lesson 1
太陽side
2
ー東京ー
多摩川沿いにあるボロアパート。
木造二階建ての古い住宅。外壁も傷みが激しく塗装もボロボロと崩れ落ち、木製のドアはノブを強く引っ張るだけで、ぶっ壊れそうだ。
ポンッと足で蹴とばせば、こんなドアはイチコロ。
ふざけて軽くドアを蹴とばすと、鍵を掛けていたはずのドアが開いた。ギィーと、悲鳴にも似た鈍い音をたてドアは全開となる。
「あーあーあー!?」
1DKしかない部屋。玄関から室内は一望出来る。
部屋の中は竜巻の被害にでもあったみたいに散乱していて、タンスの引き出しは抜かれ、擦り切れた畳の上にひっくり返っている。
しかも、畳の上には泥のついた靴跡……。
「ど、ど、泥棒!?」
俺の大事な全財産はどうなった!?
通帳、印鑑、キャッシュカード、現金!?
靴のまま部屋に駆け上がり、慌ててキッチンの流しの下にある物入れを開ける。俺の全財産はビニール袋に入れ、米びつの底に隠してあるんだ。
亡き祖母の知恵。
泥棒もまさか米びつの中にお宝が眠っているとは、気付くはずがない!
米びつの蓋を開け、両手を突っ込み米を掻き分け底を探る。だが、指先がお宝にぶち当たることはない。
「な、な、な、ナイッ!!」
俺のお宝がー……ない!?
すぐに携帯を取り出し、銀行のフリーダイヤルに電話をかけアナウンスに従い操作し、残高を調べる。焦る気持ちとは裏腹に、鼓膜には事務的なアナウンスが淡々と流れる。
『お客様の残高は三十円です』
「さ、三十円……!?そんなはずはない」
何度も、何度も、フリーダイヤルに電話をかけ直し確認するが、通帳残高が三十円を超すことはなかった。茫然自失のまま、ゴミ屋敷となった部屋にへたり込む。
俺の……
俺の全財産……。
コツコツ貯めたなけなしの二百万が……。
女を抱いている間に、忽然と消えて無くなった。
警察に通報しすぐに被害届を提出したが、ここ数カ月、この界隈で空き巣が多発しているらしく、全て未解決。俺の全財産がこの手に今すぐ戻ることは絶望的となった。
一夜にして、口座残高三十円。
財布の中には、一万五千円しか残ってはいない。
ーーこの日を境に、俺の……悲劇が始まった。
◇
空き巣に入られた翌日。
今日は皮肉なことに世界中の人々が浮かれるクリスマスだ。
サンタクロースからプレゼントを貰えないどころか、空き巣に全財産を盗まれた俺は、このままでは来月の家賃も支払う事が出来ない。
定職にはついているが、空き巣に通帳を盗まれた日が、不運にも給料日直後だったため、次の給料が入るのは約一ヶ月も先だ。
「あー……何てことだ!」
こんな時、頼りになる親や兄弟がいたら助けて貰えるのに、俺にはそんな家族もいない。
「会社に内緒で、こっそりバイトでもするかな……」
有給休暇を取っていた俺は、意を決し錆び付いた自転車でハローワークに向かう。
交通費を節約するため自転車をこぎハローワークに行ってはみたけれど、正社員雇用が難しいご時世、ひだまり印刷会社を退職する勇気もなく、仕事を掛け持ちするためには、やはり夜間のアルバイトしか出来ないとの結論に至る。
「水商売はマズイよな。毎朝酒の臭いをプンプンさせ出勤するなんて、即、会社にばれちまう。だとしたら交通整備の旗振りか、工事現場しかねぇな……」
条件が合いそうな求人票を数枚コピーし、取り敢えずハローワークを出た。ハローワークから家までの距離を、重い気分をズルズル引きずりながらペダルをこぐ。大した収穫もなく、まじ最悪だよ。
少しでも近道をしようと、路地に入り自転車を走らせる。いつの間にか道を誤り田園調布の高級住宅街に迷い込んだようだ。
俺のボロアパートとは比較にならないほどの豪邸が立ち並ぶ高級住宅街に、一際目を引く白亜の大豪邸を見つけた。それは広大な敷地に建ち、まるで西洋の城を思わせるような立派な建物だった。
何百坪あるのか見当もつかない広大な敷地は、白いフェンスでぐるりと囲まれ、至る所に防犯カメラが設置されている。
敷地にそびえ立つ庭木まで、セレブを強調し空に向け威張りくさって立っている。
フェンスから敷地を覗くと、庭には青々とした芝が植えられ、カラフルで美しい花々が咲き乱れ、イギリスの庭園を思わせる洋風ガーデン。
俺は思わず自転車を止め、その豪邸を食い入るように見つめた。
「世の中は不公平だよな。俺みたいな貧乏人と、超セレブな人間。このお屋敷に一体どんなヤツが住んでんだよ」
ふと、視線を移した先に一枚の貼り紙が見えた。その紙は、『おいで、おいで』と手招きするようにピラピラと風に揺れていた。
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