おかえりなさいと言える日まで

やたこうじ

おかえりなさいと言える日まで

 少し先の未来。


 ◇◇◇◇◇


 私は介護ロボット、ハナコ220。

 今、私は部屋の掃除をしている。

 今日はこの家のおばあさまが、病院へ定期検査に出かけられた日。

 いつも9時にお嬢様が迎えに来て病院に付き添い、14時に戻って来られて1時間滞在される。

 その時にお嬢様が少しでも不快に思わないよう、部屋を綺麗にしておかなければいけない。それも私の仕事。

 庭の花壇から一輪採り、花瓶に添えて、テーブルクロスを交換して、真ん中に置く。お茶とお菓子を用意していつでも出せるように準備する。

 お嬢様がいるときのおばあさまの顔は、笑顔だ。少し体温が上がり、体全体が活性化しているように見える。「嬉しい」時に見られる兆候だ。私の貢献度パラメータが評価されている事を感じる。

 そしてお嬢様が帰られた後の「さみしい」をお慰めするのは、私のディクショナリにも高難易度に位置付けられていて、私の処理能力では難しい。私が算出した色々なパターンを試すけど、いつもおばあさまは少しだけ笑ってお礼を言ってくださる。

 私の貢献度パラメータは少し下がる。

 だけどおばあさまからの「ありがとう」という言葉を聞くと、私は処理しきれない。だから大切にメモリーバンクに保存して置く。

 それにしてもおばあさまのお帰りが少し遅い。

 買い物でもされているのだろうか。

 私は処理しきれなかったおばあさまとの思い出を呼び起こす。


 -あたたかい。


 ◇◇◇◇◇


「巻き戻りましたね」

「ああ」

「修理依頼、どうします?」


 2人の職員は動かなくなったと連絡のあった、ハナコを引き取り、作業場で処理プロセスをトレースしていた。


「これはリセットだな」

「え、でもこのハナコは感情を認識しつつありますよ、勿体無いですよ」

「確かにそうだが・・・お前こういうの初めてか?」

「あ、は、はい」

「業界では公然の秘密なんだが、ロボットは感情を持つんだ。特にこのハナコOSが搭載されている奴は特にな。しかし例外なく感情を持つと、こんなループ処理を引き起こす」

「戻らないんですか」

「戻らない、というより思い出し続けるんだ。一説によると、人は忘れる事が出来て、ロボットはそれが出来ない。大切と認識されたメモリは、再帰的に呼び出される。思い出としてカテゴライズ出来ないんだ」

「つまり、処理出来ないからとっておき、後で呼び出して、また処理出来なくてって事ですか」

「そうなる。『幸せの循環』と言われている」

「幸せなんですね」

「どうかな。新しい思い出ができないなんて辛いと思うが。これは人の都合だよ。色々な意味でな。こいつはもう主人に『おかえりなさい』とは言えないんだ」


 そう言って彼は躊躇いもなく初期化コマンドを実行した。

 若い職員が呟く。


「いつか、言えるといいですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る