アニメの聖地も多いけど……

私の紹介したい街、岐阜。

 岐阜ぎふという田舎を皆さんはご存じだろうか。

 古くは、天下泰平の野心に燃える織田信長公が中国の地名や故事にならって名づけたとされる岐阜。この頃はアニメの聖地として萌え文化を広げている。

 いや、萌えなどという使い古されて時代に取り残された表現を用いるよりも、昨今話題となったアニメ映画『君の名は。』や『こえの形』の舞台として紹介するのが良いだろうか。けれど、アニメ好きとしては『氷菓』、『ひぐらしのなく頃に』、『僕は友達が少ない』などといった作品の舞台でもあることを――――いくぶん話が脱線気味だ。

 私はアニメの聖地としての岐阜を伝えたいのではなく、岐阜という田舎の魅力を伝えたい。実を言えば、私は岐阜で生まれ育ったわけではなく、出身地でもないのに田舎と呼ぶのはどうなのかとも思うけれど、やはり岐阜は夜のしじまが透き通る田舎なのだと私は思う。


 まず星が綺麗なのだ。いや、『君の名は。』に出てくるような、あるいはプラネタリウムのような、光がこぼれ落ちてきそうな星空を期待されてはかなわない気もする。けれども、よく晴れた月明かりに邪魔されない新月の夜などには、星々が空に散らばって囁き合っているような可愛らしい光景を眺められるはずだ。

 といのも、私も何度か星を探しに岐阜へ出かけたことがある。いわゆる天体観測で、今となっては遠い記憶ではあるけれど、夜の冷えとともに心温まる懐かしい情感が思い出される。いささか回想によって美化されているようにも感じるが、しかし、天体観測というもの自体がややロマンチシズムに偏ったものなのだから、お目こぼし頂きたい。思い返してみると、天体観測の楽しみは、日々の中に過ぎ行く一つの夜をただ星を眺めるためだけに使ってしまうという経験にある気がする。私の記憶には星々の眺めと共に、ゆるりとした時の流れの中、なんでもないようなことで親しき人と笑い声をあげていた寒くて温かい夜が縫い合わされている。


 ここまで、ついつい星のことばかり語ってしまったが、それならば岐阜に限らず、どこの田舎でも、あるいは都会であっても探しにいけるものだろう。だから、ここからは岐阜ならではのものを紹介してみたい。と、その前に『君の名は。』を生み出した新海しんかい監督が映像美で魅せつけてくれたともいえる代表作『秒速5センチメートル』(以下、“秒速”)について触れておきたい。先に断っておくが、“秒速”は岐阜を舞台としているわけではない。けれども、画像検索して出てきたものを一通り眺めて頂くか、動画検索で予告編の冒頭20秒ほどをご覧頂ければ、私の伝えたい景色がほんの少し感じられると思う。

 そう、桜が舞っているはずだ。雪景色も素晴らしいけれど、何より桜の舞い散る光景だ。古来より日本の花の代表といっても過言ではない桜。その儚くも美しいめくるめく可憐さがむせかえるような空気感として実写以上に伝わってくるのが新海監督の“秒速”だろう。ぜひとも本編をご覧になっていない方は冒頭1分弱だけでも――――と、また脱線してしまった。


 私は新海監督の“秒速”に勝るとも劣らない桜の舞い踊る光景に岐阜で出会った。


 岐阜県にも大きな桜がある。名を淡墨桜うすずみざくらといい、日本三大桜の一つにも数えられている。

 数年前の春、淡墨桜を見に行こうと思い立った私は大垣おおがき駅(『聲の形』の舞台である岐阜県大垣市にある)から樽見たるみ鉄道に乗った。樽見鉄道ではなく、養老ようろう鉄道に乗って養老駅へ向かえば、養老天命反転地という奇妙なアトラクション施設(?)にも行け、近くの小川で遊んだ記憶などが私には蘇るのだが、それはまた別の終着駅へと続く話だ。

 私は淡墨桜を見に行く途中、紅葉で有名な華厳寺けごんじや即身仏のいらっしゃる横蔵寺よこくらじに寄ろうと思っていたため、樽見線の谷汲口たにぐみぐち駅で一度降りた。駅から出るバスで華厳寺へと向かうためだった。バスを待つ間、駅前にある桜が綺麗で思わず写真に撮ってしまったのを覚えている。

 華厳寺の参道に立ち並ぶ桜も綺麗だった。横蔵寺にはヤモリたちがいっぱいいて、奥に進んでみると見晴らしの良い丘があって、と語りたくなることは多いけれど、ここで私が語りたいのは、その後のことだ。

 再び樽見鉄道に乗るために谷汲口駅へと戻ってきた私は、いくぶん時間を持て余していた。列車の本数が少ないのだ。淡墨桜の観光客用に桜ダイヤという特別なダイヤを組んでいるとはいえ、一時間に一本ないしは二本しか通ってなかったと記憶している。

 私は次の列車を待ちながら、谷汲口駅の周りを散策し始めた。といっても、駅舎近くに置かれていた古びた客車を見に行っただけではあるが。

 どこで何を見たのだろうか、と私は思い返す。古びた客車の周りか駅のプラットフォームか、細かな光景は写真を掘り出さねば思い描けないけれど、私には桜が舞うのはこんなに綺麗なのかとしみじみ感じた記憶が残っている。強い風が吹くたびに、あぁなんて、と息をのまずにいられなかったのを覚えている。

 また強い風が吹いて、まさしく桜吹雪が巻き起こる中を列車が駆け抜けてくる。駅員さんの周りを桜の花びらがまとわりつくように舞い狂う。

 どこを向いても桜色。

 無数の花びらが風に踊る果てしない春の景色。

 足元へ一枚ひらりと散りゆく儚き春の欠片かけら

 あらゆるものが桜にひたされる感覚。


 それからは淡墨桜を見上げた話へと続いていくのだけれど、もう語らない。

 字数が足りないというのもあるけれど、私にとってもう一度見に行きたいと思ってしまうのは、何よりも谷汲口駅の桜なのだ。

 春夏秋冬のそれぞれに見るべきところはあるのだろうけれど、やはり機会があるなら春の樽見鉄道に再び乗りたいと思ってしまうくらい。

 桜色の鮮明な出会いは線路と共に。


 アニメの聖地巡礼も良いけれど、日本三大桜の観光も良いけれど、皆さんも機会があれば是非とも途中でひと休みして、谷汲口駅の桜をゆるりと感じてほしい。

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