01-13

 この状態の自分を健康である、とはどうしたって言うことができそうにない。なんか、ぼぅっとするし、人の、友人や先生の言っている言葉を理解できない。

 喉は、つばを飲み込むのでさえ困難な状態になってきた。心なしか頭も痛いし、呼吸も荒い。

 そして、なにより気持ちが悪い。たった一口のはらすにここまで祟られる意味が分からない。嘉寿の先祖はなにかはらすにしたのだろうか。

 そして、一時間目が終了した。もう、なんの授業をしていたかも定かではない。教師の顔と名前は認識しているが、教科と結びつかない。

 ノートもミミズがのたうっているようなありさまだ。

 それを、友人が見咎めた。

「おい、桜井、顔真っ赤だぞ? 大丈夫か?」

「大丈夫」

 大丈夫と聞かれたら、大丈夫と返すのは反射みたいなものだ。

「おまえ、保健室行ってこいよ。立てるかって、うわ熱っ」

 頭ががんがんするから、あまり話しかけないで欲しい。だが、心配してくれる友達に、そう言って良い悪いの前に口を開くのもおっくうになっていた。

「おい、そっち持て」

 今、親切に保健室に行ってこいと言った友人は、他のやつに声をかけ、嘉寿を無理矢理立たせるとそのまま担いで行く。

 保健室に到着した嘉寿は、もうろうとしたまま、ベッドに寝かされた。保健の先生が熱を計ってくれた。

 八度七分。ほらな、計ったら負けだったんだよ。そんなことを上の空で思った。

「今日は、帰りなさい」

 保健の先生はそう言った。

「はい」

 意味も咀嚼する前に頷いていた。

「家の人は、ご在宅?」

「仕事です」

「家には入れるの?」

「はい」

「じゃあ、送るわ」

「はい」

 そういったまま、座って呆然としている嘉寿。さらに保健の先生は尋ねる。

「教室に行って帰り支度をしてこれる?」

 はい、とだけ答えて動かなかった。

 随伴してきた友達に向かって、お願いできるかしらと聞く。嘉寿を連れてきてくれた友達は快諾して鞄を取りに行ってくれた。

 その後は記憶が定かではない。車に揺られていたような気もするし、家の鍵を開けた気もする。

 だが、気がつけば家のベットの中。取りあえず、着替えはしたらしく、制服ではない。

「おはようさん」

 そして、ゲームをしてる裕哉。いつもの光景。安寧の中、意識をもう一度手放そうとして――

「うわぁあぁぁあぁあ! おま、おまえ! ここでなにしてやがる!」

 ベッドから飛び上がらんばかりの勢いだ。もう、吼えてると言っても過言ではない。

「ああ、あんまり病人が大きな声をださんほうがええんちゃう?」

 一瞬目眩を覚えるが、この状況ほどじゃない。

 この状況――裕哉が、自分以外が自分の部屋の中にいる。頭の回転が追いつかない。

 細心の注意を払って生きてきたのに、この状況、この結果はなんだ?

「おまえ、どうやって入った?」

 健康なら掴みかかっていただろう場面だ。

「どうやってもなにも、普通に玄関から入ってきたで。安心しい。おばさんはまだ帰ってきてへんよ」

「はああぁぁ」

 大きなため息をつく。最悪の事態は回避しているようだ。

「でっかいため息やな。そんなにここを見られんのが嫌か?」

「いいような部屋に見えるか?」

「まあ、オタクでも正直ありえへんと思える部屋ではあるなぁ」

「ぐ」

 一面るみな。壁、天井、本棚、机、パソコン、写真立て、抱き枕、さらには嘉寿の着ているTシャツ。どこを向いてもるみなが目に入る。

「そのシャツのことを隠したくて、鋼鉄の制服なんてやってたんか?」

「い、いいだろ。そんなのオレの勝手だろ!」

「まあ、そういきり立ったらあかん。別に、わいはせめてへんよ?」

 確かに、ばつが悪くて嘉寿が勝手に防衛線を張っている状態である。それくらいは、熱に浮かされた頭でもわかる。

 ここで、ようやく頭に張られた冷たい感触に気付く。冷えびた、だ。

「これ、おまえが?」

「なんや熱は闇雲に下げるもんやないって聞いたけど、でも苦しいやろ思ってな」

「おまえは、なんでここでゲームをしてるんだ?」

 意図ある問い。前の質問と関係ないように見えて実は深い関わりのある言葉。

「あったりまえやないか。鍵しめた状態でどうやって出えちゅうねん」

 つまりは、この二年間冷たくしてきた嘉寿に冷えびたを張り、聖域を守ってくれていたのだ。

「ゆう、オレは……」

 謝らねば。

「ええねん。辛気くさいんは。わいとおまえの仲やろ? それに、そんなことに気ぃ回している暇あったら、病気を治したらええねん」

「……そうか。そうだな。だけど、ゆう。これだけは言っとくぞ」

「なんや?」

「おまえと、オタクと一緒にすんな」

 笑顔。喜色満面とはこのことだろう。見事な笑顔でばっさりと切り捨てた。


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