第3話 スキルVS秘剣
まだ笑いが納まらないニヤケ顔で、こちらに剣を向けてくる男達を前に、九郎は冷静に現状を分析していた。
(レベルとかスキルとか、まるでゲームのような事を口にしていたな)
一時間前の彼ならば、男達の頭を疑って救急車を呼んでいたところだが、今は自称神様の手で異世界に送られるなんて不思議体験をしたばかりである。
(そういう物が存在する世界、という事か)
ちらりと背後を窺い、半ズボン姿のいかにも元気そうな少女を見詰める。
彼女の瞳には感謝の色と共に、理解不能な存在に向ける困惑、そして抑えきれない好奇心が浮かんでいた。
この世界の住人にしてみれば、ステータスとやらはあって当たり前のモノであり、それがない九郎はまるでUMAのような珍生物に映るのだろう。
(しかし、彼らはあまりにも無警戒すぎる)
視線を前に戻し、ステータスが存在しない九郎を嘲り、すっかり気を抜いてしまっている二人の男達を見る。
(仲間が一人やられているのだから、こちらの力量は察したはずだが……)
なのに、逃げるどころか余裕の笑みを浮かべているのは、それだけステータスとやらがこの異世界に根付いている証拠だろう。
レベルや能力値が高ければ強く、スキルを持っている行動が得意。
今までずっと目に見えるステータスで強さを測ってきたから、姿や立ち振る舞いがどんなに強そうでも、ステータスの数値が低ければ弱いと思い込む。
(なるほど、確かに異世界だ)
常識の違いをまざまざと見せつけられ、九郎は納得して眼鏡を指で押し上げた。
そんな無言で考え込んでいた彼の姿を、怖気づいたとでも誤解したのか、男達のリーダーらしき剣士が勇ましく前に出てくる。
「くくっ、マジで笑わせて貰ったぜ。お礼にせいぜい苦しまないように殺してやるよっ!」
剣を大きく振りかぶり、渾身の力で振り下ろす。
九郎は知るよしもないが、リーダーの剣士ことゲグルのレベルは22と、中堅上位の冒険者であり、剣術:LV3のスキルによる鋭いその斬撃は、
「危ないっ!」
背後の少女ことファムが悲鳴を上げるが遅すぎた。
ゲグルの剣は九郎の左肩に叩きこまれ――学ランの線維一本すら斬り裂けずに止まった。
「……へっ?」
「……えっ?」
信じられない現実を前にして、ゲグルと仲間の魔術師、そしてファムの口から間抜けな声が漏れる。
「ど、どうなってやがるっ!? 何でレベルも無え雑魚に、俺の攻撃が効かねえんだっ!?」
狼狽して後ずさるゲグルに、九郎は少し考えてから答えた。
「硬気功を使っただけですが」
気功――体内を流れる神秘の生命エネルギー。
それによって自らの体だけでなく、身にまとった衣服までも、金剛石のごとく硬化させる技術。
彼の居た地球でも使い手があまりに少なく、一般的にはインチキ扱いされているという事を除けば、実に単純明快な説明であろう。
しかし、それを聞いたゲグルは、より混乱して取り乱すだけであった。
「コウキコウだと、そんなスキルは聞いた事もねえぞっ!?」
「……そうですか、こちらの世界に気功はないですか」
地球と同じように世間に知られていないだけなのか、それとも気功というエネルギー自体が存在しないのか。
どちらにせよ、ゲグルの態度から気功が一般的ではないという情報を得て、九郎は満足そうに頷いた。
そんな余裕たっぷりの彼を見て、魔術師の男が遅まきながら危機感を抱く。
「兄貴、こいつやばい奴なんじゃ……」
逃げようと裾を引っ張るが、ゲグルはその手を乱暴に振り払った。
「ふざけんじゃねえっ! こんなステータスもスキルも皆無の雑魚に、俺が負けるものかっ!」
目の前で起きた現実よりも、目に映る能力値だけを妄信して、ゲグルは再び剣を構える。
「ザーク、弱音を吐いてねえで強化をかけろ!」
「お、おう、『腕力強化』『敏捷強化』『器用さ強化』っ!」
魔術師が杖を構えて何やら単語を叫ぶ。
その度にゲグルの体が光に包まれ、能力値が上昇していったのだが、ステータスが見えない九郎には全く分からない。
ただ、相手の力が増した事は、肌を通して敏感に感じ取っていた。
「ザークの魔法で限界までステータスを強化した上で、剣術:スキルLV3に到達した者だけが覚える必殺技を放つ。これを止められた奴は今だ一人もいねえ」
「そうですか」
自ら技を解説するなんていう、いかにも三流な真似をするゲグルを見ながら、九郎は念のため胸ポケットに差していたボールペンを右手に握った。
「はっ、そんな短い棒切れで何ができる!」
喋るごとに三下化していく事にも気付かず、ゲグルは渾身の力で技を放った。
「死ね、『レイジング・スラッシュ』ッ!」
剣が赤く光り輝きながら、腕力だけでは明らかに不可能な異常加速を遂げる。
それはゴブリンどころか
だが、九郎は硬気功で強化したボールペンを構え――
第二秘剣・封剣式
ただ静かに、迫る剣の根元を押さえて受け止めた。
「……はぁ?」
無敵の必殺技が、あっさりと破られた。
信じられぬ光景を前に、呆気に取られて固まるすゲグルに向けて、九郎は淡々と問いかける。
「気は済みましたか?」
「う、うおぉぉーっ! 『レイジング・スラッシュ』、『ダブル・スラッシュ』、『クロス・スラッシュ』っ!」
背中に走る恐怖から逃れるように、ゲグルは己の持てる技の限りを、がむしゃらに繰り出した。
どれもが並みのモンスターや冒険者なら歯が立たない必殺技であったが、九郎はその全てを淡々と、最小の力と動きで受け止めるのであった。
「な、何で俺の剣が効かねえっ!? どんなスキルを使いやがったんだっ!?」
悲鳴を上げて後ずさるゲグルに、九郎は呆れ果てた顔を向ける。
「説明してやる義理はありません」
異世界人の反応を探る目的がなければ、硬気功の事とて口にはしなかっただろう。
九郎は冷ややかな無表情で、ボールペンの先をゲグルの喉元に向けた。
「まだやりますか?」
「くっ……くそがぁぁぁ―――っ!」
レベルが無いと馬鹿にしていた者に、己の必殺技を破られ見下される。
その屈辱にゲグルは憤怒の表情を浮かべながらも、後ずさって仲間の魔術師を叩いた。
「ザークっ!」
「あぁ、『閃光』っ!」
魔術師が叫んだ瞬間、杖の先から眩い光がほとばしった。
「うわっ!」
まともに光を直視してしまったファムが悲鳴を上げるなか、九郎は素早く腕で目元を庇っていた。
そして、耳で音を、肌で空気の流れを鋭敏に感じ取り、視覚に頼らず敵の動きを探る。
(……逃げていくか)
ゲグル達は背中を向けて駆け出し、まだ気絶していた戦士を回収しながら、どんどん遠ざかっていく。
彼の足なら追いついて捕らえるのは容易いが、異世界の法律や習慣も分からぬ状況で、これ以上の面倒ごとは抱えたくはなかった。
九郎は逃げていく男達を放置して、背後の少女に手を差し伸べる。
「さて、落ち着いたところで質問をしてもいいですか」
「な、何かな?」
手を借りて立ち上がりながら、ファムは今さらながら身を強張らせた。
助けてくれた事から悪人とは思えないが、この青年がステータスのない正体不明な存在には変わりない。
いったい何を要求されるのかと、緊張しながらも好奇心の光を絶やさぬ彼女に、九郎は淡々と告げた。
「一番近い人里を教えて下さい」
「えっ?」
「最初に言ったでしょう、通りすがりの迷子だと」
「あ、うん、そうだったね」
嘘でも冗談でもなく、ただ真面目に答える九郎を見て、ファムは拍子抜けしたような安堵したような、何とも曖昧な笑みを浮かべるのであった。
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