帰郷(仮)
我是空子
春
「バック!バック!」
威勢の良い若い男の声で目が覚めた。
声の主である3人組の高校生の一人が大きなバックパックを背中と胸に背負ったヒョロリと図体のデカい外国人に進行方向とは真逆の大阪方面を指さしている。
どうやら、日根野駅で関西空港行きに乗り換えるべくところを、この外国人は和歌山方面行きの車両で乗り過ごしてしまったようだ。
「バック!バック!」焦りと恥ずかしさのせいで、
もはや遠投でもするかのように身振り手振りがどんどん大きくなっているのに、その努力も虚しく外国人は後ろを振り返るだけで全く理解できないようだ。
「なんで通じへんねん?」
助けを求めるように言ったものの聞こえるのは
「戻るってなんて言うねん?」
と言う類が呼んだ友の答え。
「グーグル翻訳使ったらええんちゃう?」
三人目が文殊の知恵を出す。
「おーーー」を合図に同時にスマホを取り出したかと思うと、
凄い速さで検索し始め、これまた面白いことに、ほぼ同時にスクリーンを外国人に差し出した。
「OH. GO BACK!」
「お、おー、ご、ゴーバック」
デタラメで通じたけれど実力でなした答えだと言うことにしたい。
すると、もう一人が良くやったと讃えるように
「ゴー バック」と言い、
最後の1人は間違いないと言わんばかりに「Go Back」と唸った。
その先も尋ねたい気持ちが山々の外国人も
ゴーバックすら言えない高校生たちに聞くことは躊躇われたようで、会話彼が電車を降りるまで、4人の間には気まずい沈黙が続いた。
ようやく次の駅でドアが開き、ホームを歩く外国人を見送るとゴーバックの威勢の良さはどこかへ、不安げな声が彼が降りた後も続く静寂のような気まずい沈黙を破った。
「通じたんやろか?」
「通じたやろ?」
「戻っても乗り換えなあかんけどな。。」と意見が一周すると
「オレら、あかんな」と誰が口にしたかも分からない声に、これまた一斉に肩を落とした。
「俺、英語2やし」「オレも」「オレ3」
「微妙~」今度は一斉にそう言うと、今落としたばかりの肩を揺らせて3人が笑いあう。
「連れて行ったる?」「次で降りたら追いつくんちゃう?」
「せやな!」
電車は桜のアーケードに停車しようとしていた。
熊野古道へ続く山中渓という大阪と和歌山の県境にあるその駅は、桜の時期だけは普段無人のその駅を賑わせる。
山の麓にある分、遅く開き始めるその桜は、早く咲くことに価値など見出せないと言わんばかりに、ゆっくりと穏やかに魅せる。
10年前、田舎を後に東京を目指し、和泉山脈の二つのトンネルの通り抜けた時、桜は5分咲きだったっけ。
線路向こうのホームに、上り電車を待つ高校生たちが降り立った。
彼らの背中に白ともピンクとも言えない花びらが風に踊る。
くるくる。くるくる。くるくる。
花まる。
トンネルを抜け出た上り電車の扉が開き、彼らを乗せてゆっくりと走り出す。
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