第18話 壊れる

 笑わずにはいられないとはまさにこの事だと思った。怒りはあるのに笑えてくる。とても不思議な感覚だった。だって魔法だぞ。使ったこともない魔法が使えた。しかも苦もなくだ。体の内側から湧き出てくる{何か}の声がそれを教えてくれた。複雑な事は流石に出来ないし、火の玉をだすとかも無理。でも十分だった。体を強化するだけで、十分に戦える。

 体がとても軽く、軽く振るだけで太い木の幹を一刀両断出来る。それだけの力が手に入った。目の前の騎士が遅く見える。さっきからどこを狙ってるのかも見えてたのに、これじゃあ簡単すぎると思い出す。止まってるんじゃないかと……それだけ自分が強くなった。騎士の同時攻撃を難なくあしらい吹き飛ばす。一方が剣を落とした。

 まずは一人動けなくしとこう。一人ずつなぶり殺しにしていくんだ。こいつらにも味合わせる……同胞がいたぶられて殺される恐怖を。次は自分だと思わされる畏怖を。何も出来ない歯痒さを。

 

 そう思って足を動けなくした。けど、目の前で苦痛に悶える声を聞いた瞬間、プツッと何かが切れた感覚があった。そして気付いたらその首に剣を振ってた。

 

(あっ、殺してしまう)


 なんとなくそう思った。本当はもっともっと恐怖を刻み込むつもりだったのに……でもそれだけ。止めようとは思わなかった。だからまあ……いいか。そう思う心にどこか違和感を感じるが、こいつを殺すことが早いか遅いかの違い。でも、どうやらまだこの騎士は殺せないようだった。首目掛けて振った剣が何かに阻まれてる。見えない壁のようなもの。魔法……そう判断した。

 周囲に視線を向ける。向かってくる奴は一人。でもアイツではない気がする。魔法の気配がしない。何処かに魔法を使うやつが潜んでる。とりあえず向かってきたヤツの短剣を弾き、そして頭突きを噛ましてやる。どうだゴブリンの頭は硬いだろう。崩れた奴に剣を振り下ろす。浅い……が、斬った感覚はあった。間際で転がって避けたようだ。

 でも追撃する気にならない。そもそも騎士ではないようだし、なによりも脅威を感じない。この男よりも周りの騎士への憎しみが大きい。さっさと殺して二人に取り掛かっても全然問題ないとは思う。でも……よくわからない。

 

(やっぱり殺すか?)


 そんな自分の心の問いに{何か}が(ああ)と答えた。そう殺そう。

 

 

 

 見えなかった。単純に自分よりも全然速い。こいつ本当にゴブリンか? でもそんな事を思ってる暇もない。一回背中を見せたゴブリンはこっちを血に飢えたような目で見て突進してくる。

 

「くっ!!」


 必死に飛び退く。それしか出来ない。けどゴブリンは勢いそのままに、前にあった木を軽快に蹴って飛び、木々を伝って頭上から切りつけてきた。

 

「ぐあ!?」


 斬られた。けど浅い。どうやら後衛組が援護してくれたようだ。でもそれでメドさんが思わず飛び出てるのが見えた。そんなメドさんに気付いたゴブリンが迷わずその手の剣を一本投げる。その余りに自然すぎる一連の流れに自分たちは反応できなかった。気付いたらメドさんの脇腹に剣が刺さってた。

 

「メドオオオオオオ!!」


 そう叫んでデンドさんがゴブリンに斬りかかる。そしてドラゴも愛剣を拾ってデンドさんに加わる。最初の形に戻った。けどそうじゃなかった。アイツは……あのゴブリンは常に進化してる。それを忘れては行けなかった。ヒュッと頬を掠めて何かが飛んでいった。

 

「ぐあ……ぁあ……な……」


 そんな声を出してデンドさんも倒れる。背中には剣が深々と刺さってる。ゴブリンは前にいる。それなのにどうして背中側に刺せる? しかも奴は剣を持ったまま――自分はハッとして後ろを見る。そこにはメドさんに回復魔法を使ってるメルルとスーメランさんがいる。二人共驚愕に目を見開いてる。やっぱりだ。メドさんに刺さってた剣……それをどうやってかあのゴブリンは操って背後からデンドさんに刺した。

 地面に倒れ伏したデンドさんから無造作に剣を引き抜くゴブリン。剣についた血を拭い舐めるその姿は狂気に満ちている。森が、とてもざわめいてる気がした。

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