ジュウェリビリー作戦2

 ガリアンデュアから脱し、オスタニアへと渡った「亡命者」達はその後、それぞれの役職に基づいた任にあたることとなった。例えば軍人で、将は将として、兵は兵として。国がドゥーマールに侵略され亡国となっても、その亡命政権と要人は多数オスタニアに逃げ込んでおり、兵士はその下で軍務に服することになった。一般市民達の方は一応の居住区を与えられ、職も与えられた。その職のほとんどは軍用品の製作などの軍務関係で、中には一般兵として志願する者もいる。


 一方で学生は学生として教育を受ける義務を負っている。少年達の中には兵に志願したがるものもいたが、戦時であるからといって教育を疎かには出来ない。戦争が終わった時、無学者の兵はただの飯ぐらいであり、一兵以外の何にもならず、そのような者が多数現れては社会を成り立たせる人的資源の枯渇にもなるし、教養のない以上、彼も社会のなかでまともな職には就けず、貧困の中で生きることになる。ひいては治安の悪化にもつながるだろう。なにもそれは予測ではなく、事実、前例として前大戦の負の遺産がいまなおオスタニアには残っていたのである。それに人生の大事な時に鉄と血しか知らないのはいくらなんでも不幸ではないか。


 そのような政府の方針がある以上、少年達の足は自然、士官学校に向いたが、それこそ教育を必要とするものであったので、彼らは熱心に励んだ。


 その士官学校生の方はというと、そもそも義務教育を受けており、一定の水準の教養はあるので、一応は何個かの必須科目を受ける上で、軍属の身としてその鍛錬に励んだ。士官学校生達は学校単位ではなく国単位に分けられて、オスタニアの閉鎖された校舎などを借りて士官教育を受けた。ガリアンデュアの場合、リーレギオン士官学校やガリスパレス士官学校など他数校が統合され、一つの士官学校として扱われている。最初は生徒達を中心にこれに抵抗を覚えるものもいたが、共に祖国を取り戻すという目的と、共通の敵を見出したことで、統合前は仲の悪かった生徒達の関係は良好となった。



 意外なことに、見栄や箔のために入学した者が多いはずのガリアンデュアの士官学校からの離脱者は、戦争が始まったにも関わらず少なかった。ひとつに、士官学校からの退学にいままでのタダだった授業金の返還の他に、退学後の兵役や軍需工場への出向が定められ、ペナルティを以て「敵前逃亡」を防ぐということがあったからである。これには反対の声があがり、そもそも戦意のないものを士官にしても被害を大きくするだけだ、戦線に出る前に抜けさせた方がいい、という意見もあったが、ペネルティによる効果は薄かったと見られている。それよりもむしろ、ここで抜けることに対する羞恥心、見栄、あるいは愛国心が震え立った結果であろうと見られている。



 ウェリオン達も祖国…というより、彼らの故郷とその家族を取り戻すために軍籍の残留を選んだ。ウェリオンらは、軍の助けで亡命出来たが、彼らの家族はガリアンデュアに残ったままなのである。あるいはこれこそが離脱者の少ない理由かもしれない。ほとんどの者は別れも言えずに家族と別離することになった。帰る家も今はその仮の宿舎のみである。ここを抜ければ自分には住む家も、縁者もおらず異国で孤独になる。その不安がその身を引き留めさせたのかもしれない。



 そんな彼らでも家族の話は互いにしなかった。一度芽に出せばどのようなことになるか想像もつかなかったのである。



 リーレギオンで一年2カ月、オスタニアで9カ月修練を積んだ彼らに声がかかったのは5月の初旬であった。突如オスタニアの統合作戦本部に出頭を命じられたのである。彼らはまだ4年の修学を終えてないから、階級がなく、任官も昇進もまずない。では何用か、奇妙に思いながらも彼らはそれに従った。


 「一体何なんだ。」


 ふつうは心の中で済ませることを言ってしまうのがクラウジックである。が、尤もな疑問であった。自分達は一士官候補生に過ぎない。ローベやフランだけならば成績優秀生ということで、それに関連した「何か」だとも考えられるが、クラウジックがいるとなるとそれはありえない。逆になにか悪いことだとして、フランやローベがいるのは腑に落ちない。



 出頭した先の統合作戦本部のフロントの受付嬢の指示に従い、エレベーターで八階へと上がり、標識の通り進むと、第四作戦会議室と書かれたプレートが掲げられた扉があり、代表してローベがノックをした。


 「すみません。ガリアンデュア士官学校の者です。命令に応じ出頭しました。」


 しかし返事はない。再び繰り返したが、同じだった。三回目でようやく扉が乱暴に開き、小さな女性が現れた。


 「うるせーよ。」

 その乱雑な言い草に皆虚をつかれた。ブラウンの髪をした、この小さな女性―どうやらドワーフ族らしい―は舌打ちをした後、親指を部屋の中へさし、言った。


 「さっさと入れよ。」


 驚きつつも皆、彼女の指示に従い中に入った。中にはホワイトボードと机とイス、それに向かい合うように多数の机とパイプイスが並べてあった。小柄なブラウンの女性は、それ以上はなにも言わず、さっさと自分の席らしい場所へ座ってしまった。


 ウェリオン達にはもう一つ驚きがあった。中にいたのは机やイスの数に比例するほどの人がひしめき合っていたのである。男女や人種は様々だったが、若いということが共通した人々が30人以上はいたのだ。


 「これは一体…どういうことなんだ?」


 半ば独り言、半ば、小柄な少女へ話しかけるように言った。彼女は最初それを無視したが、視線を感じるとまた舌打ちをして吐き捨てるように言った。


 「知らねぇよ、私も。何の説明も無しに呼ばれたんだ。そのくせ待たせやがって。」


 そして足と腕を組んで鋭い…というより目つきの悪い目を閉じた。これ以上は話す気はないという意思の表れだろう。だが、どうやら話は見えてきた。この態度の悪い女性も、ここにいる大勢の若者達もウェリオンらと同じく何も知らされないまま、ここに呼ばれたのだろう。



 推測は正しいようだった。周りに話を聞いてみると、彼らも何も知らずに来たようなのだ。ただ一つ違うのは彼らは士官候補生ではなく、一般兵の志願者や徴兵されたものなのだと言う。


 一方でまったく話さない者達もいた。二人組の地味な男達はおびえた視線を向けながら、二人で何かを囁きあっていた。2mは優に超える巨躯を持った黒い肌の男、頭の方は禿げあがっているが、その左右から小さな棘が生えていた。どうやら鬼族ないしは巨人族であるらしい。そして褐色の肌とシルバーの髪を持ち、耳をとんがらせたダークエルフの女性、この二人は他の皆とは離れた一番後ろの左右両極の位置に座っており、腕を組んで瞑想しているかのように目をつぶっていた。近寄りがたい雰囲気を発しており、彼らもなれあいを望まないようだった。前者の二人は不安と緊張を露わにしていたが、後者はそれと無縁であるかのようだった。


 彼らがあらかたの情報を集め終わった直後、扉が開き、一個分隊に相当する人数が中に入ってきた。彼らもウェリオンらと同じ事情を持つ者であろうかと思ったが、すぐに違うと分かった。彼らはこのビルの職員と同じ服…オスタニア陸軍の軍服を着用していたのである。


 「全員揃っているな。」


 明らかに一番年長であろうかという小太りの中年の男がそう言った。肩の襟称から推測するに、階級はどうやら少佐らしい。どうもやる気のない声で覇気も威圧感もないので、集められた若者を抑えることは出来なかったようだ。


 「一体これはなんなのですか。」


 「早く説明してもらいたい。」


 「どういうことでありますか。」


 その種の言葉が飛び交った。それで少佐は面倒そうに薄い頭をかいた。それらを抑えたのは彼ではなかった。甲高い声が響き渡り、他の声を威圧し、けん制したのである。


 「諸君!静粛にしたまえ!」


 声の主は血色の悪い青年だった。目は細く、唇は奇妙に右だけ釣り上がっていた。年齢的にはウェリオンとはなんら変わらないようだった。声の主は満足そうに頷いた。どうやら自身の声が威圧感をもって黙らせたものだと思っているらしいが、そのキーキー声に皆が驚いただけである…。


 「諸君は選ばれたのである、偉大な作戦に従事する役割に!」


 男は大手を広げ、恍惚とした顔色でそう言い放った。その様子に半数は茫然ないしは不気味さを感じて黙りこくったが、なお半数が抗議の声をあげた。先ほどの少佐よりも年少で、階級が下と言うことで、ようするになめられたらしい。男もそれを感じ取ったのか不機嫌そうに叫んだ。


 「黙れ、黙れ、今説明をする!」


 皆は男の命令ではなく、説明をしてもらうということに服従したのだが、男は前者と判断して満足したらしく、不気味に笑って頷いた。


 「まず、小官はオスタニア国立士官学校首席卒業、オスタニア陸軍少尉、レンヤー=ムンタギューである。」


 男はいらぬ自己紹介を声高に叫んだ。それから目で、隣の太った青年に合図した。


 「おれ…いや、小官はオスタニア国立士官学校卒、ストーカー少尉である。ムンタギュー少尉に代わり、小官が説明を引き継ぐ。」


 どもりどもりのよく聞こえない声でストーカーは言った。手元をちらちらと見ているのは、どうやらカンニングペーパーでも持っているらしい。


 「諸君らは完璧にして崇高なる作戦の実行者に選ばれたのである!」


 ムンタギューと同じような説明をして後ろに下がった。お前は何がしたかったんだ、とウェリオンは言いかけた。続いてもう一人、細い、気の弱そうな男が自身も同じようなことを言った。他にもう一人同年代らしい青年士官がいたのだが、彼はなにも言わず、その三人を忌々しげに睨んでいるのが特徴的だった。


 彼らの説明は長々としていたが要領を得ず、ウェリオンの苛立ちを募らせた。そしてどうやらこの男達は気に食わないということが分かった。いったいこいつらはなんなんだ!なにがしたいんだ?



 「それで、肝心のことはなにも聞いてねーんだが?」


 あのドワーフの少女が苛立ち、ドスの利いた声で、彼らの声を代弁した。ムンタギューは冷笑気味に、これから説明する、しばらく待て、と言ったが、これが癪に障ったらしい。少女は立ちあがり、魔力を込めた拳で机を叩きつけ、ひびを入れたのである。


 「じゃあさっさと説明しやがれ!さっきからどうでもいいことばかり並べやがって!こっちは朝から待ってんだよ!」


 クラウジックはそれをやや面白げに眺めたが、ムンタギューはそうではない。一瞬ビビった顔を浮かべて、すぐに不愉快そうな顔になった。なにか口のなかでもごもごと呟いたが、それが風に乗ることはなく、黙りこくってしまった。ドワーフの少女はどうやら埒は開かないことに気付いたのか舌打ちをして座り込んだ。


 「俺から説明する…。」


 突如、部屋が凍りついたように感じた。それはまるで冬の、悪寒のする風を吹き付けられた、そんな声が響き渡ったのである。抑揚のない声、感情を排した、色々な表現でも、的確な答えはないように思えた。


 皆がそう感じたのか、部屋の空気が熱気から冷気へ、苛立ちから緊張へと移るのが分かった。それはオスタニア士官側も同じようで、驚いたように、全員が―それぞれ思うところは違うにしろ―声の主の方へ視線を向けた。沈黙が広がる中、しかし声の主は一切構わず話を続けた。


 「ここにいる者はある極秘の作戦に参加するために集められた。作戦名はジュウェリビリー…。内容は

ガリアンデュア領内への奇襲上陸作戦。」


 それは、二度目のブリザードを起こす内容だった。

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