引きこもりたいだけなのにっ!!

夢渡

経済安定化政策

「あ゛ーーー、だる」


 今年の夏も余生を終え、年々夏と冬に潰されて消え去りそうなこの季節。引きこもりの俺は鼻水すすりながら、よそ様の家で草むしりをしている。

 経済安定化政策――近年政府が大々的にうち出したそれのせいだ。





 この国の落ち込んだ経済を何とかすべく出されたそれは、有象無象の政策達と同じく。一部で話題になり、一部で反論や野次が飛び、一部では見向きもされなかった。

 しかしそれも本格的に施政が始まるまでの話で、動き出した新たなルールは、とりどりの反応を示す全ての国民に、国を廻す歯車となることを強制させた。


 内容には税金の一部廃止、及び税全般の簡易化・一括化であったり、初回資格試験料の免除。更には各資格保有者の手当て増額など、国民にとって喜ばしいものもあった。

 だがそんな甘い話ばかりな訳はなく、消費税増税や単一電子媒体商品への消費額の制限化が行われ。それによってとある商法が実質的に規制され、一部企業が打撃受けたりなど、良くも悪くも多くの国民に影響を与えた。


 その次に大きく事が動いたのは、福祉制度・生活保護の見直しが公布された時。藪をつつかれた恩恵者達は、飢えた野犬の様に食って掛かり。数ヵ月に渡るデモやテロ紛いの行為は、ニュースや情報サイトを賑やかせた。


 とまぁここまではよくある話。大体こう言うのは、不利益を被る側になった奴が騒ぎ立て、その数が過半数を超えれば、偉いさんの首が跳んで一件落着。

 後釜狙いの狢どもは、人気取りの為に廃止を掲げて、中身の無いより良い国の未来を唱う。

 誰しもが今回もそうなるだろうと思う中――今回ばかりは、決してそうはならなかった。


 政府側は反論者達へ国の現状を事細かに説明し、それでも是が得られないとなると、なんと自分達の身を削ってきたのだ。高給取りの無駄飯食らいと揶揄されるそれらや、果ては自らに益がある法の抜け穴まで。彼等は政策が受け入れられるまで、自身に枷をはめ続けた。


 その甲斐があってか多くの国民がそれを認め、今では政治家は名誉職と言われるまでなっている。見直された数々の福利制度は息を吹き返し、本当に必要な者にのみ適応され始めた。


 あぁ素晴らしきかな! きっと政治家達は一丸となって心を入れかえ。彼等の身を粉にする説得に、厚顔無恥な国民達はついに改心したのだろう!


 ――なんて。本当にそんな事が起こる世界なら、きっとキリストとユダの子孫が明日の話題に花を咲かせ。ヒトラーの子孫は、ユダヤ人とフォークダンスを踊っている。


 彼等が御互いに動いた本当の理由は、事細かに説明された国の現状が凄惨たるものだったからだ。そんな惨状になるまで動かなかったと言い替えても良い。

 いくら御互いが甘い蜜を吸えなくなったとしても、不当どころか正当に得られる権利までもが危ういと知れば、否が応にも認めざるおえなかったのだろう。

 そこで話が終われば良かったのだが、勢い付いた政策は留まるところを知らず。決断を迫られる時は、俺達引きこもりにもやってきた。


 『所得消費制度及び趣向品認可制度』


 あらゆる労働者と企業は、その所得に応じて定められた金額を、認められた期間内で消費する義務がある。

 また、あらゆる趣向品及びそれに通づるものの購入・契約は、使用者又は親権者が、国で定められた条件を満たしているという、国からの証明が必要である。


 簡単に言ってしまえば、『親の脛齧って良いのは未成年まで。働かざる者遊ぶべからず』と言う、国からのニート処刑宣告である。

 当然政府も馬鹿じゃない。同じ轍を踏まぬよう同時に行われた多くの就職援助策は、働きたくと働けない人達を黙らせ。消費制度の対象に雇用者への給料も含まれると知った企業は、狭い求人窓口を僅かばかりに広げる事となる。


 残ったのは未だに不当な手当てを望む馬鹿達と、社会的に負け組とされる俺達引きこもり。当然、発言力なんて無いに等しく。とんとん拍子に事は進む。

 何をするにも認可が必要になり、先日も規制に耐えられなくなった引きこもりが自殺をし、意地でも働かない引きこもりは、ストレスでハゲた親に殺された。


 それでも国は方針を変えず、働く者には消費させ、働かない者の自由を奪う。税として多くを取らず、消費させる事で経済を回し、一極的ではなく分散的な物の流れで、多くの企業に金を巡らす。

 政府は機関として徴収する事よりも、徹底的に金の流れの淀みを無くす事に専念し、そこから逃れようとする金や人を、法と行政機関を使って排除した。





 そして俺はここに居る。今日はこうして草を毟って、子供の世話を依頼人である奥さんが帰ってくるまで続けている。今のご時世、こんな俺でも探せば他に職も見つかるが、俺は――俺達の多くはそれを選ばなかった。


 理由は簡単。引きこもりの多くの始まりは、対人関係にあるからだ。

 だから俺達の多くは自営業や在宅業務に走ったし、それらはあっという間に溢れかえり、今では一握りの実力者しかのこっちゃいない。

 生存競争に負けた奴等は、同じ様な仕事を探したり、諦めて社会に呑まれた奴らも居る。かくいう俺もそんな一人で、親のツテで近所のご家庭のお手伝いを紹介して貰い、日銭を稼いでは我が居城たる自室の維持費に費やしている。


 結果として経済は回り、俺達にとっては住み辛くなったこの世の中。クソゲー要素しか追加されないリアルに嫌気がさしてゲームクリアも考えたけど、残念ながら俺にそんな勇気は無い。

 親も親でこんな俺を見捨てもせずに、方々に声をかけてこうして仕事をさがしてくれる。だからこうして愚痴と鼻水を垂れ流しても、なんだかんだで続けていける。


「ただいまー」


「あ、おかあさんだ!」


 俺の後ろで大人しく本を呼んでいた女の子が、本を投げ捨て玄関へ走る。知らぬ間に過ぎていた時間に我を取り戻し、作業途中の道具を片付け、依頼主を出迎える。


「奥さんお帰りなさい。言われていた庭の草むしりと部屋の掃除。やっておきました」


「ありがとねぇ。急に同窓会呼ばれちゃったもんだから――あらあんな所まで草むしり進めてくれたのね」


「あ、いや! じ、時間もありましたし、お子さんもとても良い子で待っていてくれたので」


 褒められ慣れなどしておらず、挙動不審になる自分を何とか抑えて平静を装う。実際子供の世話と家事の両立は難しく、時間内に仕事が終わらず謝ることが殆どだ。

 ふと専業主婦に給料が発生した場合というネットの記事を思い出し、当時笑って否定した自分を頭の中でぶん殴る。


「ただいまー」


「あら、あの人が帰って来たわ。店屋物になっちゃうけど夕飯一緒にどうかしら?」


「あ、いえその……」


 俺が答えを返す前に、奥さんは主人を出迎える為に玄関へ向かってしまう。最近ではこういった仕事をする人口も増えたとはいえ、無防備に迎えてくれる善意は正直キツい。逃げ出しそうになる体を必死に抑え付けて、リビングに入って来た人影を確認すると、顔を見ぬまま頭を下げる。


「ど、どうも。お疲れ様です」


「あぁ、君が例のお手伝いさんか。今日はすまないね」


「い、いえ。こちらこそご利用有り難う御座います」


 真っ白の頭から適当に出てきた返答に、血液が顔に集中して赤くなるのを感じる。新鮮な息を吸いたくて顔を上げて相手を見ると、スーツ姿の男性が余所行きの笑顔で出迎えてくれた。いかにも仕事出来ますという感じが伝わってきて、直視するのが少々辛い。


「えーっと君。名前は?」


「あ、えっと小諸木おもろぎです」


「小諸木って……あの4丁目に家のある?」


「あ、はいそうです」


 母からは何も聞いてはいないが、付き合いのある家庭なのだろうかと思慮していると、旦那さんの笑顔はみるみる消え去り。俺の肩を強く掴むとそのまま玄関まで案内された。

 訳も分からず押し出された体を支える様に、玄関に置いてある自分の靴に足を乗せて向き直ると。そこには怒りともとれる、困り果てた旦那さんの顔があった。


「お前――覚えてないのか?」


「え?」


「いや、いい。昔の事だ、今更蒸し返す気も無いさ」


「あなたー。お寿司で良いかしら?」


「あぁ。お手伝いさんは急ぎの用が出来て帰るそうだ」


 頭痛に耐える様にリビングに返事を返すとそのまま二人で外に出る。未だ事情は理解出来ないが、今この人から感じる雰囲気は、俺が苦手として逃げ出したそれによく似ている。


「妻には後で説明しておく。もう家には来ないでくれ」


「あ、えっと。何かまずかったでしょうか?」


 男は大きく息を吐くと、玄関に掛けられた表札を叩いてこちらを見据える。


「この名前と高校の卒業アルバムを見直せ。それで分からないなら……分からないままでいい」


 吐き捨てる様に助言すると、男はそそくさと家の中に戻っていった。暫く唖然とその表札を見ていると、やっとある事に思い至る。


「――ほんっと、クソゲー」


 まだ自分が高校生だった頃の記憶を思い出し、人様の家の前だと言うのに吐きそうになるのを堪えて、再び記憶に栓をする。“あいつ”の態度の理由が分かり納得出来た事で、先程までの申し訳なさは消え失せた。

 死ぬ勇気をあいつから貰い、今ならゲームクリア出来るんじゃないかと駅を目指してそいつの家を離れる間際、閉じた玄関から勢い良く飛び出してきた小さな子供は、俺の脛に激突すると同時に、ビックリしたような顔でこちらを見上げる。


「おじちゃんまだいたの?」


「あ、あぁ。ごめんよもう帰るから――」


「じゃあかえるまえにこれあげる」


 渡された小さなそれは、青い折り紙で折られた何か。ぶつかった衝撃で少しくしゃくしゃになってはいたが、折り紙に詳しくない自分でも何かの花の様に見て取れた。


「きょうおかあさんかえってくるまでいっしょにあそんでくれたおれい。あさがお!」


 心配そうな顔で再び現れたあいつに手を引かれながらも、見えなくなるまで手を振って送ってくれたあの子に俺は手を振り返し、家へと続く夜道を歩く。

 明日の予定が無い事を頭の中で思い出すと、久々の引きこもり生活を送ろうと伸びをする。


 ――だけどその前に帰ったらする事がある。

 画面向こうの仲間達に、幼女からプレゼント貰ったって自慢してやらないとな。





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