第20話 死にたくない
完全に殺したと思った。けど、直前で防がれた。光の膜を突き破る事が出来ない。深い……深いよ魔法。そう思う。ただ単純な使用しか出来ないこちらではこれを壊す事は出来ないようだ。悔しくて歯がゆい。目の前に獲物がいるのに……殺したい。その思いがドロドロとあふれてくる。なんだろう。次第に視界が赤から黒に変わってる気がする。
(俺なら全てを殺せる。だから――)
体の内から聞こえる声が次第に大きくなってる気がする。この声と変わってしまえば全てが楽になる気がする。でも、直感がそれを拒否してた。なんとなく、そうしたら自分というものがなくなる気がしたからだ。今、こいつらを殺したいと思うこの心をなくしたくはない。もしもなくしてしまったら、何のために……
(あれ? 何のためになんて……人を殺すのに理由なんていらなかったはず)
ふとそう思う。けど、心は理由を求めてた。それが大義のような気がして。どうして自分はそんな物を求めて、そしてなくしたくないと思ってるのか自分でわからない。少し前までは殺すことにも生きることにも理由なんて求めなかったのに……そもそもこんなに心で考えたりしなかった。沢山の感情を知ったことで今までなんとも思わなかった事にまで考えを巡らせてるのかもしれない。
こんな色々と考えてしまうなんて、魔物として間違ってるのかも……と思うが、今の自分はそんなに悪いとは思ってない。こうやって考えて、敵の一歩先を行った時の快感がたまらないとしってしまったから。戦闘の喜びは本能として持ってた。だからもっと強く……その思いはなくしてない。こいつらを殺すことでこの憤怒が晴れて、更に高みに行けるのなら、迷いも躊躇いもしない。
(だから、引っ込んでろ。お前は力だけ与えてくれればいい)
内なる何かにそう言い切る。自分は自分。他の誰かに譲る気なんてない。苦しくて悲しい。けど、楽しくて嬉しい。魔物だから、全部自分のものだ。欲張りなんだよ。もっとうまく魔法を使えればこの膜も破れる筈だ。そう思い舌舐めずりをする。女の肉は柔らかい。それを味わった時の事を思うと自然にヨダレがでる。絶対に食う。
そう決意を新たにした時、横から声が聞こえた。そいつは一番弱い奴だ。正直、いつでも殺せる奴。だからどうでもいいと思ったが、どうせ殺すのなら早いか遅いかの違いでしかない。なら先に殺すか――と思った。死にたいようだしな。俺は奴を殺すと決めた。
速攻で追い詰められた。向こうは木々を自由自在に移動できる。地上を走るしかない自分に追い付くのなんてわけなかった。しかも森の中は足元悪いし、しっかりとした木の幹の方が使えるのならば便利そうだった。まあ、使えれば……なんだけど。けど役目は果たしただろう。メルル達は見えなくなってる。デンドさんもあの結界の中に入れた筈。
メルルとスーメランさんが頑張って回復魔法を掛けてくれれば、最悪の事態は避けれるだろう。
「よかった……」
なんとなくそう呟いてしまった。木の幹に背を預けて、足は深く斬られて立つこともできない。そして目の前には例のゴブリン。もうどうしようもない絶体絶命の状況。それに今しがた、なんの躊躇いもなく剣を突き出して来た。そんな時、自分はそう呟いたんだ。でも自分はまだ死んでない。ゴブリンを見ると、その剣は自分の胸を貫く寸前で止まってる。
(あれ?)
なぜに止まってるのか? それに何か戸惑いが目に写ってるような? でもこれは魔物……いや、自分は知ってる。このゴブリンが普通ではないと。もしかして、自分が言ってることがわかってる? そんな事……でも、ありえるのかもしれない。
「ごめん……」
そういった瞬間、ゴブリンは目を見開く。そして怒りを讃えて、もう一度剣に勢いをつけるために引いた。けど自分は紡ぐ。
「ごめん、なんて意味ないとわかってる。人が酷いことをした。騎士達の所業は自分が謝って済むものじゃないけど、言わせてくれ。ごめんなさいと」
まっすぐに見据えてそう紡いだ。すると再び寸前で剣は止まった。何か驚いてるようだがよくわからない。けど、心は通じる。そう確信できた。憤怒に飲まれてなんかいない。まだ、なにか出来る可能性はあるのかもしれない。そう思い細く脆い可能性の糸を自分は手繰ろうと決意した。だってまだ死にたくなんかない。
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