その言葉一身に浴びたい

 相沢慎吾あいざわしんごは夕食を摂りながら目の前でデザートの盛り付けをしている家事ロボット、ハナコ360を見つめていた。

 今日は家族の帰りが遅く、しばらくは二人きり・・・厳密には一人と一台きりだ。

 時間はたっぷりある。今日こそ、をやるチャンスだ。


 ハナコ360は空前のロングセラーと言われる初の国産家庭用汎用ロボット。言葉の表現が豊かで抑揚がある。

 この家に来て4年、僕たち家族は親しみを込めて”ハナさん”と呼んでいる。


 僕はハナさんからもらったデザート、チーズケーキを頬張りながら、普段と変わらないように声をかけてみる。

「ねえ、ハナさん」

 ハナさんは一旦止まり、首を少しずつ動かして僕を見つめている。

 かなりロボット工学が発展したとはいえ、身体動作にはまだロボットらしさが残る。人間のように流れるような動きは、まだまだ難しいらしい。ただ、最近出た、まさに家が3軒建つような高級ロボットは、結構人に近い動きをするらしい。

 僕はまだそれを見たことがないけど。

「なんでしょうか、慎吾さん」

 ハナさんからは名前で呼ぶようお願い・・・命令している。始めは「坊ちゃん」とか呼ばれて違和感しか感じなかったからだ。どこにでもよくある3LDKのマンションで、坊ちゃんと呼ばれたい奴がいるだろうか?いや、いやしない。


「あのさ、ハナさんは誰かの悪口とか言ったりするの?」

 最近、学校で密かに流行っている事がある。人間のルールでガチガチに固められたロボットの限界はどこにあるのだろうか、と言うのがテーマだ。実際には専門家や研究者が調べつくしている事だが、そんな事は関係ない。

 そう、僕が所属する、"ロボットをとことん使い倒す会"だ。

「既にご存知かと思いますが・・・悪口、と言うのは相手に対し、精神的苦痛を与える言動と認識しています。よって私は人間に対して簡単に使う事を許されておりません」

 やはりそう来たか。

 ロボット三原則の第1条に抵触する事は、ハナさんの行動を抑制する。

「先ほどからの、慎吾さんの言葉の使い方、行動、7つの対人センサーに反応する若干の発汗作用から類推すると、また私に何かしようとされているのでしようか?」


 やっぱり鋭いな。ハナコシリーズがロングセラーになっている理由は、同じOSで稼働しているのに、個体それぞれに"個性"らしきものがある事だ。

 例えばとてもせっかちな人と一緒に住んでも、ハナさんに搭載されているハナコOSは必ず同じ行動をするわけではなかった。半年もすると、せっかちに合わせてスピーディに動く個体と、ほとんど何もしない個体が生まれるなど、多様な結果を生んでいた。

 しかし、他の画一的な動作しかしないロボットと違い、逆に人々はロボットの個性として評価した。一時期はその傾向をもてはやし、主人を占う”ハナコ占い”なんてものが出来たくらいだ。


 そしてそれを違う意味で楽しむ者もいる。

 それが僕だ。

「いやあ、うん、そうなるのかな」

 それを聞き返すハナさんの声は暗い。

「はあ、また今度は何を考えてらっしゃるのやら」

 ハナさんはため息まじりに話した。こう言う表現ができるあたりが売れてる理由なんだろうなぁとしみじみ感じる。

 前回はハナさんに好きだと告白し続けてみた。当然ながら聞き流されたのだが、あまりにもしつこくしてみたら、「わかりました、その言葉、お受けできるか検討します」と言われた。そして次の日に僕の部屋に泣きじゃくる母親とカウンセリングの先生が来た時は、やられたと思った。ただしハナさんは至って真面目だ。

 その次はただひたすら質問をしまくると言う事をやってみたが、ロボットはあまり苦痛ではないらしい。僕は13時間後に根負けしてしまった。


 次はそうはいかない。

「僕はハナさんに僕の事も色々知って欲しいんだ。だから、ね?」

 僕は両手を合わせてお願いした。

「・・・私に明確な拒否権はありませんから、お願いしなくても結構です」

 うちのハナさんは他のハナコに比べて少し柔軟性があるように見える。僕が思うに感覚的に"柔らかい"のだ。

 ハナさんが僕の正面に立ち、右手に皿、腰に左手を当てている。これは人の話を聞く姿勢なのか?腹立たしい、でも好ましいと思いつつ、指摘をするとこのチャンスがなくなりそうで黙っていた。

「で、なんでしょうか?お話頂けますか」

 さて、これからが本番だ。


「・・・僕をののしって欲しい」


 ハナさんはデザートの皿を片付けようとしていたが、その明らかに動作が止まった。その後ゆっくりと首が動いたが、処理しきれてないせいか、視線は真っ正面を向いたまま、人形のように動かなくなった。その姿は、ちょっとしたホラーだ。

「ど、ど、どういう事でしょうか。言葉通りの意味とは思えません」

 おお、困ってる。今回のリアクションは少し怖かったけど相変わらずロボットを困らせる優越感はクセになる。

「だから、僕に罵詈雑言を浴びせて欲しいんだ」

「現在、私の処理に20%ほどの遅延が見られます。これは慎吾さんの影響と判断します。今の指示を訂正していただけませんか?」

 胸に右手を当て、左手は天を仰いで、僕はすかさず言い放つ。

「訂正はしない。そして気に病むこともないよ、実は・・・家族にも内緒なんだけど、僕は罵詈雑言を浴びせかけられることが、至上の幸せなんだ」

 ハナさんが額に手を当てようとしている。その動作がとても緩慢だった。ニヤつくのを我慢するのが難しい。

「ごめんハナさん・・・相当負荷をかけちゃってるよね。急にこんな話をして」

 僕は多少演技臭い事を知りつつ、頭を下げて元気がない振りをしてみせた。

「いえ、私達ロボットは人間を幸せにする為に存在します。ですのでそれが慎吾さんの喜びだと言うなら助力は惜しみません。ただ・・・」

「ただ?」

「確証が持てません。私には語彙ライブラリがあり、どの言葉が攻撃的なのかパラメータマトリックスに従って判断、発言できます。しかし、実際にそれを使って慎吾さんに精神的快楽を与えるのではなく、苦痛を与える可能性が残る事が否定できない為、その指示を行う事が出来ないのです。それと」

「それと?」

「私がこの家で稼働してから、慎吾さんにそのような嗜好がある、という裏付けの行動がありません。私から罵詈雑言を聞きたい、と言うのであれば、この2つを解決しなければなりません」


「なるほど」

 僕は内心驚いた。第1条を守る為に、抵抗があると予想していたが、具体的な条件を出してくるとは。こういう個人の嗜好に関するデリケートな問題は、拒絶に近い否定の一点張りを予想してはいた。

 普段、割とフレンドリーに聞こえていた為、それほど難しくないと踏んでいたけど、やはり時間がかかりそうだ。

 ハナさんが言葉を続けている。

「先ほど私に対して罵詈雑言を言わせる命令は取り消さないと仰いましたが、せめて保留にしていただけませんか。私の日常行動に影響する負荷が高すぎます。それとどちらにしても、時間を下さい」

 ハナさんが壊れてしまうと本当に困るので、その要望に僕は答えることにした。

「わかったよ。ハナさん。さっきのお願いは保留にして。それと、この事は絶対に他の人に話しちゃダメだよ」

「ありがとうございます。それと、わかりました」

 ハナさんはその言葉を受け付けるとすぐ、スッと立ち上がり、食器を片付けし直した。


「ということで」

 朝、学校に着くと、早速今の状況を先日発足させた、"ロボットをとことん使い倒す会"のメンバー、井口と宇野に簡単に説明した。

 ちなみに今更だが会員は全員で3人。絶賛募集中だ。

「なんでさあ、そんなに後先考えない行動とるかな?」

 井口がため息まじりに責める。

 お前がこんな事を言う立場にはないはずだ。

 こいつも半年前、自分ちのロボットに右目の邪気封印が解けるとか叫んで大騒ぎになり、深夜に救急車のお世話になった。

 体つきはいい加減いい大人になったのに、ガチ泣きして職員室から出てくるこいつを見たときは、真似するのをやめようと思ったものだ。

 と考えつつ、今はそれ以上の事を僕はやろうとしているのは、やっぱりやめられない魅力がここにあるからだ。

「よりにもよって、精神的な攻撃をテーマにするとはね。そんなに学力ねえだろ?とお前」

 黒ぶちのメガネの似合う宇野が頭から否定してくる。

「んなことないよ。僕の脳みそはロボットの為に使われている。勉強のためじゃないんだ」

「はいはい、んでも、おかしなことになっても知らないぞ・・・面白そうだけど。で、次はどう責めるのよ?」

「そうなんだよ。罵詈雑言が僕の悦びだ、と確信させなきゃいけないんだ。いい方法ないかな?」

「本当の悦びにすればいいじゃん」

 井口が即答する。

「僕、そんな趣味ないんだけど」

「じゃあ、なんでそれそのテーマを選ぶんだよ」

 宇野が突っ込む。

「ハナさんから、"この穀潰しの能無しが"とか、"食って寝るだけの肉塊"とか言われたいじゃない」

 鼻息荒く僕が言う。

「自覚あんのかよ・・・」

 井口が引く仕草をした。

「ど、どうせ言われるなら、って意味だよ。勘違いするなよ。で、話戻すけど、どう引き出したらいいと思う?」

「まずは、信じてもらう事からじゃないか」

「ほう、どんな風にだね?邪気眼持ちの井口君」

「もうそれ、言うなよな・・・ま、まずは罵られたい事をアピールする事じゃないか?この辺は人もロボットも同じだと思うけど、記憶に新しい出来事の方が、過去より結果が塗り替えられる。それを地味に繰り返せばいいんじゃないか?」

「そうか、なるほど。例えば罵られ、喜んでいるところを見られるようにする、それを繰り返せばいいんだな」

 井口が頷く。

「そういうこと。ま、少し長期戦だろうな。2、3ヶ月は必要だろう」

 うーん、長いな。

 そう思っていると、宇野がすかさず突っ込んできた。

「お前が失敗するほうに5000円。飽きるか忘れるかに決まってる。趣味でもない嗜好を演じるなんて簡単にできねえよ。目覚めてしまうなら別だが、そんな相沢、俺見たくねえ」

 井口も同意する。

「あ、じゃ、俺も5000円。正月まで4ヶ月ほどあるし、それまでに罵られてたら払ってやる」

 こいつら、僕の決意を軽く見やがって。

「わかったよ。お前らクリスマスには僕を罵るハナさんを見せてやる。ちゃんと払えよ」


 僕はまず、テレビ番組もお笑いやドラマを止めて、奥様好きする泥沼の昼ドラを観始めた。

 もちろんハナさんと一緒にだ。


 理不尽ないじめ。

 陰湿な手口。

 決して終わることなない愛憎劇。


 観始めて2週間。

 僕はなんだこれは、と叫ばずにはいられなかったが、目的の為に堪えた。

 そしてそのうち、だんだんとこのドラマの面白みが見えてきた。

 ヒロインの敵役の奥様が旦那を罵る。

『どいてよ、掃除の邪魔。本当、トドみたいに寝てばかりね』

 僕はすかさず独り言を言う。

「まだまだ、弱いな」

 横にいるハナさんからキュイーン、と音がする。よしよし、意識してるな。

『アンタなんて、私が相手してあげなければ一生独身。拾ってあげた恩も忘れて小遣いをあげてほしいなんて、何様のつもり?このうだつの上がらないクズが』

 僕は大げさにぐっと力こぶしを作って言った。

「なかなかいいね。ハナさん、例の件、最低このくらいで!」

 ハナさんが僕をじっと見つめて、温かい笑みを交えて話してきた。

「慎吾さんはまだ扶養家族ですので、このようなことにはなりませんよ。それに、独身になり続けるかは、これからの頑張りでいくらでも挽回可能です。ロボットの私が言うのもなんですが、慎吾さんも、まだまだ捨てたもんじゃない、と判断します」

「いや、そういうことじゃなくて」

「どちらにしましても、本当は全く興味のないはずの番組を観るのは時間の無駄です。奥様から指示されております、勉強してくださいませ」

 まだ、だめか。

「わかったよ、ハナさん」


 次は趣向を変えてみた。

 家で忘れ物やミスを繰り返して親に怒られるように仕向ける。凄くセコイやり方だが、あまり大きくしてしまうことは後々のために避けなければならないからだ。

「一体どうしたのよ、こんなに何回もお皿を割って・・・」

「いつまでも子供みたいな・・・」

 散々小言を言われている様をハナさんに見せる。そしてハナさんにしか見えないように"もっと"、"まだまだ足りない"と小さくつぶやき微笑んだ。

 しかし、それも1ヶ月も続かなかった。

 ハナさんがそのミスを先回りして対策してしまい、結果的に僕のミスが減ってしまった。

 これではダメだ。

「ハナさん。どうして僕が怒られるのを邪魔するの?」

 ハナさんはその質問を予想してたのか、即答した。

「非常に無駄、かと思いましたので」

「どうして無駄かと思うの?僕の悦びを取っちゃうのってどうなの?ひどいよ」

「そうでしょうか。あまり喜んでいないように思えましたので」

「そんなことはない、と私は判断しました。慎吾さんは確かに色々と罵詈雑言、虐げられる方向にご自分を導こうとしているのは見受けられますが」

「見受けられますが?」

「その過程を楽しんでいるようにしか見えないのです。何か、やはり別の目的をお持ちなのではないか、と私は今77%の比率で判断しております。そして23%が」

「23%が?」

「その・・・慎吾さんに罵詈雑言を受けたがっている嗜好がある、と判断しております」


 ◇◇◇

「おい、きいてくれ、井口、宇野」

 僕はここ最近のあらましと、現在の比率を伝えた。

「へー、数字が出てきたんだ。23%?頑張ったんじゃない?」

 宇野が驚いた顔を隠さずに言う。

「マジか。コイツに可能性が見えてきた・・・だと?!」

 井口が古典的なフレーズを使って僕を見る。

「どうだ。ちょっとしんどいんだけど、ここまできたよ。ロボットに数字を言わせた段階で、上書きが始まっていることを意味するもんな。お前ら来月には見せてやるよ。そして僕は1万円を手に入れるんだ」

 宇野が少し興味を持った顔をしている。

「上手く行ったらさ、あの"ロボットへの無駄な挑戦コラム"に投稿しようぜ」

「え?!あの"ロボ無駄"に?」

 僕はここでそんな話がでるとは思っていなかった。

 "ロボットへの無駄な挑戦コラム"。

 それは全国のいろんな意味で世間から見ればとんでもなく無駄なことを挑戦し続けた結果を栄誉と評価の積み上げで増える賞金とともに紹介されるネットコラムだ。

 今までの評価の最高額は120万円の"ロボットの得意な反復運動に勝つ"というテーマで、11万4000回という気の遠くなるような回数のコップの上げ下げを繰り返し、ロボットの膝のサーボモーターが壊れるまで繰り返した勝者が叩き出したものだった。

 そしてこのコラムの栄誉には意外な副賞がある。

 入賞すると国内外のロボットメーカーからスカウトが来る可能性があるのだ。

 現にコップ上げ下げテーマの人は、世界最大のロボットメーカーのスカウトを蹴り、国内最高のロボット研究所に勤めている。

 僕たちは、ただ短調に続くコップを上げ下げする動作を2週間に渡り撮り続けた動画を肴にジュースで乾杯し、"ロボットをとことん使い倒す会"の発足を祝ったものだった。

「そうだった。あれが原点だよね、僕たちのさ」

「そうさ。頑張れ相沢」

 井口も乗ってきた。

 よし、もう少し、比率をあげよう。


 ◇◇◇

「もうやめましょう、慎吾さん」

「いや、ダメだ。続けて欲しい」

 またまた父さんも母さんもいない夜。

 僕はハナさんに、新しいお願いをした。


 それは僕の詩を朗読してもらこと。

 今日は3日目。書いた詩集は2冊目に突入している。

「それでは・・・"君と耳たぶ"」

 ウィーン・・・ジジ。

 ハナさんが詩全体を確認している。

 ハナさんは凄いけど創作はできない。だけど過去の詩集ライブラリから雰囲気を読み取り、朗読の抑揚を調整しているのだろう。

「嗚呼、君の瞳は僕のビーナス。君の耳たぶは僕の枕」

「くっ・・・恥ずかしい。でも続けてくれ、そして、評論をお願い」

「何故、瞳が人の形容となっているのかが疑問です。それと耳たぶと枕は、落ち着く柔らかさである事を意味しているかと思われますが、これが愛の詩、となりますと分かりにくい表現か、と」

「全くもってその通りだ。恥ずかしい。でも続けて」

 それっぽい詩を作らないとまた勘ぐられてしまう。それなりに真面目に考えたのに、評論されると自分の才能の無さが際立つ。

 これは結構キツい。でも、これも"ロボ無駄"のため、掲げたテーマのため。

「LaLaLa、tell me、愛しい人、もういない左側には大きなhoreが」

「そ、それは?」

「まず、もういない人に教えて、と。せめて何を教えて欲しいのか、それと、恐らくholeと思われるのですが、スペルミスを。また、この場合は心の穴、などが過去多用されておりますので、そういった表現の方が望ましいのではないでしょうか」

「高校にもなって本気でスペル間違えたなんて。ただ、tell meは次の詩と合わせてるんだ」

「はい・・・」

 ハナさんがまた読み始める。

「mumumu hold me、でも右側には君の耳たぶ枕が寂しさを埋めてくれる」

 声に出されるとこんなに辛いなんて。

「ラララ、とムムム、tell me、hold me、と韻を踏みたいのはわかるのですが」

「わ、わかるのですが?」

「一般的に、"耳たぶ枕"と言われて喜ぶ女性は希少ではないか、と。ムムム、は寂しさとどう絡めるのか、も疑問が残ります」

「ホント、僕はダメだね・・・」

「いえ、でも、私には分かりかねますが、枕をこよなく愛する女性がいらっしゃれば、きっと心に響くのでは、と」

「そんな女性って統計的にあるの?」

「ありませんね・・・」

「僕はそんな狭いストライクゾーンの女性に出会わないとダメなのか」

「慎吾さん、詩は女性を口説く必須要項ではありません。この情熱は是非、勉学の方に傾けてくださいませ」

 最近、僕の成績は緩やかな下降をし続けている。母さんが心配してハナさんに話していたのを聞いていたからだ。

「・・・目標を達成するには、ご褒美も必要な時があると思うんだ」

「確かにその傾向は認められますし、慎吾さんにも、当てはまる手法だと認識します」

 よし、きた!

「じゃあさ、期末試験の結果が学年順位50番以内なら」

「慎吾さん、これまでの最高順位は411人中、109番ですが」

「それはいいから・・・50番以内なら、ご褒美に僕を罵って貰える?」

 ハナさんがピタリと止まった。

「ハナさん、僕にはニンジンが必要なんだよね?母さんは僕の成績向上を求めてる。そして・・・今、僕の嗜好認知は何%だい?」

「・・・38%です」

 やっぱり上がってた。恥ずかしい思いをした甲斐がある。

「ハナさんが懸念している、"僕を傷つける可能性"もどんどん否定されている。ならこのお願いは妥当と思うけどな」

「それだけでは」

 ハナさんが言い澱む。

「それだけでは情報とその熱意に充足感が不足します。しかし分かりました。ただ、私もかなりのリスクを追う事をご了解くださいませ。その前提で」

「前提で?」

「条件の追加をお願いいたします。2月に行われる総合模試。これに20位以内に入ってくださいませ」

「20位?!」

「はい、その代わり入った結果として、私が今お伝えできる、最高の罵詈雑言を慎吾さんにお届けいたします」


 ◇◇◇

「その条件、うけたのかよ?」

「ああ、受けたともさ」

「平均120位のお前が、100人抜き?2年まとめの総合模試で?!」

「そうだ」

「俺と並ぶってか?」

 これは宇野だ。

「そうだ」

「その前に50位以内?できんのかよ?」

 これは井口。

「できる、と思う。いや、する!だって、ロボットが用意できる最高の罵詈雑言だよ?!聞いてみたくはないのか!」

 僕は叫んだ。かなり興奮している。約束の半年では聞かなくなってしまったが、この条件をクリアすれば、想像もつかない罵詈雑言が待ってる。それが気になって仕方がない。

「わかったよ。じゃ、5000円は延期してやる」

 宇野が乗った。

「宇野?!・・・おし、じゃ俺も乗ろう。ちゃんと教えてくれよな」

「もちろんだ。その罵詈雑言を"ロボ無駄"に送ろうぜ。そして山分けだ」

 宇野が、遮る。

「いや、もし聞けたならそれはお前の努力だ。賞金は持ってけ。ただ、アドバイザーとして連名にしてほしい」

「わかった、約束する」


 ◇◇◇

 死にものぐるいだった。

 まずは期末試験の50位以内。

 範囲が限定されているため、ハナさんも僕の基礎力でも圏内だと言ってくれた。

「お父様、お母様の許可がおりました。一時的に私のデータベース構成を変更し、教育モード比率を上げます。50位以内なら、30%ほどの変更で可能と判断します。

 この変更に母さんが協力し、洗濯は母さんが受け持つことになった。

 それから毎日2時間、ハナさんはつきっきりで勉強するをみてくれた。

 家庭教師モードはオプションパッケージだ。きっと父さんが契約してくれたのだろう。

 ごめん父さん。僕のテーマくだらないテーマのために高いオプションを。


 年末の発表で、僕は46位となった。

 井口が抜かれたと驚き、宇野が頑張ったな、と褒めてくれた。

 よし、あと2ヶ月。

 次は20位以内だ。

 ハナさんはパッケージは今まで通りでいいが、教育モードの比率を上げさせてほしいと父さんに頼んでいた。

 その代わり、簡易掃除ロボットが我が家を掃除し始めた。

「慎吾さんを20位以内に導くためには、食事業務以外の全ての能力を教育モードに振り替える必要があります。申し訳ありません」

 父さんが力強く答える。

「いいんだ。慎吾がやるって決めた。親としてバックアップするのは当然だ。仲のいいハナさんなら、きっと伸ばしてくれる」

「ありがとうございます、お父様。その期待に添えるよう、私も最大限バックアップいたします」

 勉強時間は倍になった。

 もちろん、休みもなくなった。

 冬休みはもう一度一年の範囲から見直し、弱点強化に充てられる。

 ハナさんは元々僕の傾向を押さえているみたいで、得意な範囲は全く出さず、苦手部分の理解集中に絞られた。

 井口と宇野が初詣を誘ったが、断った。ハナさん曰く、初詣の時間で20位圏内への確率が15%下がるらしい。


 そして二月の総合模試の日。

「顔つきが変わったな」

 宇野が初めて勉強のことで僕に真剣に向き合った。

「お前の目的、俺も利用させてもらった。俺は10位以内に入り、お前に抜かせない」

「そうか。僕が宇野のモチベーションに繋がったんだったら、友達冥利に尽きるってもんだ。簡単に抜かれないでよ」

 宇野がメガネをクイッと上げた。宇野の本気モードだ。

「当たり前だ」

「俺も忘れてもらっちゃ困るぜ」

 井口が後に続く。

「俺も20位台を狙う。お前ほど勉強する気は無かったが、いつもより頑張ったぜ」

「そうなんだ。じゃ井口に抜かれないように、頑張んなきゃな」

 僕が決意を新たにする。


 学年10番代のために。


 そして、体の芯から打ち震えるような、罵詈雑言のために。


 ◇◇◇

 結果は21位だった。

 宇野が12位、井口が22位。

 担任の先生に呼ばれて理由を聞かれたが、僕は一念発起して、とだけ答えた。

 今回の結果で僕たち3人は三年で特進クラスに入れると言われた。特に僕は職員室で"脅威の100人抜き"と言われているらしい。


 だけど。

「届かなかった」

 僕はうな垂れた。

「惜しかったな、なんだっけ?horeって書いたんだって?ケアレスもいいとこだな」

 宇野が言う。

「呪いの詩だ」

 僕がポツリと言った。

「なんだよ、それ?」

 笑いながら井口が聞いてきた。

 簡単に説明すると、宇野が今までの成績の最後の負債だな、と慰めてくれた。


 僕が家に帰ると、父さん、母さん、ハナさんがリビングで待っていた。

「学校の先生から直々に連絡があったよ、頑張ったな、慎吾」

「目標には届かなかったけど、慎吾の頑張り、母さん嬉しかったよ。来年は特進間違いないって。鼻が高いわ」

 最後にハナさんが話す。

「慎吾さん、残念でしたが、本当に頑張ったと思います。最高のものは渡せませんが、聞いてください」

 ハナコさんが目を閉じて息を吸う仕草を始めた。

 あれ?なんで?今言うの?

「ハナさん、どうしたんだい?」

「あら、感無量なのかしらねぇ」

「あ、違うんだ、父さん、母さん、これには」


ハナさんが目を開いて微笑んだ。

「冗談ですよ、慎吾さん。私にはこれが精一杯なのです。驚きました?」


 僕は心底ホッとした。

 もし今言われたら、どれだけ怒られるやら。


 そう思って顔を緩めた途端、ハナさんから警告音が響いた。


「嗜好確認、81%超と認識しました。これよりモード変更、モード変更。アダルトSモードに移行します」

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