ジュウェリビリー作戦8
この日は1938年6月4日で、昨年ドゥーマール軍によるギルレイト侵攻ならびに西部戦線が開かれた日である。偶然ではない。ムンタギューが意図して設定した日なのである。同じ日に作戦を展開することで付加価値をつけようというのであるが、ドゥーマール側からしてみれば、この日に特に意味はなく、むしろ大陸から連合軍を追い出した戦勝日こそ価値のあるもので、ムンタギューの考えは彼の主観に過ぎたというべきだろう。
小隊員達は現在船底部分にて待機している。その装備は二日分の食料を含む基本装備と一つの魔力擲弾。これは高密度のエーテルを内部に充満させているもので、科学から言うならば手榴弾のようなものである。そして主武装はウィンスタントM1928小銃であった。この小銃は魔力エネルギーを還元して弾丸とするものではなく、魔力の力で動作が行われる種のものである、オスタニアの一般的な小銃であった。
科学陣営の者からすれば魔法は万能の存在としてみられるかもしれないが、それはいささかの誇張がある。魔法から見た科学も同様だが、実際魔法と科学はきちんとした法則が存在し、フィクションのような万能の存在ではない。魔法にも種類があるが、そのほとんどに共通するものは、あるものの性能を引き出し、魔力の力で強化するというものである。それらは基礎元素である火水風地などの四代元素、森羅万象、鉄などの資材や武器、あるいは肉体といったものまで多岐にわたる。この肉体は筋力や瞬発力の向上も含まれ、魔法陣営側に女性兵士が多く存在しえるのは、ひとえにこのおかげで、男性と同等の力を有することが出来る。
だが、全ての魔法使いがこれらすべてを扱えるわけではなく、また伝説のような強力な魔法を使えるわけではない。まず魔法を使うには魔法媒体が必要で、杖や魔道書、あるいは剣や肉体といったものも含まれる。高精度の魔法媒体は魔法の発動や威力に貢献するが、本人のキャパシティより上のものは暴走の危険があるし、また魔法媒体によって得意な魔法も変わる。
次に工程というものがあり、最初は理解から始まる。この理解には無論そのものの性質についての理解も含まれるが、その者にその魔法が合うか、また、より根源的なものに対する言うならば感じる、といったことも含まれる。ほとんどのものはここで断念されてしまう。勿論、簡単な魔法はハードルが低くなる。強力なものは複雑で難解となる。数学と共通したところがあるだろう。
それらを乗り越えても次に実践の問題がある。理論がしばしば現実に阻まれるのと同等で、理解が正しくても諸々の理由で発動出来ない、ないし能力が下がることもある。これには個人の力量や魔力保有量、自然法則などが関係してくる。
最近では技術や理論の進歩により、平均的な魔法使いでも、優秀な魔法媒体で高水準の魔法を効率的に使うことが出来る。一部の評論家からしてみれば、銃によって個人の能力差はなくなったが、剣の時代のように強力な円卓の騎士のような存在が消えうせている、ということになるが。事実、現在は歴史や伝説上のような強力な魔法使いは稀有である。
…とにかくこの装備ウィンスタントM1928は時代を象徴するものであろう。高魔法使い(ハイ・ウィザード)でもなければその装備は自然と銃というスタンダードなものになる。下級魔法兵にはうってつけのものだが、もちろんその分使える魔法も限られてくる。せいぜい下級防御の魔法と、銃弾への威力強化ぐらいだろう。得意なものは火の魔法も使えるかもしれない。そもそも銃というもの自体、本来は魔法との相性が悪いのであるが、時代の流れだろう。
「銃かよ。」
そう呟いたのはイーシャ=ミョールであった。イーシャのようなドワーフや、ガルシアのような巨人族は白兵戦魔法を得意とするから、この不平は当然のものといえよう。
装備を一通りチェックし、不具合がないことを確認されると、彼らは強襲小型偵察艦に、分隊毎に乗り込んだ。聞こえはいいが、前大戦の使いまわしであった。後方作戦担当のリンドバーグが手配したものだろう。そして彼は後方であるから、作戦には参加しない。
「いいか、けして油断するなよ。この作戦にオスタニアの希望がかかっているのだ。」
ムンタギューの頭ごなしの偉そうな言葉はいつまでたっても耐性がつかないことを皆が確認した。船底の一部が開いた時、八隻の小型艇が陸を目指して発艦した。
八隻の小型艇は波しぶきをあげて砂浜へと向かっている。この偵察艇は無論手漕ぎではなく、魔導エンジンで動いている。機動力による速力はてこぎのそれと比較しようもないが、エンジン音は出てしまう。偵察という以上、音は低い方だが、それでも乗っている側の事情からすれば懸念の材料になるのは当然である。この音が敵に気取られれば奇襲の効果が薄れる、というより上陸した瞬間全滅さえありえる。ムンタギューはこのことを考慮しているのか?ウェリオンにはそう思えなかった。あれだけ穴のある作戦発案者だ。もうひとつ空いていてもおかしくはない。
「陸地が近づいている。速度を落とせ。」
その指示で全艦艇が出力を下げた。目視で砂浜を一望できるほどの距離である。見たところ、人一人、動物さえ見当たらない。
「よし、上陸だ。」
上陸。八隻の船はやや座礁する形で砂浜に乗り上げた。続いて生命体がその地に降り立つ。その計画を建てたもの達は作戦の順調な滑り出しに喜んだ。上手くいった。当然だ。それ以外の者は不安になった。上手くいきすぎではないか。
「よし、総員注目!これよりジュウェリビリー作戦を開始する。全員小官の命令に忠実に従うように。」
「それで隊長、どうするのですか。」
間髪いれずにローベが質問を入れて、ムンタギューは不愉快そうにしかめた。ストーカーが何か言おうとしたが、彼は数回ローベに論破されたのを思い出したのか、口をつぐんだ。
「地図を開け」
ムンタギューはそう命じた。隊員達はあらかじめ支給されたピュデスの地図を開いた。地図と言っても大雑把なもので、МIによれば観光協会の地図の横流しとの評だった。さすがにそれはないとは思うが…。
「まずは各拠点を叩き、制圧を行う。俺とラッドとストーカーが主力となる。お前達はそれをサポートしろ。」
「それでは小隊を分けた意味が…。散兵した方が良いのでは?」
「貴官は戦術のなんたるかを理解していないようだ、ローベ准尉。古来タリマーロより密集陣形こそが精鋭部隊を中陣とした戦の要となっていただろうが。それに数では向こうの方がはるかに上である以上、数をわけていけば、むしろ各個撃破の危険性すら生む。ここは全兵力を持って敵の中枢を抑えることこそ重要である。さすれば分断された敵軍ことごとく混乱し、子蜘蛛のように散り散りになり、撃滅せしめること疑いがないではないか。」
客観的視点から見れば、どちらが良いかは一概には言えない。だが、主観的に見れば、意見は二つに分かれる。ローベ派、反ムンタギュー派からすれば、前者の方に賛意が向かい、中立派、ムンタギュー派らからすれば後者の方が支持の対象となった。さらに言えば、ローベは一介の分隊長に過ぎないが、ムンタギューは指揮官であり、権力という点から言えば後者を支持する者が多いのは当然のことだった。ムンタギューは勝手に歩みを進め、彼らの分隊員達は大人しくついていき、ウェリオンらの分隊員の半数も遅れてついていった。
「どうする、ローベ。」
「とりあえずついて行って、様子を見よう。ここにいても仕方ない。」
残る半数を引き連れて、ついて行こうとした時、「待て」と小さな、しかし意志の強く、高圧的な声がかけられた。第二小隊の副隊長、アーサーの声だ。
「奴らに付いていく必要はない。ここで待機し、船艇の見張りをした方が賢明だ。」
残った者達は新たなる問題に再び困惑の視線を交わすことになった。彼らの意思は決まってはいたが、口にするのは憚られた。沈黙を破ったのはクラウジックである。
「テメーの命令に従えるかよ。」
「なに?」
「俺はな、ムンタギューも嫌いだが、テメーも嫌いだ。奴に従うのは癪だが、まぁトップに従うのが軍人の務めと考えれば腹もあまりたたねー。ローベもああ言ってることだしな。」
マルソーが今度は続けた。
「そうだぜ。やりてーならテメーがやればいいだろうが。いつも見下した目しやがって。大方ムンタギューへの対抗心からなんだろ。」
「…」
「行こうぜ。」
それは皆の総意だった。程度はあるにしても、ムンタギューとは異なった意味でアーサーは嫌われていたのだった。彼が腹だたしそうに足元を見ているのを尻目に、隊員達は彼の横を通りぬけていく。ウェリオンは彼に同情しない。アーサーの態度が招いた事態であるから、ある意味自業自得ではないか。
後ろでアーサーが自分の分隊に、先ほどのオーダーを命令する言葉が聞こえた、彼の行為をウェリオンは見苦しいと思った。
ピュデスの村は休暇地として名を知られていながら、自然が未だ多く残る地である。開拓、整備されていない森や道もまだ多く存在しており、それに比例して人口も建物も少なかった。これらの条件は作戦の推移に多分に関わってくることとなる。
小隊は物陰に隠れつつ進軍を続けた。進軍とはそれ自体が目的の達成のための行動で、手段なのだが、この時の彼らは進軍をこそ目的としていたところにこの作戦の稚拙さが見出せたであろう。あるいは、目的と言えるならば、一応は存在していた。ムンタギューらは手柄を得るために、反ムンタギュー派はそれを肌で感じて阻止するために焦りを見せて猪突の格好を見せたため、その陣形は無秩序の様相を見せた。ローベやフラン、またアーサーはそのたびに制したが、大きな効果をあげられなかった。
「これはまずいぞ…。」
それでも「敵」に見つからずに村の外縁部にまで達せられたのは地形と運に助けられた格好となった。ただ、敵に見つからないこと、敵を見つけられないことは、隊員達の心情に大いに関わってくることとなった。緊張、慎重が油断や慢心といった作戦行動に致命的な心情に。
まるで道路を横切る鹿のように、彼らが次の茂みに移ろうとした時、突如、視界に人影が移った。心臓が飛び出るような感覚を、全員が感じた。
この時、誰も発砲をしなかったのは奇跡であったし、幸いであったかもしれない。その人影は、犬を連れた村の老人であったのだから…。もっとも反射的に銃を構えることすら出来なかったのは不甲斐なさすぎた。
しかしウェリオンらには新しい問題が発生した。この老人がはたして敵となるか、味方となるかである。老人が自分達のことをドゥーマール軍に話せば、情報の受けたドゥーマール軍は嬉々として撃破にとりかかり、小隊はひとたまりもないだろう。一方で、老人が協力してくれるのならば、作戦はある程度楽になるのではないか。そういった打算が分隊長らにはつきまとっていたが、容易に判断はつかなかった。民間人を巻き込んでいいのか、という良心から、疑念の感情、また一方への確信など相反する要因が多々あったからである。
老人はやや驚いた顔をしていたが、銃を持った彼らを見て叫ぶことをしなかったのはやはり幸運であった。さらに老人は、私服姿のこの青年達をドゥーマール軍と勘違いしたらしい。少し会釈して、「いつも、ごくろうさん。」と労いの言葉までかけてきたのである。
だがストーカーはいきなり銃を老人に向け、怒鳴りつけた。
「なに見てるんだ、さっさと向こうに行きやがれ!」
老人はいきなりの狼藉に驚き、犬を引き連れて、もと来た道を慌てて逃げ帰った。その背中に未だ銃口を向け、さらには引き金に力をいれかけるのを見て、アーサーがストーカーに飛びかかった。ストーカーの方が明らかに体格、というより恰幅が良かったが、なにしろ鍛え方が違う、アーサーは効率よく、ストーカーを地面に組みふせることに成功し、銃は乱雑に遠くへ転がった。
「なにしやがる!」
「それはこっちの台詞だ。貴様、今本当に撃とうとしたな!」
アーサーは拳を振り上げて、ストーカーの顔面を殴りつけようとしたが。その前にローベがアーサーの拳を止めた。
「やめろ!」
「離せ!こいつは一発殴らなきゃすまない!」
「君の拳を傷つける必要もない!ばかばかしいだけだ!」
ローベの瞳を見て、アーサーは拳を引いた。その目になにか感じるものがあったのだろう。次いでストーカーを解放し、誰もいない方を向いた。ウェリオンらはアーサーに対する評価を少し改める必要があると感じた。それだけの衝撃があったのだ。
「高慢な奴だと思ってたが、熱いところがあるんだな…。」
一方でストーカーは反省の色すら見せず、感謝の言葉も言わなかった。不満気に文句を呟いたのである。
「本当に撃つわけねーだろうが…舐めやがって…絶対殺してやるからな…。」
ウェリオンには聞こえていたが、彼は本気にしなかった。ストーカーにそんな度胸はない。彼が相手にするのは弱者だけだ。それは今証明された。
「ま、まずいんじゃあないか。あの爺さんが通報でもしたら…。」
そう呻いたのはラッドだった。隊員達は血の気が引くのを感じた。特にストーカーはその原因が自分にあるにもかかわらず、顔を赤くして逆上の気配を見せた。それを意外にも制したのはムンタギューである。
「放っておけ!その前に制圧してしまえばいいだろう!さっさと来い!」
ムンタギューは林の茂みの中に飛び込んだ。ストーカーやラッド達も続き、隊員達も続いた。ウェリオン達も走りだす。ムンタギューらに賛同したというよりは、彼らの狼藉を見逃さないため、あるいは彼らにだけ功を貪らせないためであった。
あまりにも無理で、無軌道な進軍により、地理に不慣れな隊員達は離ればなれとなり、村がもう眼前に広がって時にはその数は半減していた。もう村へはあと一歩だった。いよいよ作戦が始まるのか。しかしこの時、彼らはどのような行動を起こすことになるのか正確には分かっていなかったのである。
「…!…!」
突如、彼らの耳に聞きなれない言語が飛び込んできた。ドゥーマール語である。彼らは緊張の度合いが更に上がるのを感じた。眼前にドゥーマールの軍服を着た男二人が、銃を背負いながら歩いているのである。向こうからは草影で見えはしないが、それでも体が震えるのを止めることは出来なかった。
「なにか今、物音がしなかったか。」
「気のせいだろ。しかしそれにしても面倒だ。なんでこんなところまで来て警備なんて…。」
「仕方ないさ。党のお偉いさんなんだろ?」
ため息と苦笑をまじえた談笑が彼らの間で交わされていたが、ウェリオンらからすれば笑えない状況である。どう対処するか迷った挙げ句、ウェリオンはもっとも短絡的な方法に出た。銃口を茂みから伸ばし、ドゥーマール軍人の無防備な背中を狙い撃とうとしたのである。彼らには恨みがあるから、ウェリオンはこの行為にはなんら羞恥心を見せなかった。これが成功すれば、彼はある意味栄誉を担えたかもしれない。しかし、アーサーが銃身をつかんで止めたのである。
「よせ。」
「離せよ。奴らを撃って何が悪いっていうんだ。奴らは侵略者で敵だぞ。」
「今ここで奴らを撃ってなにになる。無意味なだけだぞ。短絡的な行動で作戦を台無しにする気か?」
アーサーの言うところは正しいと理性では理解するが、感情が邪魔するウェリオンであった。先ほどの行動があるとはいえ、未だにアーサーに対する嫌悪感は拭えていないのである。
「やめて、リオン。」
エリザにそう言われてウェリオンは我に返った。彼は驚いたようにエリザを見つめた。彼女のルビーの瞳に、静かな炎が宿っている。危ないところだった。我を失って、皆を危険にさらすところだった。そして殺人さえも!
殺人、その言葉はウェリオンを恐怖に苛ませた。殺人だって?俺は殺人をするつもりはなかった。だが、軍人として、作戦を遂行するとして、戦争をするとして、殺人は避けえないことである。そのことを知ってはいたが、理解はしていなかった。そして疑問にも思っていなかったのだ。それだけの価値がこの作戦にあるのか、そしてそれを皆は理解しているのか。
この考えはむしろトリスタン=ローベこそが悩まされていた議題である。ローベの悩みをこの時、ウェリオンはようやく一端を理解したのである。しかし悩んでいる暇などなくなった。ウェリオンの視界が、ムンタギューらが奇妙な動きをしているのを捉えたのである。それは、先ほどのウェリオンの行動と同じだった。ただ違うのは、止める者が横にいないことであった。
訓練所で何度も聞きなれた音が、ウェリオンらの鼓膜を揺すった。ムンタギューらの銃から放たれた弾丸が、ドゥーマール兵の一人を血に染め上げたのである。
「やったぞ!どうだ!」
「当たった。よっしゃあ!」
歓喜の声をあげるムンタギューらと正反対に、残ったドゥーマール兵は唖然としている。ようやく事態が飲み込めた時、背中の銃を構えようとしたが、その前に数発の弾丸が彼の額と腹部に命中した。
「どうだ。恐れ入ったか、蛮族め!」
叫んだムンタギューらは銃を構えたまま倒れたドゥーマール兵に近づいていく。
「こいつ、まだ生きてやがるぞ。」
ストーカーはそう言うと、痙攣している兵士を銃身でつっついた。その目は嗜虐的な感情を宿していた。兵士はなにか呟きつつも、遠くに投げだされた銃に這いよっていった。ムンタギューらはそれをまるで瀕死の虫をみつめるように、楽しんでいるかのように顔を歪ませた。兵士がようやく銃にたどりついた瞬間、引き金を引いて、息の根を止めた。
「残念でした。」
この残虐な行為に、フランは目を背けていたが、ローベはそうはいかなかった。地についた根のような足をなんとか動かし、詰め寄ったのである。
「お前ら、なんてことを!」
剣幕に押されつつも、ムンタギューは冷然と言い放つ。
「敵に同情しているのか、准尉。」
「そうじゃない。もう抵抗の出来ない相手をあそこまでする必要があったのかと聞いているんだ。残酷な行為だぞ。」
「残酷?違うな。貴官はドゥーマールのしたことを忘れたのか。悪逆非道なるドゥーマールに対する、これは制裁なのである。」
「それが悪行の理由になるか!この男はもう抵抗出来ない瀕死の状態だったんだぞ!」
「やれやれ。貴官は街中で平和を叫ぶ愚かな平和主義者や人道主義者と同類の生き物らしいな。戦争にそのような感情は不要と考えるが、もしかすると貴官は人を殺せないとでも言うのかな、次は。」
ローベが答えに窮するのを見ると、ムンタギューの嘲弄は過激さを増した。
「これは笑い草だな。そんな者が軍人になるとは。部下も上官もさぞ苦労するぞ。貴官のような臆病者は隠れながら足を引っ張らないようにしたまえ。これ以上の邪魔立ては利敵行為とみなすぞ。」
ローベは何か言おうとしたが、しかし言うことは出来なかった。その前に、ドゥーマール兵が四、五人走ってきたのである。
「銃声がしたが、なにかあったのか?」
ドゥーマール兵は自問自答の形で理解した。彼らは全てを理解したわけではないが、何があったかは目の前の青年達と、持つ銃と、足元の死体で推測できた。
話し合いは出来そうになかった。ムンタギューらが即座に銃口を向けたのである。反射的に兵士らも構えたが、双方の発砲の前に、横からマルソーとクラウジックが発砲した。彼らとしてはムンタギューというより、ローベを助ける目的だったのだろうが、同時に、こちらの伏兵をばらす結果にもなった。二人が倒れたが、残る三名が物陰に潜む隊員達へ発砲を開始した。
乱戦だった。隊員達は驚き、無秩序に発砲を開始した。
「ローベ!早く逃げろ!」
クラウジックが叫ぶ。しかし同時に弾丸が一発、ローベの肩をかすめて、少量の血を撒き散らした。しかし、ローベの出血などとるにたらないものだった。それ以上の混乱がもたらされていたのだから。結果的に三名のドゥーマール兵は倒されたが、こちらも数名のけが人を出すこととなった。
「行くぞ、お前達!」
ムンタギューが茫然自失となった自分の分隊に命じた。正常な判断力を有していれば彼らは躊躇っただろうが、混乱した頭では、まるで親についていくアヒルの子どものようにふるまわざるを得なかった。ムンタギューらと、十数名の隊員は村へと姿を消した。
「大丈夫か、ローベ。」
ウェリオンは慌てて駆け寄った。次いでフランもローベの下へ走り寄った。彼の肩はやはりかすり傷程度で、初級の治癒魔法でもなんとかなりそうだった。ただ、治癒魔法は負傷者自身の生命力を使うため、後々の身体への悪影響を出しやすい。そのため治癒魔法の使用は控えて、フランが包帯で簡素な応急手当をした。他の負傷者はそうはいかず、隊の唯一の衛生兵である男に見ていてもらっているようだったが、死者が出なかったのは幸いだった。
「彼らを追わなければ…。」
ローベの第一声にはさすがにウェリオンもあきれ果てた。
「お人よしが過ぎるぞ。あんな奴らのことは放っておけ。それよりどうする…。」
ローベは力強く繰り返した。
「彼らを追うんだ。ムンタギューはともかく、その隊員達に罪はない。早く連れ戻さないと大変なことになる。」
その意思の強さに負けて、ウェリオンは曲げざるを得なかった。ローベも連れ戻すのに参加すると言ったが、これも認めざるを得なかった。
「けが人は後退させるべきだ。」
アーサーの意見にローベは賛同した。ローベとアーサー、フランの部隊から数人、けが人を引き連れて海岸へ戻らせることにした。そして残った人員で救出隊が組まれたのである。ウェリオン分隊もさすがにこの時は協力の意思を見せた。
暖かな風が、背筋を冷ややかすのをウェリオンは肌で感じた。それは、順風であったはずの作戦が雲行きが怪しくなったのを暗示しているかのように思われた…。
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