第4話 異世界の常識・非常識
「えぇ、異世界人っ!?」
森を抜ける道すがら、互いの自己紹介を終えたあと、九郎から隠さず経緯を聞かされたファムは、目を丸くして大声を上げた。
「そんなに驚く事ですか? この世界にはどうやら魔法があるようですし、異界から魔物を召喚するとか、ごく普通の事かと思っていましたが」
「いや、召喚スキルは確かにあるそうだけど、それでも異世界から人間が召喚されるなんて初めて聞いたよ!」
ファムは常識を超えた事態に戸惑い、そして多大な興味を示すだけで、九郎を嘘つきや狂人だと疑っている様子は全くない。
(素直な善人のようで安心したが、また騙されないか不安だな)
九郎はそう内心で苦笑しつつ、今度はこちらから説明を求める。
「そういう訳で、この世界の事を教えて頂けないでしょうか」
「えーと、どこから話そうか?」
異世界人に自分の世界を説明した経験などあるわけもなく、ファムは必死に頭を捻りながらも解説した。
それによれば、ここは『
(帝政か……彼女の服装を見る限り、文化レベルはそこまで高くないのだろうか?)
ファムが着ている半ズボンやジャケットは、全て天然革を使用したハンドメイドで、二十一世紀の地球の価値観で見れば高価な代物であったが、合成革やファスナー、スナップボタンなどが使われていない事から、科学技術の未発達ぶりが窺えた。
(いわゆる剣と魔法の中世風ファンタジー世界なのだろうか)
少なくとも、蒸気を吐くロボットが闊歩する、スチームパンク世界ではないだろう。
どのみち、街に着けば詳しい文化レベルが分かるため、九郎は考察を切り上げ本題に入った。
「それで、君達にはステータスという物があるそうですが?」
訊ねると、ファムは頷いてから不思議そうに首を傾げた。
「うん。けど、九郎は何でステータスが無いの?」
「こちらからすれば、何でステータスなんて物があるのかと言いたいですね」
空気や重力もあり、地球とまるで同じ環境でありながら、一つだけ決定的に違う要素――
その辺の虫や樹木さえ持っている物を、この青年だけが持っていない事が、ファムには不思議でたまらず、九郎には持っている彼女達が奇怪でならない。
「それ、僕に見せる事は可能ですか?」
「……九郎って、本当に異世界人なんだね」
この世界の人間にしてみれば、ステータスの確認方法は誰もが生まれた時から知っている、呼吸と同じくらい自然な動作。
それが出来ないという事に、改めて彼の異常性を理解しながら、ファムは求めに応じた。
「ステータス・オープン!」
彼女が叫ぶと、どこからともなく現れた光が、空中に文字と数字を描く。
探検家ファム LV:12
HP:103
MP:148
筋力:49
耐久:50
敏捷:78
器用さ:92
魔力:72
【スキル】
レンジャー:LV1、治癒魔術:LV1
「これがステータスですか」
九郎は現れた数字をじっくりと観察し、三つの点に気付く。
まず一つは、ファムが筋力に欠けるものの、素早さと魔法に関しては優れている事。そして二つ目は――
「10進法か」
「10進法?」
思わず丁寧語を忘れた九郎の呟きに、ファムは何故か不思議そうに首を傾げた。
「0から9までの数字を用いて、桁が上がったら10になるという数の表現方法ですよ」
「それがどうかしたの?」
当たり前の事だろうと、頭上に疑問符を浮かべるファムは、事の重大さを分かっていなかった。
(2進法や16進法を知らない? 数字は10進法しかないと、それが当然だと思い込んでいるのか。これは……)
嫌な悪寒を覚えながらも、九郎は三つ目の疑問点を告げる。
「それと、どうして日本語とアラビア数字を用いているのですか?」
「はい?」
言われた意味が分からず、ファムはまたしても首を傾げる。
それだけで、九郎は全てを察した。
「失礼、忘れてください」
そう質問を撤回しながらも、彼の眉間には深いシワが刻まれていた。
(この世界の言語が、漢字とひらがなを使った日本語で、数値はアラビア数字で現されている。それが意味する所は……)
深く考えるまでもなく、一つの答えに辿り着いて、九郎は溜息を吐いた。
「……悪趣味な」
「さっきから具合でも悪いの?」
「いえ、大丈夫です」
心配して顔を覗き込んでくるファムに、九郎は眉間のシワを消して笑って見せた。
すると、彼女は安渡して胸を撫で下ろし、今度は逆に質問をしてきた。
「ところで、九郎がさっき使ったあのスキルは、いったい何だったの?」
「スキル?」
「ゲグルの『レイジング・スラッシュ』を簡単に防ぐなんて、凄いスキルだよっ!」
興奮して頬を赤らめながら褒めてくるファムを見て、九郎はむず痒さを隠すように眼鏡を弄る。
「封剣式の事でしょうか。褒められるほど大層な技ではありませんが」
「でも、レベル22剣士の剣術:LV3の技を、あんな短い棒で止めるなんて、レベル30以上の達人でも難しいはずだよ!」
「いえ、本当に大した技ではないのです。何せ未完成ですから」
凄さを数値で語るファムに、何とも違和感を感じつつ、九郎は封剣式の術利を説明した。
「あれは『生涯、敗北を求め続けた』という、僕の師匠から教わった技でして、この世に存在するあらゆる剣技を封じる事が可能なんです」
剣という武器はその細長い形状から、先端が一番速くなって力も集まり、逆に根元は遅く力が入らない。
また、敵に当たる瞬間に最も速く強くなるように振るため、当たる瞬間を一秒でも遅く、または早くしてしまえば、威力は大きく減衰する。
「つまり、当たる場所をずらし、タイミングもずらせば、ほんの少ない力でも強力な斬撃を止められるですよ」
九郎はさも簡単そうに告げるが、実戦の中でそれを実行するのがどれほど困難な事か。
相手の構えから剣の軌道を読み、相手の呼吸から斬りかかってくる機を読み、決してフェイントに惑わされず、相手の後に動きながら、俊敏に最も弱いポイントを押さえる。
あらゆる剣術に精通した知識と、膨大な稽古と実戦によって培われた経験、常人を超えた反射神経と集中力。
第二秘剣・封剣式とは、そのどれが欠けても繰り出せない絶技なのである。
それでも、九郎が大した事がないと言うのは、嫌味や謙遜ではなく理由があった。
「本当は相手の剣技を破壊し尽くして、心の芯まで完膚に叩きのめす、そんな強力かつ恐ろしい技なのです。ただ、僕は才能が無くてせいぜい封じるのが限界だったから、それで封剣式と呼んでいるのです」
「はぁ……」
説明を聞いても全く理解できず、ファムは曖昧な返事をするが、それでも分かった事が一つだけあった。
(そのお師匠さんが異常すぎるだけで、九郎も十分天才だと思うんだけどな……)
実際、九郎は一億人に一人の才能を持っていたが、彼の師匠は一兆人に一人生まれるかも分からない、世界の
もちろん、ファムはそんな事実を知らないので、異世界人は誰もがこんなに強いのだろうかと、つい怖い想像をしてしまう。
「それで、封剣式って剣術レベルいくつで覚えられるの? ……あれっ? ステータスが無いならスキルも無いんだし、どうやって覚えたの?」
「……なるほど、異世界ですね」
混乱して頭を抱え込むファムの姿に、九郎はまたしても文化の違いを実感する。
そうして、あれこれと話しながら森を抜け、街道を一時間ほど歩いた所で、視界の先に石造りの街並みが見えてきた。
「あれがこの辺で一番大きな街、スタレットだよ」
無事に帰りつけて良かったと、ファムはほっと胸を撫で下ろす。
九郎も僅かに安堵しながらも、警戒を怠らず異世界の街に近付いていった。
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