第14話 デートのイベント
「まだ信じられない……オレは…………オレはパイロットになったんだよな……」
次の日、皆戸(みなと)商店街を司は何処か打ち震える様子で歩いていた。
あの後あっさりと司は解放された。てっきり書類やら何やらを書く事になると思っていたので、すぐに帰れたのは意外だった。
まあ、ただの高校生がロンバルディ社の事やヴァインのパイロットの事を言っても誰も信じそうにないので、問題ないと見なされたのかもしれない。
それに姉である唯の影響の可能性もある。司は初めて知ったが、唯はロンバルディ社で副司令なんてしているらしい。
災厄獣対策室といういかにもな部署に限っての事らしいが、それでも上層部の人間だというのが響きでわかった。
だが、司にとってそんな事はどうでもよかった。
「パイロットに…………なったんだッ!」
司はこれまで毎日ブレイブヴァインの事を思い過ごしてきた。
何か力になりたいと、どうやったら力になれるのかとずっと考えてきた。将来はブレイブヴァインに関わる仕事をすると決めており、もしくはブレイブヴァインのようなスーパーロボットを造るのだと意気込んでいた。
だが、まさかパイロットになれるとは思わなかった。
光栄の極みであり、これ以上の感動が司に訪れる事は無いだろう。
いや、あるとすれば合体の時だろうか。あの災厄獣の時はしなかったが、ブレイブヴァインになる事は災厄獣との戦いで必須なはずだ。十二年前の戦いが圧倒的だったのだから尚更間違いない。
ブレイブヴァインが合体ロボットである事は少し驚いたが、きっとこれからは訓練なんかもあって忙しくなる事だろう。
今が夏休みでよかったと心から思う。学校が無ければいくら訓練しようと問題無い。
まあ、必要ならば学校さぼってでも訓練するが、これは唯が許してくれない気がする。
「って、いい加減に落ち着かなければ……じゃないとまた眠れなくなる」
夢を叶えた司の高揚は半端なく、昨日の夜は全然寝付けなかった。
何度も「自分でいいのだろうか」と自問したり「精一杯やり遂げる!」と意気込んだり「体とか鍛えた方がいいんだろうか!?」とか思いついたりする内に朝になっていたのだ。
今日はそんな自分を冷静にさせるため商店街に来たのだ。
部屋に閉じこもっては興奮ばかりしてしまうので、頭を冷やす必要があった。
「……そういやロンバルディの地下道って長い道だったな。結構姉ちゃんと喋ってた気がするけど、中々地上にでなかったし」
ロンバルディ社本部は地下施設だったらしく帰りは唯の車で司は帰ってきた。
かなり長い地下道路を走り、車は新座山市の外れに出てきたのでロンバルディ社本部がどの辺りにあったのかはわからない。
秘密基地のようだから発見されにくいようにしているのだろう。車で出てきた場所も一見すると民家の車庫にしか見えなかった。完璧な偽装だった。
「本屋まで開いてるのか。さすがの新座山市って所だな」
あの後、新座山市の駅付近は酷い有様になっていた。
災厄獣とヴァインの戦闘のせいで半径百メートル付近はガレキすら無い荒野になっていた。岩塊が全てを破壊した後であり、その様子はどれだけ災厄獣が猛威を振るったのか一目で理解できる。
地獄というよりも無という表現が正しく、災厄獣とは支配するモノではなく破壊するモノである事を再確認できた。
「あの程度でヘコたれるなら、十二年前で終わってるもんな」
しかし、現状を見て嘆き悲しむ者は誰もいなかった。災厄獣などに負けるものかと意気込む新座山市の住民達は逞しく、今日も平和な日常を過ごしている。司も同じだ。
十二年前の状況から脱するために、今を生きる人達に狼狽えている者などいなかった。
とはいえ、さすがに凱旋パレード時は誰もが混乱し、今日の新聞の見出しは災厄獣とヴァインの話題で持ちきりになっている。
これに対してロンバルディ社がどう答えるのかはわからないが、一つ解るとするなら、唯は家に帰ってこれない程その対処に追われているという事だった。
「…………ん?」
本屋に立ち寄ろうとした司だが、その足がピタリと止まる。
「…………アレって」
本屋から出てきた怪しい姿があったのだ。
その姿とはトレンチコートを着ていて、顔を半分覆い隠すようなサングラスとマスクしていて――――それはいつか見た不審者と全く同じ格好だった。
がっくりと肩を落として項垂れている姿もあってかなり目立つ。さらに昼間なのもあり、嫌でも人の視線を引いていた。
その後、本屋を通り過ぎようとして、ずるべたーん! と、ソイツはズッこける。
「ううう……不注意です……」
その拍子にサングラスがすっ飛び、慌てて拾いに行く姿は外見に似合わず可愛らしかった――――――――――――が、それもそのはず。
「…………え?」
サングラスの下に見えたのは百合の顔だった。何故か百合が不審者同然の格好をしてこけている。
思いもよらない正体に司の脳内が一気に?マークで埋め尽くされる。
「なんであんな格好してん……だ?」
その後観察すると、百合は額を摩りながら本屋の隣に立つコンビニへと移動した。
だが、コンビニに入る事はなく店外の隅の方へ。そこで、何故か覗き見るように窓ガラスから本屋の中を見ていた。
その様子は横になったもぐら叩きのようであり、告白している友達を隠れて見ている者のようでもあり、ガラスを割った子供がボールを取りに行けないようでもある。
つまり、目立つ格好がさらに目立つ結果を生み出していた。当然、さっきよりも通行人達は百合を怪しげに見ている。
「……何してんだこんな所で?」
「ひゃうっ!」
司は怪しげな格好をした百合へ声をかけた。スルーするのがかなり難しかったからというのもあるが、真の理由は単純に話をしたかったからだ。
出会って一週間が過ぎたが、あれから一度も司は百合と話をしていない。
好意を持っている相手と話せないのはかなりの苦痛であり、唯も帰って来ないため会える手段が失われていたのだ。
そんな司にとってこのイベントは降ってきたようなチャンス。逃すワケにはいかなかった。
「つ、司さん!? 何でこんな所にッ!?」
「この辺りは通学路なんだよ。朝とこの時間帯はいつも通ってる」
「はっ! そ、そうですよね…………な、なんて事……これは迂闊すぎました……」
「……その迂闊は場所ではなく、鏡を見た時に気づく事だと思うが」
トレンチでサングラスでマスクな姿をカタカタ震わせながら百合は頭を抱えた。
「ど、どういう事ですかシグッ! これならバッチリ怪しくないって言ったはずですよッ!」
「シグ?」
付近に浮遊するウォークマンは無い。思わず司はキョロキョロと辺りを見るが、何処にもシグの姿は見あたらなかった。
「おかしいな。その姿が適任だとインターネットは答えたのだが」
だがシグの声はする。何処かにいるのは間違いなく、司は変わらず辺りを見回すが、すぐに見つからないのは無理もなかった。
「どうやら調べ先を失敗したようだ。インターネットというモノは難しい」
百合のそれなりに大きい“胸元”からポンとシグが飛び出した。紐で百合の首からぶらさがりユラユラと揺れる。浮遊する小型機械は目立つためアクセサリーのように見せているようだった。
「久しぶりだな司」
いや、ここでの問題はそこじゃないのだが。
「おいぃ? 今お前どっから出てきた? オレの目の錯覚で無ければおかしな所から出てきたような気がするんだがなぁ……」
怒りと妬ましさを押さえつつ司は言った。
「胸だ。おっぱいという呼称でもあるが」
「後者はワザと言いやがっただろお前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「なぜ泣いている」
「お前が出てきたからだッ!」
「おっぱいからか?」
「せめて胸からと言えぇぇぇぇぇ! いや服からと言えぇぇぇぇぇぇ!」
「なぜ服からと言う必要がある?」
「やっぱ、お前ワザと言ってるよなぁぁぁぁぁぁ!?」
「そ、そのシグも司さんもやめてください……周りの人が見てますから……は、恥ずかしい……」
心底わからないと言うようにシグの画面に?のマークが表示され、司は悶え苦しみ、百合はその一つと一人を顔を赤くしながら諫めていた。
「……ごめん。で、話を戻すが何をしてたんだ?」
司はすぐに取り乱すのをやめてゴホンと一回咳をする。
「本を買いに来たんですけど……その……売ってなかったので……ええと」
妙に百合の歯切れが悪かった。目も泳いでおり、足も何処か落ち着いていない。
「そのですね…………売ってなくて残念と思っていた所です」
「嘘つけ」
真意で無いのは百合を見てれば一目瞭然だった。
「ご、ごめんなさい……」
「いや、謝る必要は無いけども」
「百合は向かいの本屋が気になってるんだ。そこなら欲しい漫画が売っているかもしれないとな」
シグは数十メートル先にある本屋を指して言った。
「欲しい漫画?」
「だが、そこには行く事ができない。なので遠目に見ながら悩んでいたというワケだ」
「なんで行けないんだよ?」
「あそこは範囲外なんです。私が単独で行動できる距離を超えてまして……」
「え…………ああ、そういう事か」
百合を見ているとつい忘れてしまうが、この少女は人間では無い。ブレイブヴァインのAIであり、姿形は人間と全く一緒だが決定的に違う所のある――――――生命に触る事のできない少女なのだ。
(でも、それならもっと行きやすい本屋があると思うが……なんでここなんだろ?)
百合の活動範囲がここでギリギリというのなら、他に大きい本屋はいくつかある。
ここの本屋は平凡な本屋だ。マニアックな本があるワケでも、漫画に特化してるような店でもない。司の学校の通学路の途中にあるので、他よりやや学生の利用者が多いがそれだけだ。全く拘るような店ではない。
活動範囲ギリギリで行けないというなら諦めるのが普通のはずだが、百合にとってここでなければならない特別な理由でもあるのだろうか。
まあ、何処の本屋を利用しようと本人の自由ではあるのだが。
「じゃあタイトル教えてもらっていいか?」
「え?」
携帯を取り出しメモをしようとする司を見て百合はキョトンとした。
「漫画欲しいんだろ? 買ってくるから」
「そ、そんな! 恐縮すぎます!」
手と首をブンブンと降りながら百合は否定する。
「買って来てもらうだなんて、そんな厚かましい事……」
「こんなの厚かましい内に入らないよ。姉ちゃんなんかこの一万倍はオレに厚かましいから」
以前、唯は勝手に司の部屋に入って、隠していたエロ本やエロサイト全て見つけ出しそのまま爆笑しながら読みふけっていた事がある。それに比べれば(比べる必要は無いが)百合の言ってる厚かましさなど遙かに可愛いモノだった。
「わ、わかりました…………ありがとうございます。司さんには何とお礼を言うべきか……」
「礼は買って来た時でいいよ。ほら、タイトル言って」
「はい、えーとですね」
唯は欲しい漫画のタイトルを言い始めた。
「ベイビィLOと好きなんだダーリンと水玉ハニーガールとスキップターンとあなたに届けとぴよ恋と中学デビューと秘儀蝶々と彼氏彼女のような異常とストロボコージとヒロイン合格と嫌いって言えない。以上になります」
「…………かなり多いな」
予想以上の冊数だった。
「全て少女漫画だ。頑張って買って来るがいい」
「あ、お金はこれで」
百合はポケットから財布を取り出し、その中から万札を数枚司に手渡した。
普段、司は万札が必要な程本を買わないので、顔には出さなかったがその金額に少々驚く。
「ではすいません。よろしくお願いします」
「あいよ。じゃあちょっとここで待ってて」
お金を受け取ると、すぐに司は向かいの本屋へと走っていく。
振り返ると百合が笑顔で司に手を振っていた。怪しげであれ、その姿は再びドキリと司の心臓を波打たせる。
「AI…………か」
百合に手を振り返すと、司は昨日帰りに唯と話した内容を思い出しながら本屋の中へ入って行った。
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