の片隅によぎったその事実が、ジャノメの思考を目の前の誘惑へとシフトさせた。


「あっ、やん!」


突然ぐるり、と視界が反転し、ダリアは思わず声を上げる。

一瞬の後、彼女の背中はソファーの座面に縫いつけられていた。

躊躇なく襟元を暴かれ、豊潤な果実のような形の良い乳房が晒される。


「……二時間だ。それで良けりゃ、付き合ってやる」


見下ろしてくる端整な顔立ちが男の香りを纏わせて浮かべた薄い笑みに、ダリアはぞくり、と震えるほどの快感を全身に巡らせた。

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