第10話 レールを走る玩具達

 魔王の待つ氷の山脈に向けて、勇者一行と共に旅立った九郎は、紐で縛った山のような荷物を抱えながらも、汗一つ掻かず歩き続けていた。


「九郎、重くないの?」

「修行時代に担がされた岩にくらべれば、物足りないくらいですね」


 横を歩くファムの方が疲れた表情を浮かべるが、九郎は全く問題ないと首を振る。

 そんな彼の姿に、前を行く勇者達は酷く困惑していた。


「どうなってるんだ、あれ?」

「筋力が200あってもキツイだろうに……」

「彼、結構拾い物だったんじゃない?」


 女魔術師などは呑気に、よい荷物持ちが手に入ったと喜ぶが、勇者と男戦士はステータスに反するその怪力に、納得がいかない顔をしていた。

 そうして一行は歩き続けていたが、そろそろ昼食を取ろうかという所で、九郎が急に足を止めた。


「何かが近付いてきます」


 そう言って、街道の右手に広がる森の中を指さした。


「熊に似た四足の足音ですが、妙に重くて大きい」

「まさかモンスターっ!?」


 九郎の言葉に、ファムは慌てて腰のショートソードを抜いた。

 それを見た勇者達も、素早く己の獲物を構える。


「魔王の手先か!」

「敵は何だっ!?」

「今調べるわ、『索敵』……これは『スパイクベア』よ」


 女魔術師が魔法で正体を看破するのと同時に、森を突き抜けて異形の生物が現れた。



 スパイクベア レベル:27

 HP:2584

 MP:63

 筋力:220

 耐久:245

 敏捷:101

 器用さ:67

 魔力:31

 【スキル】

 頑強:LV3、針の鎧:LV3、咆哮:LV3



 北極熊を超える体調4mはあろうかという巨大な熊だが、特筆すべきはその黒い毛皮。

 まるでハリネズミのように全身の毛が逆立っており、触れただけで肉を切り裂く鋭い光沢を放っていた。


「ちっ、面倒な奴が出やがったぜ」

「だが今さら苦戦する敵でもない」

「貴方達は下がってなさいっ!」


 勇者達は九郎とファムを置いて、スパイクベアに向かって駆け出した。


「え~と、どうしよう?」

「お任せしましょう」


 彼ら自身がそう言うのだから、命の危機でもない限りは手出し不要だろうと、九郎は観戦に徹する事とした。


「くらいなさい、『極大火球』っ!」


 まずは遠距離から先制攻撃と、女魔術師が杖の先から巨大な炎の球を打ち出す。

 それはスパイクベアに直撃し、熊は自慢の針皮を焼かれて怒りの咆哮を上げるが、重傷にはほど遠かった。


「これだからHPが4桁あるような肉塊は嫌いよ」

「酷いな」


 女魔術師の罵声に、HPが3000もある勇者は苦笑しながら、スパイクベアに肉薄して剣を振り下ろす。


「『ソニック・スラッシュ』ッ!」


 剣術:LV4に達した者だけが覚える音速の剣が、針の毛皮ごとスパイクベアの左腕を切り落とす。


「ゴアァァァ―――っ!」

「次はこっちだ、『ボア・クラッシュ』!」


 怒りの咆哮を上げるスパイクベアに、今度は男戦士が両手持ちの大剣で突撃する。


「グアッ!」


 胸に深々と大剣を刺されたスパイクベアは、それでも怯んだ様子を見せず、剣山のごとき右腕で男戦士に裏拳を見舞う。


「うおっ!」


 咄嗟に大剣を盾にして防ぐが、男戦士は吹き飛ばされ尻餅をついてしまう。


「油断しすぎだぞ、『クロス・スラッシュ』ッ!」


 勇者は男戦士を叱りつけながら、十字の斬撃を放つ。


「早く立って、『炎の拘束』!」


 女魔術師も炎の鎖でスパイクベアを縛り上げ、体勢を立て直す時間を稼ぐ。

 そんな勇者達の戦う姿に、ファムは感嘆の声を漏らしていた。


「凄い、レベル30近いモンスターをあんなにあっさり……」


 自分が五人束になっても負けそうな敵を、容易く追い詰めていくその力量は、まさに勇者パーティーの名に相応しい。

 ただ、彼女の横で冷静に観察していた九郎の感想は、まるで真逆のものであった。


(遅いな)


 ゲグルの剣を受けた時から薄々感じてはいたが、異世界の住人達は戦闘時の行動に無駄が多く、九郎の目には遅すぎて隙だらけだった。

 その際たる原因が、スキルレベルを上げると覚える『技』や『術』であろう。


「『ソニック・スラッシュ』ッ!」


 勇者がまた音速の剣を放ち、スパイクベアに重傷を負わせるが、どうも彼らの使う技や術は、名前をハッキリ叫ばないと使えないようなのだ。

 短くても0・5秒、長ければ2秒ほども発音に時間をくっている。

 一瞬の瞬きすら致命的な隙となる、地球の剣術を学んできた九郎としては、勇者達の戦いはあまりに遅く、まるでターン制のRPGでも見ているようであった。


(それに、わざわざ名前を口にするなど、避けてくれと言うのも同じだ)


 本人達は真面目に叫んでいるが、地球人から見ると滑稽でしかない。

 どうやら使う武器スキルによって、覚えられる技は決まっているようなので、現存する技の名前を全て覚えてしまえば、カルタ名人でなくとも一文字目でどんな攻撃がくるか分かってしまう。

 発音にかかる時間も含め、一秒前に何をされるか分かってしまえば、受け流すのも反撃するのも容易い。


(知性の低い動物相手だからいいが、人間相手にこの隙はあまりにも……)


 ついにスパイクベアが動けなくなり、勝利の歓声を上げる勇者達を眺め、九郎は眼鏡の奥で眉間にシワを寄せる。

 異世界人同士の対戦だと、どちらもスキル技に頼り切り、いかに早く技を発動するか――技名の短さや口の速さが勝敗を決する、早口ゲームのような有様になるのだろうか。

 そんな事を考える九郎を余所に、戦いに見とれていたファムを勇者が呼ぶ。


「君、こっちに来てモンスターにトドメを刺すんだ」

「えっ、私が?」

「あぁ、この程度の雑魚じゃ俺達のレベルは上がらないけど、君には良い経験になるだろ」


 強い敵を虫の息まで追いつめて、弱い味方に倒させて経験値を稼ぐ。

 まさにゲームそのものな思考を、勇者達もファムも疑問に思わない。

 彼らにとってはそれが『普通』なのだから。


「じゃあ失礼して、えいっ!」


 ファムはちょっと後ろめたく思いつつも、言われた通り瀕死のスパイクベアにショートソードを突き刺す。

 それがトドメとなり、熊の魔物は断末魔の悲鳴を上げ、二度と動かなくなるのだった。

 そして、ファムは己のステータスを見て歓声を上げた。



 ファム LV:14

 HP:112

 MP:172

 筋力:58

 耐久:59

 敏捷:93

 器用さ:110

 魔力:85

 【スキル】

 レンジャー:LV2、治癒魔術:LV1



「やった、2レベルも上がってる!」

「スキルはレンジャーの方が上がったか」

「治癒魔術が上がって欲しいんだけどな」


 スキルの成長に愚痴りながらも、予備戦力のファムが強くなった事を喜ぶ勇者や男戦士。

 それもまた彼らにとっては普通であり、九郎にとっては異質すぎた。


(あんな事で強くなるのか……)


 瀕死の熊にトドメを刺した。たったそれだけの事なのに、筋力や敏捷といった肉体能力が跳ね上がる。

 地球ではありえなかったその現象に不快感を覚えるのは、おそらく嫉妬のせいだろう。


(毎日倒れるまで山中を走り回り、筋肉が断裂するまで岩を持ち上げ、毒酒を食らって死の瀬戸際まで内功を鍛えた日々が、馬鹿らしくなってくるな)


 地球では何年と鍛えなければ強くなれないのに、この異世界では魔物を倒すだけで、ほんの数分で弱者が強者に変わる。

 もちろん、魔物との生死をかけた戦いに勝たねばならず、こんな簡単にレベルが上がるのは、自分より遥かに高レベルの味方がいてこそ可能な裏技にすぎない。

 だとしても、この異世界では戦闘というリスクに対して、レベルアップというリターンがあまりにも大きすぎた。


(度胸と勝負勘を磨くにはいいが、実戦だけでは技が荒くなるから鍛錬を怠るなと、師匠にはきつく言われたものだが…)


 戦うだけで能力値という力も、スキルという技も磨かれる、武術家にとってなんと優しい世界なのだろうか。

 だが、九郎はこの異世界に生まれたかったとは欠片も思わなかった。

 むしろ、このステータスというモノに支配された世界に、改めて怖気を覚える。


(この世界は、あまりにも不自由すぎる……)


 魔物を倒してレベルを上げれば、能力値が上がって強くなる、スキルも上がって技や術をお覚える。

 だがそこに、自分の意思は存在しない。

 速く走れるようになりたくても、敏捷が上がらなければ速くはなれない。

 面白い技を思いついても、スキルによって覚える技でなければ、発動させる事ができない。

 いや、そもそも技を閃くという発想がないのだ。

 レベルアップによって上がる能力値は、人の才能は最初から決まっており、努力では決して変えられない

 スキルは自分の意思で身に着けられるのかもしれないが、それを研鑽して覚える技や術は最初から決まっており、自分で新たに生み出そうという発想自体が存在しない。

 全てはレベルとスキル、ステータスというレールによって定められた運命。


「本当に悪趣味な……」

「やったよ九郎、レベル上がったよ!」


 どこかの性悪童女が笑っているのを感じて、吐き気を覚える九郎を余所に、何も知らぬファムが笑顔で駆け寄ってくる。

 だから、喜ぶ彼女に水を差さぬよう、九郎は笑顔を作って迎えるのであった。

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