03-7

 泣くのを我慢していた空が泣き出した。それは昼休みの出来事だ。のんきに、親が作ってくれた弁当を広げて友達と食事をしていたときのことだった。

 ぽつりぽつりと落ちてきて、豪雨というわけではないがコンスタントに降りしきっている。友人たちも「マジかー」「傘ねえよぉ」「放課後までに止め!」「いや、止む。止まないと俺が困るからだ」などと好き勝手言っていた。

 だけど、それはまだ昼休みで実害を被らないから言える冗談だ。その雨は午後の授業中は止んでいたのに、授業が終わると思い出したようにさめざめとし始めた。少し小振りになった、かもしれない。でも、家に帰るまでは濡れるのを覚悟しなくてはいけない量だ。

 今日、用事のあるやつらは悪態をつきながら、その悲しみの中に身を投じた。そうでないやつらは、また機嫌が良くなるのを待って教室でだべっていた。

 それは、なにも嘉寿のグループだけではなかった。教室の隅っこでは、裕哉たちがいつも通り狩りに勤しんでいた。

 女子はグループを作り、それらの対立が激しいとか人間関係シビアな話を聞かされるが、それはなにも女子に限ったことではない。男子だって、仲の良いやつらは集まり、仲の悪いやつらは口も利かない。まあ、だけど、男子は友人関係はさばさばしているやつが多いから、結構出入りは簡単な気がする。

 恋愛については男の方が女々しいといわれるのは納得する。周りを見ていればそうだ。反論の余地はない。未練がましく追いすがるのは男の方だと思う。

 女の恋愛は上書き、男の恋愛は新規作成。パソコン用語で表わした男女の恋愛観の違いだそうだ。

 そういう意味で、本当に仲が悪くなったときは結構どろどろするものだ。そんなのに男女は関係ないんじゃないかと思う。

 そんなことを考えていたところ、嘉寿の友人が突発的にこれ見よがしに言った。昨日、彼女を待っていた友人だ。

「あーあ。外が雨でうつなのに、こっちにはきのこが生えそうな連中がいて余計気が滅入るぜ」

 裕哉たちにも聞こえていたはずだ。だが、彼らは反応を示さない。そういう意味で大人だ。

「おい、言い過ぎだろう?」

 大人になれなかったのは、嘉寿だった。いや、大人だから仲間を叱ることが出来たのかもしれない。

「なんだよ、桜井はオタクかばうのか?」

「おい、どうしたよ? なんでそんなに当たるようなこと言うんだ?」

 いつもは大人しい友人の暴言にいささか戸惑う嘉寿。

 周りは、なにかを知っているのか苦笑いをしているだけだ。うろたえているのは嘉寿のみ。

 すぐ隣にいる友人に聞いてみようにも自分で聞けという顔をしている。

「まさか、ケンカしたとかか?」

「そうだよ。アニキから借りたパソゲーやってるのばれたら、オタク扱いでキモイだとよ。あいつらとは違うって言うのによ」

 嘉寿は、ちらりと裕哉の方を見るが反応はない。いや、いつもと違って無言になっている。それが反応と言えば反応だ。

「おい、おまえ超かっこ悪いぞ。あいつらは関係ないだろう?」

「うぜえんだよ。なんで、そんなにかばうんだよ? キモイやつをキモイと呼んでなにが悪い?」

 かっと頭に血が上るのがわかった。他のオタクどもは知ったことではないが、裕哉のことをよく知らないやつに馬鹿にされるのは癪にさわる。

 もしかしたら、つかみかかっていたかもしれない。だけど、それは裕哉が音を立てて席を立ったことで中断された。

「ごめん。俺らがここでゲームしてたのがそんなに目障りだったんだ。別のところに行くから、桜井くんもそんなにかっかしないで」

 そういうと、仲間内に声をかけて教室から出て行った。

「ああ、せいせいした」

 その一言に本当に切れそうになるが、今、裕哉が身を挺したのが無駄になるので我慢する。桜井 嘉寿は我慢強い方なのだ。

 だけど、しっかり言っといた方が良くないだろうか。でも、言われた裕哉本人は避けるようにしていた。ならばそれに倣うべきだろう。

 だが、いらいらした気分は落ち着くことなく。ここにいたら、裕哉の我慢を無駄にする気がしたので帰ることにした。濡れたって知るものか。

 そんな嘉寿にさっきの友人は絡んでくる。他のやつらも、さっきの嘉寿の言動に興味があるようだ。

 嘉寿は、そんな連中にどう答えるか悩んだ。正直に言うか、もっともらしい常識を口にするか。正直に言うのは幼なじみであることを告げるだけ。常識は、自分の不機嫌を人に当たるのは人としてどうかと言う。

 だけど、嘉寿はどちらも選ばず鞄を手に取った。雨? 知ったことか。今この場にいるよりもずっとマシだ。

 雨の中を、鞄を庇に走った。だけど、どんなに急いだって、家までは二十分はかかる。息は切れて、すっかり濡れ鼠になって家に着いた。水もしたたるなんとか。そう思って、自嘲する。

 今日は母親は、土曜日の振り替えとやらで休みらしい。家に着くと、驚いた顔で向かえてくれた。

「あらあら、びしょ濡れじゃない。今タオル持ってくるから」

 そういって、奥に入っていく。靴下までびしょびしょなのだ。家には安易に上がれず、タオルを待った。

 そして、タオルを受動的に待つこと三十秒。その間に本当は、嘉寿は家に上がらねばならなかった。靴下まで濡れる、それは、下着も言うに及ばすの状況だ。

 そう、ここで、学ランを脱ぐと、シャツの下に着ているるみながシャツに張り付いて衆目にさらされることになるのだ。そのことに気がついたが、ときすでに遅しとなっていた。

 母親がタオルを持って戻ってきてしまった。

「さあ、嘉寿くん。これで頭拭いて。それから学ランを渡して、乾かすから」

 ここで素直に渡すわけにはいかない。嘉寿の人生がかかっている。とりあえず、タオルは受け取る。それで、一心不乱に頭を拭きまわす。

「あ、ちょっと待ってね。急いで帰ってきたのには訳があって」

 少し大げさに「あ」といって、学ランの上着の水を弾き落とし、靴下を脱ぐと部屋に駆け込んだ。最近例を見ないほどの力技。今は、頭が真っ白で考えることができなかったからだ。

「風邪引き直すわよー」

 という声が階段の下から聞こえてきた。

 すぐさま、学ランの上下を脱ぎ、シャツとるみTを脱いだ。本当に風邪を引きそうだと思った。また、あの危機的状態に陥るのはごめんこうむりたい。

 るみTさえ脱げば怖いものなどない。嘉寿は急いで学ランを抱え、シャワーに走った。

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