第14話 真実は常に残酷
「まさか、私からチート能力も貰わずに魔王を倒すなんて思わなかったわ」
シロはそう言いながら、四角柱の頂点から飛び降りる。
普通の子供であればそのままグシャリと潰れるところだが、生憎と彼女は神様なため、不思議な力により白いワンピースの裾すら揺れず着地した。
「こ、この子は……?」
どんなに目を凝らしてもステータスが見えない童女の姿に、ファムは本能的に恐怖を覚えて震え上がり、九郎は苦虫を噛み潰した顔で答えた。
「造物主様ですよ」
『はい、我が造物主Δ♪§α£Θ様です』
機械も人間には理解不能な真の名前を読み上げ、肯定を示した。
「この子が、造物主……」
見た目は子供、だが中身は邪神よりもおぞましい何かに、ファムは怯えて九郎の背中にすがりつく。
そんな彼女を守るように、九郎は神に向かって口を開いた。
「満足ですか?」
「えぇ、すっごく楽しかったわ!」
問われたシロは太陽のような眩い笑みを浮かべた。
オゾン層というバリアがなければ、あらゆる生物を真っ黒に焼き殺す、放射能を撒き散らす太陽のように。
「本当は貴方に勇者スキルを与えて、調子に乗った後で魔王に踏み潰される無様な姿を見たかったんだけど、そこの即席勇者が仲間内で醜く争い合う姿とか、なかなか面白い物が見れたから許してあげる」
シロはどこまでも人を見下した笑みを浮かべながら、九郎の背中に隠れたファムの顔を覗き込む。
「ねぇ、自分がデータだと知って今どんな気持ち?」
「えっ……」
「何? さっきコピーを見せられたくせに、まだ分かってないの?」
これだから中世レベルの低文化な蛮人は嫌だと、シロは盛大に舌打ちしながら手を叩く。
すると、空中に無数の光り輝く窓が現れた。
窓の中に浮かんでいたのは、この世界に存在するあらゆる生物のステータス。
人も、馬も、魚も、虫も、木も草も、ありとあらゆる者達が、0~9の数字で現されていた。
「あんた達はみんな作り物なの、デミウルゴスの計算によって生み出されているデータなの。魂も精神も何にもない、数字の塊に過ぎないのよ」
「待ってよ、そんな事を言われても、私はここに――」
居る、と言おうとしたファムの手が砂のように崩れ出す。
目を凝らせばそれは、無数の小さな数字の集まりであった。
「ひっ……!」
「分かった? 自分が紛い物だって」
シロがパチンと指を鳴らすと、崩れていたファムの腕が一瞬で元に戻る。
「だいたいさ~、自分達がステータスなんて数値で管理されてる時点で、数字で出来たデータ存在なんだって気付きなさいよ?」
「…………」
「自力で気付いた奴だって三人も居たのよ? まぁ、全員首吊って死んだけどね」
だから、あんたらも自害すると思っていたのに、これだから馬鹿は嫌だと、シロは鼻を鳴らした。
「ねぇ、どんな気持ち? 自分が作り物だと知らされて、今どんな気持ち?」
クルクルと周囲を踊り周りながら煽ってくるシロに、ファムは何も言い返せず九郎の背中にしがみつく。
「九郎……っ!」
「ふ~ん、まだ足りないのね」
自我崩壊しないのが癪に障ったのか、シロは不機嫌な顔になる。
そして、面白い事を思いついたと歯を剥き出しにして笑い、甘い声で囁いた。
「ねぇ、貴方のパパとママのお名前、答えられる?」
「何でそんな事を……えっ?」
反発しながらも答えようとして、ファムは言葉を失った。
自分を生み育ててくれた父母の名前が、どうしても思い出せなかったのだ。
それどこか、両親の顔も、幼い頃の思い出さえも何一つ浮かばない。
「待って、だって、私は……っ!」
「うふふふっ、ねぇ、貴方達はどう?」
真っ青な顔で取り乱すファムの姿に満足し、シロは勇者達にも問いかける。
だが、彼らの反応も全く同じものであった。
「父さん、母さん……何でだ、どうして名前が出てこないっ!?」
「待てよ、俺は確かに親父とお袋の息子で……っ!」
錯乱するその姿を見て、シロは心底満足して高笑いを上げた。
「思い出せないでしょ? 当然よねえ……だって、あんたらはたった三ヶ月前に作られたデータなんだから」
シロの嘲笑に呼応して、四角柱の体から再び無数の光る窓が吐き出される。
そこにはこの世界に存在するあらゆる生物のステータスが、ずらりと一覧で表示されており、末尾にはこう書かれていた。
――作成日、地球時間2016年07月21日、08:35、と。
「あんたらはランダム作成ツールで作られたデータなんだもの。親や兄弟なんて最初から存在するわけないじゃない」
まるでMMORPGのキャラクターを作成するように、能力値や容姿、年齢などを設定されて、今の形で三ヶ月前に生み出された。
ファムは十六歳の姿で、まるで十六年間生きてきたような経歴と記憶を持ちながら。
けれど、このキャラクター作成において、シロはあえて一つの欠陥を残した。
冒険者のように親元を離れて暮らす者など、現実との齟齬が起きにくい者達の両親を、曖昧な記憶だけに留めて現物は作り出さなかったのである。
誰かが自然と気付いたり、こうしてシロから突きつけられる事で、真相を知ってもがき狂う姿が見たかったから。
ベンゲル伯爵のような見ていて愉快な悪党は、やたらと細かく設定を作っておいたくせに。
「パパとママの事だけじゃないわ。思い出してみなさい。貴方はどうして冒険者になろうと思ったの? 子供の頃に遊んだお友達の顔は? 思い出せないでしょ? ……だって、最初からそんな物は無かったんだからっ!」
「あっ、あぁ……」
「ねえ分かった? 流石に分かったでしょう? 自分達がいくらでも書いたり消したりできる、ゴミ以下のデータにすぎないって!」
「うわぁぁぁ―――っ!」
最初に発狂の声を上げたのは勇者だった。
勇者としての強大な力も、魔王を倒そうと思った己の意思も、全て全てこの幼い神様を楽しませるためだけに作られた、使い捨ての玩具だったという事実に、彼のちっぽけなプライドは耐えきれなかったのだ。
続いて男戦士が絶望して己の頭を掻きむしり、女魔術師も光を失った眼でブツブツと独り言を唱え出す。
「あはははっ、最高、超最高ーっ!」
虫けら以下のデータが自己崩壊していく姿に、シロは腹を抱えて笑い転げる。
そんな狂乱に包まれた空間の中で、ファムはただ強く九郎の背にすがり続けた。
「九郎、これは現実なの……?」
嘘だと言ってほしい、全て幻だと否定して欲しい。
そんな上目遣いですがられても、九郎は静かに首を横に振った。
「これが、君の求めた真実です」
この異世界がステータス――人間の作りだした『数字』という道具で支配されていると知ったその時から、九郎はこの真相を悟っていた。
0~9の数字、あまりにも慣れ親しんでしまい、これで宇宙の全てを表せると思い上がる科学者が現れてしまうほど、美しい記号の羅列。
だが、それはあくまで人間が生み出した物にすぎない。
0~9の十進数とて、人の指で数えるのに都合がよいから広まっただけであり、二進数や十六進数といった他の方法あって、唯一絶対の代物ではない。
そんな十進数の数字で現されるのがこの異世界の生命ならば、『数字を知る存在によって創造されたモノ』なのは自明の理であろう。
他にも、石材の採れない場所に石造りの街があったり、魔王が恐れられながらもその悪事が伝わっていなかったり、幾つもの不自然な点を考えれば、この異世界が自然発生ではない、人工の世界だと疑うのは容易かった。
もちろん、それは二十一世紀の地球という、高度な文明を誇る世界で生まれた九郎だったから予想できた事。
ラジオもテレビもネットも無く、本さえ貴重なこの異世界で作られたファムが、勘付いて心構えをしておく事など到底不可能であった。
「私、本当に作り物なの?」
「そうです」
「前の仲間と一緒に苦労した記憶も、世界の謎を知りたいって気持ちも、全部神様がそう作っただけなの?」
「多分そうでしょう」
笑いながら涙を零すファムに、九郎は見え透いた慰めの言葉などかけない。
ただ、黒縁の伊達眼鏡を外して、敬語を使わぬ素の口調で――
「作り物だから、それがどうしたというんだ?」
真正面から悲劇を蹴り飛ばした。
「えっ……?」
「君は神様が作った機械によるデータの塊、それは間違いない。だが、それがどうした? 何も悲しむ事はない。何も嘆く事ではない」
「で、でも、作り物だなんて!」
「この世に、誰かの作り物ではない存在など居ない」
ムキになって反論しようとするファムの言葉を、九郎はあっさりと否定する。
「子は親から作られた物にすぎず、親もまたその親から作られた物にすぎない。性格や人格というものさえ、幼少期からの環境という、自分以外の物によって形成された物にすぎない」
遺伝子のパターンや環境の要素があまりにも複雑で、二十一世紀の地球では計算しきれなかったから、それが『自然』とさも価値のある事と扱われていただけの話。
現在のコンピューターより何千倍もの処理能力を持つ、量子コンピューターでも実現されれば、生まれる子供の性格から一生の運命まで、全て計算しつくす事とて可能となるだろう。
「この世の全ては誰かの作り物だ。誰の作り物でもない者が居るとしたら、それは全てを作った『神様』くらいのものだろう」
だが、神様を作った神様が居ないと、いったい誰が証明できるのだろうか。
悪魔の証明ならぬ神様の証明。それが可能かと神様の童女を窺うと、彼女はフンっと機嫌悪そうに顔を逸らした。
「それでも、私は――」
「君が不安なのは、己の命を他者に支配されているからだ」
九郎はファムの言葉をまた遮り、彼女の心を揺らす本質を貫く。
「神様がちょっと気にくわなければ、誰かがデミウルゴスを操作してしまえば、あっさりと存在を抹消されてしまう。そんな命を支配されている『弱さ』が怖い」
「……うん」
「だが、この世に『弱くない者』なんていったいどれだけ居る?」
子供は親が食事を与えないだけで飢えて死ぬ。
その親とて、仕事先の上司に首輪を握られている。
多大な金と権力を持つ大会社の社長になっても、その上には軍事力を持つ国家がいて、その国家とて他の大国という敵がいて。
例え大国の元首となり、核兵器で何百万人を殺せる権限を持とうと、たった一人の暗殺者に頭を打ち抜かれる危険性は消せない。
この世界で誰にも支配されず、『完全な安心』を手にしている者もまた、この世を創造した神様以外には存在しない。
だから誰もが毎日、見て見ぬふりをし続けているのだ。
自分は簡単に殺される弱い命だなんて、考えてもストレスが溜まるだけで無意味だと。
「自慢だが僕は強い。それでも師匠には勝てない、重い病気には勝てない、核兵器にも勝てない」
九郎ほど強くなっても、『完全な安心』など決して手に入らないのだ。
「だから、適当な所で折り合いをつけて、怖くても生きていくしかないんだ」
自分は万能の神様ではない――そんな当たり前の事を、当たり前と受け入れる、それが幼年期を終えるという事なのだろう。
「作り物でも、弱い存在でも、歯を食いしばって生きればいい。人の価値はその生まれじゃなく、どう生きたかが問われるのだから」
九郎の言葉一つ一つが、狂いかけたファムの心に染み込んでいく。
けれど、ひび割れを満たすには至らない。
「でも、でもっ!」
――それは九郎が作り物じゃないから、他人事だから言えるんでしょ?
そんな罵倒が溢れ出してしまわないよう、必死に口を閉じるファムの肩に、九郎は静かに手を置いて告げたのだ。
「僕も、君と同じ
おそらく間違いないだろうと、強く確信した瞳で。
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