03-14
急く心。はやる気持ち。足がどんなに早く動こうとも約束の時間まではまだ時間がある。帰って着替えてぐらいがちょうど良い。
部屋に入ると、鍵を閉めて、大きく息を吐く。緊張しているのがわかる。ここで、問題なければ、決めた日に役所に駆け込むだけだ。
るみTとパンツ以外を脱ぎ、壁に掛けてあるハンガーに学ランを掛けた。いつもより足早に歩いたせいで家に早めについてしまったので、微妙に時間が余る結果になった。
だが、家で落ち着いているほどの時間もなく、そういう気分でもない。中途半端だが、家を出ることにした。
最寄りの地下鉄に乗って、美作駅に向かった。途中で特にトラブルもなく、自分のしようとしている目的に対し、あまりにあっけなく物事が進んでいるので逆に不安を抱える形になった。
時間まで、まだ二十分ある。嘉寿は、駅の中にある本屋に入り、週刊のマンガを手にとってぺらぺらとページをめくる。内容が全くと言っていいほど、頭に入ってこない。気持ちが全然別のところに行っているからだ。そんなの考えなくても感じている。
なので、週刊誌を元の位置に戻すと、本屋の中をぶらついた。マンガのコーナーを見て歩き、小説コーナーも見て回る。ラノベのコーナーにもさりげに目を配るが、手に取ったりしない。したいとも思わない。
今思えば、るみなの本を手にしたときは、周りなど気にせずレジに行ったのだった。友達の誰かがいてもおかしくない本屋だった。もっと、家に近い本屋を利用するとか、ネットを利用するとか手段はもっとあったはずだ。それだけ、冷静さを欠いていたということなのだろう。
携帯電話で時間の確認をする。さっき見てから三分しか経っていない。遅々として時間が進まない。
手にした外国の作家によるわかりやすい哲学書の本をぺらぺらめくりながら考えていた。この本は、今でもなお本屋に並んでいるのがすごい。流行ったのは十年くらい前だった気がする。小さかったので良く覚えてないが。
そうして、一文字も頭に入らない状態でようやく約束の五分前になった。嘉寿は、待ち合わせは五分前行動を旨としているので、足早に本屋を後にした。
向こうも同じ主義なのか、もうすでに待ち合わせ場所にはコーイチがいた。
「こんにちは」
嘉寿は、どきどきしながらコーイチに挨拶をした。
「ああ、こんにちは」
コーイチは、人なつっこい笑みを見せた。
「あ、あの、いきなりのお話にも関わらず、今日は来ていただいて、ありがとうございます」
普段はこんなことないのだが、緊張しすぎて口が上手くまわらない。
「いえいえ、気にしないでください」
「どこに行きましょう?」
「そうですね、コーヒー大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「じゃあ、スタバでいいですか?」
「大丈夫です」
二人は、駅の中にあるスタバに向かって歩きだした。嘉寿は、なにから聞くべきか考えはじめていた。あれか、これか。そのために、会話はほとんどない。
スタバに着くと、嘉寿はフラペチーノを、コーイチはドリップのアイスを注文した。嘉寿はブラックコーヒーは苦手だった。
席は運良く空いていて、そこに腰掛ける。
「あの、結婚おめでとうございます」
嘉寿がそう切り出した。
「ありがとう」
コーイチは新婚特有の幸せそうな笑顔をした。
「あの、結婚についていろいろ聞きたいんですけど……」
「わかる範囲でなら答えるから、とりあえず聞いてみてください」
「あの、結婚したら生じるデメリットについて聞きたいんですけど」
「うーん、デメリットですか。そういうのを気にしているうちはしない方が良いと思いますよ」
ごもっともだ。だけど、聞きたいことは違う。
「えっと、言葉が悪かったです。結婚したら、その、なんかの書類が送られてくるとか、とにかく家族にばれるようなことってないですか?」
「ああ、そういうことが聞きたかったんですか。もしかして、その歳で結婚とか考えるんですか?」
「え、ええ。まあ」
嘘はつかない方が良いと判断したので、中途半端に頷いておく。
コーイチは少し考えて、口を開く。
「結婚すると、二次元配偶者義務というものが生じて、納税しなくちゃいけなくなります」
「え? 人間同士ならそんなのないですよね?」
「たぶん。なにせ人間とは結婚したことはないですから。すいません」
「その納税義務って所得に関係してとかじゃないんですか?」
所得に関係していれば、所得ゼロの自分は対象外になる。
「ええ、そうですが、数年の納税勧告書みたいのが行くらしいです」
「え? 税って申告制だからそういうのってこないんじゃないんですか?」
「僕もそう思っていったんですが、新制度だから手引きみたいのを送るって言ってました。それに、未成年の結婚についても親に黙ってというのを防ぐために、二十歳までは確認書を送るとか言ってました」
マジで? 余計なことを。意識が少し遠くなる気がした。たぶん、これを絶望感というのだろう。体中の力が抜けていく。書類も偽造して、目の前にるみなが待っているのに、手を伸ばせばそこにいるのに、それが無理だとわかってしまった。
この歳になるまで二年待った。早く十八歳になれとずっと思っていた。それがこんな形で挫けるとは。
「っていうか、それなんなんですか? 控除になるって言うならわかるんですけど」
だが、もう少し話を聞いてみることにする。丹田に力を込める。
「ええ、それを納めていると、嫁グッズに関しての控除申告ができて、一部還付されます。それにしても良くできますよね。これで、にじこん登録に関してもお金を企業は納めているって言うんですから」
つまり、売り手からキャラの登録料をせしめ、婚姻者からも税を取る。そして、グッズを経費と同じように扱えるということだ。金がまわるようにできている。
「そうなんですか……」
そうつぶやきながら、いろんなことを考えていた。住所を姉のところに移動し、そっちで受け取れるようにする。住民票の移動は親にばれずにできるだろうか。難しいだろう。それに確認書ってなんだよ。
そして、絶望的なのは来年からも自宅から通学したいと言ってしまったこと。でも、これは、志望大学を変えれば問題はないだろう。でも、確認書。
嘉寿のところに来る郵便物だけ局留めにしてしまう。だが、国からの郵便物を局留めにできるのだろうか。やっぱり立ち塞がる確認書。
「大丈夫ですか?」
後二年。成人するまでの期間。今までの二年間が長かったのを思うと、この先の二年も長いだろう。暗たんたる思いだ。
「す、すいません。あまりにショックだったもので……」
でも、今日、この話を聞けたのは幸運だった。もし知らずに、書類を出していたら親元にとんでもない書類が行くところだった。
「でも、ファインディアでも書いてましたけど、結婚ってそんなに軽いことじゃないですから、もっと時間をかけてもいと思います」
「……はい」
それ以外の言葉はなかった。
「あの、これで失礼しますね。今日はありがとうございました」
それだけ告げて嘉寿は席を立った。
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