ジュウェリビリー作戦4
ウェリオンら「ジュウェリビリー作戦」へ参加するメンバーはその後、オスタニアの山間地帯で訓練に従事することになった。逃亡を図る者も少なくないはずだったが、車も電話もない僻地であり、また多くが外国籍の兵士で占められていたため辺境の周辺地理に詳しい者などいるはずもなく、断念せざるを得なかった。
教官はリンドバーグ大尉が務めたが、徹底されるかと思われた内容は基礎的な訓練に留まった。しかしその基礎訓練は基礎と呼ぶには厳しさを極め、あろうことか最初主導権を握ろうとしたムンタギューら三人は脱落や弱音の意思すら吐きかけていた。
一週間後、突如部隊の編成が発表された。集められた人員は48名であったが、これを二つに分け二小隊を編成し、それを更に4つに分けた分隊が編成された。その分隊指揮官にウェリオン=ルーファス、フランシーヌ=ド=グルナー、トリスタン=ローベらの名が連ねられていたのである。これについて問いつめた結果、ムンタギューはあっさりと白状した。
「いくら小隊長が優秀でも、30人もの人材を運用することは出来ない。その下に中間で指揮する者が必要なのだ。そして私がその者達を指揮する。それが軍隊である。」
…言い方はともかくも理にかなっている、そうローベは説明し、フランやウェリオンをなだめた。将軍がいちいち一兵を指揮していたのでは軍隊は混乱を生じる。それが一小隊規模に縮まっただけで、鉄則は変わりはしないのだ。そのはずなのだが、なぜかムンタギューらが隊長や副隊長にも関わらず分隊長を兼任するのには少し疑念を招いた。この件に関しては人材が薄いためだと述べたが、不信を拭うことは出来なかった。
そしてどうやら、ウェリオン達士官候補生が選ばれた理由も判然としてきた。熟練兵の下士官ならともかく、この場にいるのは新兵のみである。ならば同じ新兵でも隊長にするならば等兵より候補生の方がマシだということだろう。さらにローベは戦歴や年齢にも言及した。おそらくムンタギューらはその年季が浅い。熟練兵たる下士官相手には意見の具申や、軽視されるのを恐れたのだろう。あるいは兵士達の忠誠心が新人ではなく、歴戦の勇者達に向けられる可能性も。その分新人相手ならばその心配なく、命令に従順だろうと考えたのだろう、と。
一方でクラウジックは分隊長に選ばれなかった。かつて「伍長」と呼ばれたこの男は渾名通りの役職に対して落第点を与えられたのである。なっても嬉しくはないと思うのだが、クラウジックは怒り狂って暴言を吐いたが、ムンタギューの理屈に丸めこまれ、あわや乱闘騒ぎになるところをローベやフランに止められた。
クラウジックの所属する分隊長にはかつてガリスパレス士官学校に通っていたマルソーという男がなった。ウェリオンからしてみればクラウジックとあまり変わらないように思えた。マルソーはかつてはリーレギオンとガリスパレスという別々の士官学校という関係から反目しあっていたが、しばらくして仲がよくなった。丸刈りで、軍人というより野球部員のような容姿を持つこの男は、クラウジックとは別の意味で馬鹿だった。成績はとかくとして性格や行動がである。一年近くの付き合いを経て、ウェリオンは優秀な学校でも一握りはこのような人物がいるものだとつくづく実感したものである。
「なんでテメーが隊長になれて、俺が下っ端なんだ!」
「そりゃオメー、人徳と能力の差よ。」
そう言いあうマルソーとクラウジックを見るとそう思わざるを得ないのだが。
分隊の組織の編成はムンタギューに向けられる反感がウェリオンらにも向く結果を招いた。当然である。つい一週間前まで同格の立場で、年齢も同じような者が自分達の上官となり、命令してくるのだから。そのような状況下でムンタギューはこれからはチーム間の連携を深めるため、分隊毎で訓練をするように指示した。
意外にもこの命令は、諸数の問題を解決することに成功した。ローベやフランが熱心に訓練をして隊員達の信頼を勝ち取ったのに対し、ムンタギューらは分隊毎の訓練と言う名目を良いことに、隊員達に訓練を丸投げして、自分達は悠々自適に木陰で談笑を楽しんでいたのである。
「ムンタギューはリンドバーグ大尉の訓練が嫌で、このような処置をとったんじゃないか。」
という噂まで流れた。人間、自分が頑張っている時に、すべき立場の者がさぼっていれば良い気はしない。反感のベクトルは見事ムンタギューらに向けることに成功したのだ。
一方で、オスタニア士官の中で一人、孤高を保っていたあのアーサーという士官は熱心に訓練を指示した。ただ、高圧的で厳しかったので、こちらも反感は少なくなかった。
ウェリオンの場合、彼に問題があったとは一概に言えなかった。彼の隊員達はどれも色物揃いであり、癖の強い人物たちなのであった。
「なんでアタシがテメーみたいな青二才の指示に従わねーといけねーんだ?」
開口一番、乱暴な口調でウェリオンを罵ったのはあのドワーフの少女であった。イーシャ=ミョールというこの少女は茶色の髪をツインテールでまとめ、身長は130から140程度の小柄な体だった。ドワーフとしては普通なのだろうが、童顔で可愛らしいのに目つきの悪い目、そして小柄な体には似つかわしくない豊満な胸がギャップを感じさせる。
(相変わらず小さいな…いや、大きいか…。)
そう不埒なことを考えてしまうウェリオンだが、
「なにジロジロ見てんだよ。キメーな。言っておくがな、アタシはお前のようなお坊ちゃんに従う気はないからな。」
そう罵られれば可愛さ余って憎さ百倍である。彼女の言い分では、自分はギルレイトが侵攻された時から戦っている。ギルレイト兵をギルレイト戦線からずっと引き連れて、亡命するまで闘った、ガリアンデュアのジロー将軍のような人物ならともかくなんでこんな新兵に従うのか、ということらしいが、そんなことを言われても困る。そしてエルフなんかと一緒には戦えるか、とも言いのけた。
そのエルフとは例のダークエルフの女性であった。イーシャとは対照的に長身で、スレンダーな体系をしており、まるでモデルのような美人だった。美しい青空の色の瞳だが、その鋭さはまるで鷹のようだという印象を抱いた。名前はアタランテというらしい。これが姓なのか名なのかは分からない。顔を合わせた後、さっさとどこかへ行ってしまったのだ。
悩ましいことに問題児はもう一人いた。集められた時、アタランテと同列に一人座っていた巨人、ないしは鬼族の黒い巨漢である。巨人族はガリアンデュア南西部に住む遊牧民族である。他種族との混血の結果、古代より身長は縮んだが、それでも2m50cmは優に超える人々が多い。性格は粗野で豪放…らしい。あまり人々と関わらないので詳細は不明である。3mに届こうかと言うこの男は「ゴライアス=ガルシア」と自身の名前だけ言って、ただ一人筋トレに励むのだった。
ウェリオンは仕方なしに残りのメンバーと訓練を行った。ガリアンデュア時代から共にいる有角の少女と、やけに挙動不審な暗い二人組の内の片割れとだったが。ただ、先の三名はムンタギューらと異なり、合同訓練こそ拒否すれど、普通の射撃訓練や魔法訓練などには真面目に取り組んでいるのだった。
フランやローベも分隊をまとめるのには成功し、ムンタギューらの取り残された分隊隊員達も合同で訓練させようとしたが、ストーカーが
「勝手なことをするな!隊長は我々だ。」
などと隊長の仕事もしないくせに、隊長面をして妨害した。リンドバーグは自主訓練へと移ってからは教官としての仕事をせず、一線を引いた態度をとり続けた。食事の時もムンタギューらは豪勢な食事を取り寄せて食べていたが、リンドバーグの方は一人、食事の時は食堂にも顔を見せず、普段も小屋にいるか、でなければ訓練を視るだけで何も言わなかった。そして時々何処かへ車で下山と登山を繰り返した。
こうして約三週間「訓練」にウェリオンらは従事した。見かけだけは精神と肉体は精強になった。しかしそれが急造の風船のようなものだ、とローベは不安視した。ウェリオンはそのようには思っておらず、むしろ楽観的ですらあったが、これは彼が未だ士官としての能力に不足が見えたからかもしれない。あるいは彼自身も半ば風船だったのである。表面上はどうにせよ、内心ではドゥーマール軍への復讐を果たせると思えると高揚していたのだ。彼自身は特に直接的にドゥーマール軍に傷つけられたわけではないが、国や故郷を追われるというのは耐えがたき負の感情を生み出すのである。ローベに置いてすらその片鱗が見えるので、仕方ないことではあった。だが、この負の感情は危険をも孕んでいた。
1939年五月下旬、ジュウェリビリー作戦に従事する48名の「精鋭」とリンドバーグを含む後方員達はオスタニアの某港を発着した。一路目指すはガリアンデュア。使用する船には民間船で客船と商船を兼ねたものが用意された―これは国際法違反である。
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