それからしばらくして、ダイニングルームのドアが開いた。コツコツと靴音がする。菊さんはダイニングルームに行き、お嬢様達を迎える。


 ダイニングルームに人の気配は感じるものの、キッチンからお嬢様達の姿は見えない。


「おはようございます」


「菊さん、おはようございます」


 菊さんの声と、美しい女性の声がした。

 声質も口調も昨夜の二人とは異なる。


「蘭子さん、新しい住み込みの家政夫さんをご紹介します。木村さんこちらへ」


 菊さんに呼ばれ、俺はダイニングルームに行く。大きなダイニングテーブルの右側に、一人の女性が座っていた。


 ひとつにキュッと束ねた髪、お嬢様というより、バリバリ仕事をこなすキャリアウーマンのようだ。


 メイクはナチュラル。知性を感じさせる凛とした眉と目。すっと通った鼻筋。形のいい薄い唇には控え目なピンク色の口紅。


 容姿端麗、知的で美しい女性。昨夜見た女性とは明らかに別人だ。


「おはようございます。木村太陽きむらたいようです。昨日からお世話になってます。会社員なので、朝食とお屋敷の掃除を担当させて頂きます」


「おはようございます。木村太陽たいようさん……、変わった名前ね。私は桜乃宮蘭子さくらのみやらんこ。この家の長女よ。菊さんから聞いてると思うけど、両親はもう亡くなっているから、何かわからないことがあれば、私か菊さんに聞いて下さい」


「はい」


 俺は彼女をマジマジと見つめる。

 ツンとすました態度、どう見ても俺にキスした女じゃないな。


 酒乱で、下品で、酔うと男を欲する。

 目の前にいる彼女とは、あまりにも違いすぎる。


 ダイニングルームのドアが再び開き、二人の女性が入って来た。


 一人はショートヘア。目鼻立ちはハッキリしていて、大きな二重の目が印象的だ。メイクはバッチリ、唇にはオレンジ色の口紅が艶々と輝いている。


 そして、その後ろから隠れるように入って来たのは……、さっき玄関フロアで掃除をしていた女の子だった。


 女の子はショートヘアの女性の後ろに隠れ、ずっと俯いたままだ。


「君はお嬢様の専属メイドなの?」


 俺は女の子に驚き、思わず声を掛けた。


「専属メイド?」


 ショートヘアの女性が、後ろを振り返る。

 女の子はピクンと肩を竦める。


「専属メイド?やだ、何とぼけてんの?この子は桜乃宮向日葵さくらのみやひまわり。この家の三女よ」


「えー!?彼女が向日葵お嬢様!?」


 大声を上げる俺に、ショートヘアの女性が軽蔑の眼差しで俺を睨んだ。外見は上品そうに見えるが、この声質と口調に聞き覚えがある。


 掃除をしていた女の子が三女の向日葵なら、彼女は二女の百合子ゆりこだ……。


「バカみたい。いいから早く珈琲出してよ」


「……あ、はい」


 俺を睨みつける憎らしい目……。

 暗がりでよく見えなかったが、俺に跳び蹴りをした女に違いない。


 あの乱暴者が、この桜乃宮家のお嬢様だなんて。


 ということは……。

 あのツンとすました長女が、やはり俺にキスをした酒乱女!?




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