第3話 希望、絶望
その時間のニュース番組はほとんど同じ会見の生中継をしていた。
「えー、以前実施を決定した尊厳死案ですが、明日より順次送付することが決定致しました。送付は東京都から順に送付される予定になっており、現在各地に届く明確な日程は決まっておりません。次に・・・・・・・・・・・・・・」
ついに始まった。
始まってしまったんだ。
僕らの抱いていた淡い期待は粉々に砕かれ、無残に散っていった。
ニュース番組は家族で見ていて、誰も言葉を発することがなかった。
その夜、テレビは通常の予定を変更し、しばらく尊厳死案に関しての特別番組が放送されていた。その特番ではこの決定に怒号を飛ばし続ける人、冷静に現在状況を分析し続ける人、その出演者の姿は様々で、それを見て改めて日本中が巻き込まれているんだと理解した。
その日の僕の気持ちは、いや、わざわざ言うまでもないだろう。
ずっと疑い続け、そして希望を信じ続けていたんだ。
言葉を発する余裕もなく、いつもよりずっと早く床に就いた。
翌日の朝のニュース番組で、初めてアカガミが届けられたのは都内に住む70歳ほどのおじいさんだったという報道があった。画面には報道陣に囲まれたおじいさんの姿が映っていた。意外なことにそのおじいさんの表情は穏やかなもので「自分の命が未来のある若者の命の代わりになれるならそれは願ってもないことだ」そんなことを言っていた気がする。
本当にこれが死を目の前にした人の姿かと、目を疑った。
そして同時に悲しくなった。
自分が唐突に、理不尽に殺されしまう、しかもそれを見世物のように取り扱かわれているというのに、そんな状況でも見ず知らずの他人の幸福を願えるこんな素晴らしい人が、よりにもよって殺されてしまうということが無念で仕方がなかった。
その後も続々とアカガミが届けられた人が増えてきているらしかった。
幸運なことにも、東京に住んでいる姉の元にアカガミが届くことはなかった。
僕らは家族の中で一番最初にアカガミが届く可能性がある姉のことが心配で気が気ではなかった。
毎晩母は姉と連絡を取り合っていたけど、届く様子は無く、送付先が東京から段々離れていった時初めて安心することが出来た。
その時期のテレビ番組はほとんど尊厳死案のことばかりで、そのせいで嫌でも辛い現実に視点を合わせなければならない生活が続いた。
テレビに出ている芸能人たちにもその火の粉は降り注いでいたらしい。
撮影中の映画やドラマ、バラエティやラジオの出演者降板の報せがたて続いていた。
僕は基本的に芸能事に関しては疎いので、降板の出演者の名前を見てもいまいちピンと来なかったけど、僕がよく聞いている歌手も選ばれていたらしく、それはショックだった。
送付が決定したあの日から約一週間が過ぎたころ、一番最初に選出されたあのおじいさんの処置が無事完了したという情報がニュース番組で取り上げられていた。
知り合いでもなんでもないけれど、僕は確かにあのおじいさんの存在を知っていて、そして確かにあのおじいさんは死んでしまった。
でもこの前あの人が言っていたように、おじいさんの命のおかげで、必ず誰かの未来は救われた。それを信じ続けたかった。
その頃、季節はもう秋に入りかけていた。
いつ来るかわからないあの死の宣告を恐れながらも日々は待ってくれるわけがなく、流れるように時は過ぎていった。
あれからも順調に尊厳死案の処置は進められており、亡くなった人は一億人を超えたらしい。
僕が住んでいるのは東北地方にある小さな町で、その町周辺でアカガミが届けられたという報せはまだ入っていなくて、裕は「この町は小さいからきっと忘れられてるよ」なんてこと言ってたけど、本当に心からそうだったらいいなと思った。
今まではただ平凡で、普通で、同じことを繰り返す毎日が苦痛だった。
だけど、こんなことになってしまって。
今になってやっと日々生きることの幸せさを理解した。
人間という生き物は哀れなものだ。
大切なものは無くして初めて気が付くと言うけど、本当ににそうなんだと思ってしまった。
そしてこれからも強く、そう思い続けることになる。
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