第25話 開始のイベント

「何が……起こったんでしょうか……」


 真っ白なコックピットと全面にパノラマのように広がるスクリーン、そして左右上下と四つに増えた操縦席を見て百合は呆然と言葉を漏らした。


 さっきまでの最悪で深刻な事態は何処にいってしまったのだろう。


 完全に状況が好転しており、命をかけてデスディルシステムを使った事など嘘のようだ。


 操縦席を確認すると隣には司がいて、前の席にはダイスケがいる。四つ目である後ろの席には誰も座っていないが、そこにシグがいるのはすぐにわかった。ブレイブヴァインの中枢であり、機体と一体化したシグがメインに居座る場所として機能している事を感知したからだ。


 百合は正常に合体完了したブレイブヴァインを知らないので、このコックピットの作りを初めて知る。


 混乱と少しの好奇心で周囲を見回していると、すぐに隣に座っている司の怒号が聞こえた。


 「百合! もう絶対あんな事するなよ!」


 その声にビクリと百合は身体を震わせる。


 「あんな悲しい事! もうオレは二度とゴメンだからなッ……」


 司の悲痛な顔が百合に刺さった。


 「お前には仲間がいるんだ。もっと頼っていいんだ…………少なくとも、お前をブレイブヴァインに乗せる事ぐらいはできる。だから……」


 司は百合の方を振り向いた。


 「こ、この戦いが終わったら叱ってやる! オレも姉ちゃんもシグもダイスケからも! ついでに紅夏や順英にも叱ってもらう! だから覚悟しとけよ!」


 ビシリと司は唯に指を突きつけ言い切った。


 涙のたまっている目を堪えながら、その顔は緊張していた。酷く決まらない顔だった。


 「…………はい。ありがとうございます」


 そんな顔を見て百合は微笑を浮かべた。叱咤を受けた者とは思えない顔だったが、司は特にそれ以上は何も言わずスクリーンへ顔を戻した。


 「優しいですね、司さんは」

 「せ、戦闘中だ! 私語は終わってからな!」


 顔を赤くした司を見て、再び百合は微笑を浮かべた。


 「そろそろ現状を説明しよう」

 「わんわんわんわん!」


 シグは二人の話が終わったのを確認し、司と百合に今の状況説明を始めた。


 「前方にオルゴンデール級災厄獣一体、その後方に九体が接近中だ。そしてブレイブヴァインの後ろには超弩級サイズのオルゴンデール級が迫っている。味方は私達一機のみで戦力差は先程と変わらない。相変わらず数では圧倒的に不利だ」


 シグは現状を説明する。


 ブレイブヴァインに合体したといっても、それで敵の数が減るワケではない。オルゴンデール級という上位の災厄獣達は一層の牙を向き襲いかかろうとするだろう。


 「だが、ブレイブヴァインという炎は災厄獣を殲滅する。どんな不利な状況であろうともだ」


 先程までヴァインと交戦していた災厄獣がブレイブヴァインに迫ってくる。迫るスピードが落ちる気配がない。体当たりする気のようだ。


 「司、グランディアブレイクだ」

 「了解! それがブレイブヴァインの必殺技だな!」


 災厄獣が迫る。直前でダメージを与えようとしたのか、災厄獣は口を開きレーザーを発射した。ヴァインの時とは違い放たれたのは一発だけだが、それでも強力な攻撃に変わりない。


 レーザーと体当たりの同時攻撃がブレイブヴァインに迫ったが。


 「グランディアブレイク!」


 司がそう叫んだと同時にブレイブヴァインは大地を深く踏み込んだ。足からアンカーが発射され態勢を固定する。右腕を引き絞り、その腕が高速回転した後、災厄獣へと発射された。


 グランディアブレイク。


 十二年前に司を助けたブレイブヴァインの攻撃がレーザーを引き裂き、そのまま本体を貫いた。焼けたバターにナイフを突き刺すように、右腕はあっさりと災厄獣を貫通してブレイブヴァインへと戻ってくる。


 「わんわんわんわん!」


 その様子を見て興奮するようにダイスケが吠えた。


 身体を貫かれ災厄獣が轟沈する。その身を爆発させ、まず一体が完全破壊された。


 「D23撃破。災厄獣残り十体」


 たった一撃。


 災厄獣で二番目に強いと分類されるオルゴンデール級がたった一撃で落ちてしまった。


 ブレイブヴァインのパワーはヴァインとは比べものにならず、その強さは無限大のように思えてしまう。


 「九体が高速接近。どうやらブレイブヴァインを囲むつもりのようだ」


 スクリーンから見える九体の災厄獣が散開していく。ブレイブヴァインとの距離を大きく開け、グランディアブレイクに対処できる間を取ったようだった。


 「だったらグランディアブレイクで一匹づつ片付けてやる!」

 「片付けられないな。グランディアブレイクの射程圏外だ」


 グランディアブレイクは強力であるが故にその有効距離は短い。


 大きな距離を取られてしまうと狙う事ができない武器なのだ。災厄獣達がそれを察知したのかはわからないが、距離を大きく開けるというのはグランディアブレイクの対策としては十分なモノだった。


 「他に武器は何があるんだ?」

 「ドミネートーガンだけだ。ブレイブヴァインにある基本武装は二つだけだからな」

 「な、何!? ブレイブヴァインってたった二つしか武器がないのかよ!?」


 かなり信じられなかった。ブレイブヴァインは対災厄獣の決戦兵器だ。


 なのに武装が二つしか無いとはどういう事なのか。


 グランディアブレイクの届かない距離はドミネートガンも右に同じなので、離れられては何もできない。攻撃不可能となってしまう。


 「大丈夫ですよ司さん。中央司令室には要請していますから、もう来るはずです。司さんは音声認識の準備を」

 「来るって何が?」


 少し狼狽した様子で司は百合に聞いた。


 「ブレイブヴァインの武器がですよ」


 そう言った百合の顔には「心配無用です」と書かれており、光の粒子が漂う目からは余裕すら感じられた。

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