9
蘭子も呆れたように、大きなため息を吐くと席を立った。
この家の実権を握っているのは長女の蘭子だ。
ままではマジでヤバイ。
「蘭子さんすぐに珈琲をお持ちします」
「今日はもう結構よ。明日からはいつもどおり、珈琲とフルーツだけにして下さい。余計な事はしなくていいの。大体……男性の家政夫だなんて、この屋敷に必要ないのだから」
「蘭子さん、このお屋敷に男性は必要ですよ。防犯カメラだけでは無用心です。こんなに広いお屋敷に警備員も配置せず、執事もメイドも雇わないなんて、本当に危険極まりない。木村さんから一ヶ月分のお家賃を頂いていますから、木村さんはここに住む権利があるんですよ」
「お家賃!?菊さん、住み込みの家政夫さんからお家賃を貰ったの?」
「はい。ですから、今までみたいにすぐに追い出すことは出来ませんからね。最低でも一ヶ月はここで働いて貰います」
「……家政夫さんからお家賃を受け取るなんて、信じられない。でも菊さんがそうすると言うのなら、仕方がないわね」
蘭子はそう言い残すと、ツンと鼻を天井に向けダイニングルームを出る。
お嬢様達が、誰一人菊さんに逆らえない?
この菊さんって、一体何者なんだ!?
「木村さん、早くお座りなさい」
菊さんに促され、椅子に座り朝食を食べる。ダイニングルームに残っているのは、向日葵と菊さんだけ。
蘭子と百合子に嫌われた俺は、向日葵に取り入るしかないのか……。
「向日葵さん、このハンバーグを入れて、お昼のお弁当を作りましょうか?」
「お弁当は……結構です。学園のカフェテリアで食べるので……」
「……ですよね」
「あら残念ね。木村さんのお料理はどれも絶品なのに。お弁当を持参されれば、お友達にもきっと好評ですよ」
「いえ……、友達はいないので結構です」
菊さんは苦笑いしながら、小さな溜息を吐く。友達がいないなんて、学校でも暗いのかな。
「それでは向日葵さんの好きなオレンジジュースを、お持ちしましょうね」
「……菊さん、俺が作ります」
「今日はいいのよ。座ってお食べなさい」
「すみません」
菊さんは椅子から立ち上がり、キッチンに入った。
俺は向日葵と二人きりになり、朝の無礼を詫びる。
「あの……今朝はすみませんでした。メイドだなんて失礼な事を言って」
「……いいの」
「お嬢様なのに、どうして掃除をしていたんですか?まさか、意地悪な姉にさせられているとか?」
「ち、違います。私は……蘭子姉さんや百合子姉さんとは違うから……」
「二人とは違う?」
「私は……」
向日葵が視線を伏せ唇をキュッと結んだ。
その唇は微かに震えている。
「向日葵さん、お待たせしました。オレンジジュースですよ」
「菊さん、いつもありがとうございます」
向日葵はグラスを持ち、ストローで一気に飲み干した。
「ご馳走様でした」
消え入りそうな声で、ペコンと頭を下げる。
「ほら、今朝は朝食を召し上がったから、いつもより大きな声がでましたね」
あれで、大きな声?
いつもは蚊の鳴くような声なのか?
確かに、廊下で逢った時は何を話しているのか聞き取れなかった。
「木村さん、今日はお仕事ですよね?」
「はい」
「向日葵さんも部活動で登校するのよ。木村さんも一緒に車に乗ってお行きなさい。運転手に会社まで送らせますよ」
「いえいえ……結構です。お嬢様とご一緒なんて……とんでもない!」
使用人の俺がお嬢様の車で出社なんて、恐れ多くて出来ないよ。そんなことをしたら、それこそ蘭子に即行クビにされる。
「遠慮しては損ですよ。ものはついでというでしょう。利用できるものは何でも利用しないと。向日葵さんいいですよね?」
「……菊さんが、そうしなさいと仰るのなら」
「はい、では決まり。木村さん、三十分後にお屋敷を出発ですからね。急いで片付けましょう」
菊さんは俺の腰をバンッと叩き、強引に話をつける。
「……はい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます