第21話 馬鹿

 剣が止まる。刺せない。どうして……どうしてこいつは命乞いをしない? ごめんなんて望んでなかった。謝って欲しかったわけじゃない。今にも死にそうなというか殺されそうな癖に……こいつは全然命乞いをしない。

 「助けてください」と「命だけは」とか言いながら泣きながら頭をたれろよ。地面に押し付けて土の味を、屈辱の味を噛み締めろよ。どうして……どうしてこいつはそんな目を出来る? なんでこっちを憐れむ事が出来るんだ? 

 

「違う……違う……ちがあああああああう!!」


 必死に頭を振ってそう叫ぶ。魔物の言葉だから奴は理解する事は出来ないだろうが、苦しんでるのはわかるのか目の前の人間が手を伸ばす。手をのばすなよ人間の癖に!! 触れないように大げさに距離をとった。頭が沸騰するかのようだ。やつの目を見るたびに、別の怒りが湧く。そして一気に駆けて反応できないやつの頭を掴んで地面に物理的にぶつけてやった。

 このまま頭を潰すことだって出来る。さあ、許しを請え。泣き叫べ。必死に生にしがみつく姿を見せろ。そう思って俺はヤツを地面押し付ける。

 

「……なんで……泣いてる?」

「がっ……あっあっあ……があああああああああああ!!」


 眼と眼があった瞬間、何かをごまかすかの様に何度も何度も何度も人間を地面に叩きつけた。中身が出なかったのが奇跡だった。まだ頭があるのは自分の中の何かが殺すことを抑制したからかもしれない。でもこれは……殺してしまったかもしれない。人間は力なくぐったりとしてる。結局命乞いをさせることはできなかった。そう思うと途端に力が抜けて、人間を落とした。

 ただそれだけの重量の音がなる。やっぱり死んだんだろうと思った。けど……

 

 「なあ……殺さないの……か?」

 

 その言葉を聞いた時、震え上がるような恐怖を感じた。恐怖……そう、これが恐怖だったんだ。こんな何も無いやつに、自分は恐怖を抱いた。それが更に心に動揺をもたらした。

 

「怒る……ことは……わかる。酷い……本当に……酷いことをしてたから……けど……どうして……そんなに怯えてる? 自分なんかじゃ……お前を殺すことなんか……できない……ぞ」


 そうだ、こいつの言うとおりだ。強くなった。それを一番理解してるのは自分だ。

 

(強いって何だ?)


 心の中でそう呟く自分がいる。前は力だった。それが全てで、力こそが強さだと胸を張って言えたはずだ。それが自分たちの社会を……関係を作ってたんだから間違いない。けど、今はそんな当たり前だったことに疑問を抱く自分がいる。それはきっと見て、知って、そして自分自身も同じだったからだろう。騎士達に捕まった。それはあっけなかった。自分たちを仕切ってた奴は簡単に殺された。

 だけどそんな死は当たり前。そこに恐怖なんかない。けど、植え付けられていったんだ。同胞達の叫喚が、いたぶられるその姿を執拗に見せられて……怒りの中に恐怖が芽生えた。自分たちの番の時、命乞いをした。死にたくないと思った。通じない力の無力さを知った時、そして自分自身のいちばん大切なものを捨てた時、世界は黒く染まったんだ。

 怖い……目の前の奴が。何もない満身創痍……自分に傷一つつけられないこいつをそう思う自分は、自分自身がもっと弱かったことを知ってるから、この眼の前の人間が怖いんだ。憤怒の奥に隠してた恐怖……それを思い出すと、途端に感情が静まってく感じがする。するとなんで自分がこの人間の言葉を理解できてるのか疑問に思った。

 人の言葉なんてしらないはずだが? 

 

(魔法か?)


 可能性があるとすればそれしかない。魔法を使って言葉を理解してた? それなら伝える事も出来るだろうか? 心と身体が同調してるのを感じる。今までは頭は冷静でも心は憤怒で満たされて、身体はそれらがごちゃまぜの感じだった。それでも……いや、それだからこそ強かったのかもしれない。憤怒は無茶も無理も無理矢理に超越してた。

 だけど、今の方が色々と理解できる気がする。魔素を組み上げて、口を動かす。

 

「だんで……」


 上手く発音できないな。けど最初だから仕方ないなんとか理解してくれ。

 

「だんで……いのぢ……ごいしない? おれば……ころすぎだっだ」


 伝わっただろうか? 地面に倒れてる人間は少し笑ったかもしれない。そう見えた。そして深く息を吐くと、こういった。

 

「知らね……死ぬ気なんてなかっただけだよ。だから……お前の事を見ようと思った。お前は……泣いてたから」

「が……」


 変な声が喉から出た。だってこいつは何いった? 人は自分たちよりも賢い生き物だと聞いていた。けどこいつは多分違う。きっと馬鹿だ。ゴブリンの自分よりもきっと馬鹿。

 

「おばえば、にんげん……おでは、ごぶりんだど」


 分かり合えない、見つけたら殺し合ってきた者通し……ありえない事。それなのにこいつは……この眼の前の人間はこともなげに言う。

 

「ゴブリンも泣くんだな――って気になった」


 それを聞いて俺は心の底から笑うという事を初めて知った。目が霞んで周りがよく見えない。けど、今の世界は色鮮やかだった。

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