第6話 冒険者ギルド

 ファムに引っ張られて辿り着いた先は、三階もあって街の中では一番立派な石造りの建物だった。

 西部劇でよく見かける両開きの扉を開けて中に入ると、一階は丸机と椅子が並んだ居酒屋風の広いフロアとなっており、奥には受付カウンターがあって職員が冒険者達と仕事の相談をしていた。


「あらファムさん、お帰りなさい」


 丁度手の空いていた受付嬢の一人が、九郎を引っ張って現れたファムの姿に、少し驚きながらも気さくに挨拶をしてくる。

 そんな彼女に、ファムは床を強く踏み鳴らしながら詰め寄った。


「聞いてよレジ―さん、ゲグル達が私を騙して、奴隷として売りさばこうとしたんですよっ!」

「奴隷、ですか?」


 話を聞いた途端、ほがらかに笑っていた受付嬢・レジ―の瞳に、剣呑な光が瞬いた。

 しかし、彼女は直ぐに物騒な光を消して、あくまで笑顔を浮かべて席を立つ。


「詳しいお話を聞く必要がありそうですね、どうぞこちらにいらしてください」


 受付カウンターを出て階段へ招くレジ―に、九郎とファムは大人しく従い、三階の奥にある客室へと通された。


「お茶をお持ちしますので、少々お待ちください」


 二人を高そうなソファーに座らせると、レジ―はそう言って一旦部屋を出ていく。

 それから三分ほどして、彼女は髭を生やした壮年の男性と共に戻ってきた。


「お待たせして申し訳ない、私がスタレットの冒険者ギルドを預かる支部長のゼリトです」

「支部長さんっ!?」


 丁寧に名乗ってきたギルド支部長に、ファムは驚いて立ち上がり、慌てて頭を下げながらも癖でステータスを確認していた。



 魔法剣士ゼリト LV:31

 HP:341

 MP:339

 筋力:187

 耐久:160

 敏捷:155

 器用さ:179

 魔力:184

 【スキル】

 剣術:LV4、火魔術LV:4、土魔術:LV3



「おぉ、流石は……」


 支部長を任されるに相応しい、ベテランの高いステータスを見て、ファムは感嘆の声を漏らす。

 そんな彼女の横で、黙ってお辞儀をする九郎を見て、支部長は僅かに眉を動かした。


「彼はギルド員ではないようだが、どなたかな?」

「あっ、九郎はゲグル達に襲われた私を助けてくれたんです」


 ファムはそう言って、事の次第を説明した。

 もちろん、九郎が異世界人だという事は、あまりにも荒唐無稽なので口にはしなかったが。


「……なるほど、どう思うかね?」


 話が一段落した所で、支部長は背後に控えていたレジ―に問いかける。

 すると、彼女は笑って頷いて見せた。


「ファムさんは嘘を仰っていません。ゲグル達は本当に罪を犯したのでしょう」

「うむ、君が言うなら間違いあるまい。直ぐに彼らの逮捕状を全ギルドに回そう」


 レジ―の答えに、支部長は全幅の信頼を寄せて頷き返す。

 そんな二人のやり取りを見て、ファムは安堵して胸を撫で下ろし、九郎は眼鏡の奥で目を光らせていた。


(物的証拠もないのに、ファムさんの発言が嘘ではないと確信している……読心術の心得でもあるようだな)


 こちらの異世界風に言えば、『読心スキル』でも持っているのだろう。

 そう見抜いた九郎の視線に気付いたとでもいうように、レジ―は急に彼の方を見て微笑んだ。


「お茶のお代わりはいかがですか?」

「頂きます」


 互いに顔は笑って、だが目の奥に鋭い光を宿したまま、カップにお茶を注いで貰う。

 そんな攻防にまるで気付いた様子もなく、ファムは思い出した様子で切り出した。


「ところで、九郎も冒険者ギルドに登録したいんですけど」

「いや、だから僕は――」

「そんなに嫌がらなくても、別に損をする話でもないしさ、ねっ?」


 早く一緒に冒険がしたいと、腕にくっついて甘えてくるファムを、九郎は邪険に振り払う事もできず困り果てる。

 それに助け舟を出すわけでもないが、支部長が苦笑しながら口を挟んだ。


「申し訳ないが、彼を冒険者ギルドに登録する事はできないな」

「えっ、何でですかっ!?」

「先程から何度も観察させて頂いたが、彼のステータスが見えないからだよ」

「あっ……」


 指摘されて、ファムはようやく思い出す。

 正規の冒険者としてギルドに登録するには、一定のステータスが必須だったのだ。


「レベルは5以上、MPと魔力は0でも構いませんが、HPは40以上、筋力や耐久が最低でも20以上はないと、冒険者として認めるわけにはいきません」


 レジ―が説明した基準は、ゴブリンやジャイアント・ラットなど、最下級のモンスターと戦うのに必要な能力値であり、冒険者としての最低基準であった。

 それに足りないどころか、ステータスその物が存在しない九郎を、ギルドは冒険者として認める訳にはいかないのだ。


「で、でも、九郎はゲグル達を簡単に追い払っちゃうくらい強いんですよ!」


 自分の恩人が不当に差別されたようで、ファムは抗議の声を張り上げる。


「ステータスがなくても、強くて、親切で――」

「ファムさん、気持ちはありがたいが擁護は結構です」


 必死に訴えてくれる彼女の肩を、九郎は微笑しながら叩く。


「先程も言いましたが、僕は冒険者になるつもりはありません。それに、ギルドが基準を定めているのに、それを捻じ曲げる真似はよろしくない」

「でも……」

「試験の点数が悪かったのに、100mを8秒で走れるから入学させろと大学に迫るのは、無茶というものでしょう」

「えっ、ダイガク?」

「失礼、通じない例えでした」


 ついでに言うと、オリンピックで金メダル確定の速力を見せれば、スポーツ推薦で入学できるだろうから、例えとしても上手くなかった。


「とにかく、登録の件は水に流して頂きたい。その代わりと言っては何ですが、一つ質問してもよろしいでしょうか」

「何かね?」


 髭面に温和な笑みを浮かべ、先を促す支部長に向けて、九郎は気兼ねなく最重要事項を口にした。


「魔王という方に会って、必要とあれば倒したいのですが、どこに居るかご存じでしょうか」

「なっ……!?」


 その単語に、ファムは驚きのあまり絶句し、支部長とレジ―も笑みを強張らせた。


「ま、魔王を倒すって、本気で言ってるのっ!?」

「その様子だと、実在するようですね」


 あのシロと名乗った神様なら、「残念! 実は魔王なんて最初から居ませんでした~っ!」と盛大に徒労を味わわされる可能性もあったので、九郎は安堵して胸を撫で下ろした。


「なに呑気な事を言ってるの。魔王だよ!? 九郎だって殺されちゃうよっ!?」

「僕も気は進みませんが、手がかりがそれしか無いのですよ」


 心配して肩を揺さぶってくるファムに、九郎は真顔で言い返す。


「これは驚いたな……」

「嘘は仰っていないようですが……」


 支部長とレジ―も顔を合わせて戸惑うが、少し考えてから口を開いた。


「魔王は遥か北にある氷の山脈に、居城を構えていると言われている」

「しかし、そこに旅立った者は、誰一人として帰らなかったそうです」

「だから、魔王を倒せるのはこの世にたった一人、『勇者』の唯一オンリースキルを持つ選ばれた英雄だけだと言われているんだ」

「勇者?」


 二人の説明を聞いて、九郎は魔王の強さや危険性よりも、そちらの単語に眉をひそめた。


(選ばれた勇者のスキルか……本当に悪趣味な)


 いつか、あの童女神様は尻を叩いて叱ってやらねばと、九郎は改めて心に誓う。

 そんな彼に、レジ―が遠慮がちに声をかける。


「魔王とはそれほどに危険な相手なのです。手出しはお止めした方がよろしいかと」

「ご心配頂きありがとうございます。けれども、どうしても会う必要があるのです」

「さようでございますか」


 そこまで意思が固いのならば、他人にすぎぬ自分が言える事はないと、レジ―は大人しく引き下がる。

 そんな受付嬢に、九郎はさり気ない風を装って訊ねた。


「ところで、魔王はどのような悪事を行ったのですか?」

「えっ……?」


 彼の質問に、レジ―だけでなく支部長もファムも、虚を突かれてポカーンと口を開けた。


「はて? 魔王と呼ばれるからには、相応の悪事を行っているものだと思ったのですが」

「そりゃあ魔王だもの、悪い事は沢山してるでしょ!」

「では、具体的にどのような?」

「……エッチな事とか?」

「まぁ、犯罪に繋がる事も多々ありますがね」


 頬を染めたファムの微笑ましい答えに、九郎は苦笑を浮かべつつも、心の中ではまた眉をひそめていた。


(……本当に、どこまでも悪趣味な)


 尻叩き百回では生温いかと、九郎は童女神様へのよりきつい折檻を心に誓いつつ、ソファーから腰を上げた。


「貴重な情報、ありがとうございました」

「いや、こちらこそ大事なギルド員を救って頂いたのに、大したお構いもできず申し訳ない」


 頭を下げる九郎に、支部長も立ち上がって礼をした。

 そして、部屋から出て行こうとする彼に、レジ―が囁くように助言を送る。


「ここから街道沿いに北へ四日ほど進みますと、太陽帝国の首都に着きます。そこに勇者のスキルを持った青年が現れたとの噂を耳にしておりますので、よろしければ訊ねてみてください」

「ご親切に心から感謝します」


 九郎は事情通な受付嬢にも深く頭を下げると、慌てて後を追ってきたファムと共に冒険者ギルドから出ていった。


「ちょっと九郎、本当に魔王退治に向かうの!?」

「何度も言いますが、他に方法がありませんので」


 九郎はそう繰り返し、シロの残した台詞をファムに伝えた。


「元の世界に帰る方法が、それしかないなんて……」

「気まぐれな子供の戯言ですから、戦わずに話し合いで済む可能性もあります。どちらにせよ、魔王には会ってみる必要があるのです」


 世界の果てまで探し尽くせば、他の方法が見つかるかもしれないが、そんな当てもない探し物をしている暇はない。


「二十歳を過ぎて高校生とか、勘弁して欲しいですからね」

「コウコウセイ?」


 またファムには意味不明な事を呟きつつ、九郎はふと思い出したように苦笑する。


「師匠なら、自力で何とかしたのですが……」

「本当に何者なの、そのお師匠さん?」

「ただ『生涯敗北を求め続けた』、それだけの人ですよ」

「そのフレーズから、そこはかとなく悪寒を感じるんだよね……」


 そう軽口を叩きつつ、北の街道へと歩き出す九郎に、ファムも何故かついてくる。


「君も帝国の首都に用事が?」

「ないよ、九郎について行っているだけ」

「……魔王の退治に向かうと言ったはずですが?」


 支部長達の噂どおりであれば、生きて帰って来られる確率は低い。

 それはファムも良く分かっているはずだが、彼女はちょっと考えただけで、自嘲するように笑った。


「私は誰も知らない、見た事もない、この世の不思議を知りたくて探検家になったんだ。だからさ、異世界の鍵になる魔王の事も、是非とも見たいと思って!」

「……長生きできないぞ」

「あははっ、前の仲間にもよく言われたよ」


 思わず素になってツッコむ九郎の顔を、ファムは満面の笑みを浮かべて覗き込む。


「それに、命を助けて貰ったお礼、まだ返せてないからね!」

「律儀ですね」


 命知らずの馬鹿で、けれども底抜けにお人好しな少女に、九郎も優しく微笑み返す。

 そうして、北の街道へと向かう二人の後を、建物の影から窺う一つの影があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る