046 支配者の食卓
イルスたちが向かったのは、黒大理石の床の食堂だった。
早朝であったことと、ひどい味の料理のおかげで、食堂には学生の姿がない。ほんの一杯のスープすら求める者がいないというのは、なかなかできることではない。
だが、厨房を借りようとしているイルスたちにすれば、客が1人もいないことは有り難かった。いつになく早い朝食を求めにやってくる学生たちへの奉仕で、大忙しになっている厨房を乗っ取るのは、いくら何でも忍びない。
シュレーがもっともらしく頼むと、厨房にたった1人だけいた料理人は、驚きはしたものの、暇にしている竈(かまど)を大人しく貸してくれた。シュレーが神々しい微笑を浮かべて頼んでいるものを、うかつに貸さないと答える天罰でも降るように思える。料理人も大方、そのような錯覚を感じたのだろう。
理由はどうあれ、好都合だった。
調理場には型どおり、朝食を用意するための食材が届けられていた。学院のなかで作られているらしい野菜や、卵、干した肉や魚などだ。鍋には、料理の下準備に使う濃い肉のスープ(グレービー)が沸いており、いい匂いが漂っていた。
「料理っていっても、いろいろある。今は朝だ。だから朝飯の作り方からでいいか?」
イルスは腕捲りをしながら、背後にいるシュレーに問いかけた。
「なんでもかまわない」
気のそれたふうな声で、シュレーが答えるので、イルスは不思議に思って振り返った。シュレーは竈からおろされたままになっている大鍋の中をのぞきこんでいた。遅れてついてきていたシェルが、好奇心旺盛にそれにならったところだ。
「ふつうだ…」
不可解そうに、シュレーが唸った。なんのことか分からず、イルスは、気になって自分も鍋の中を覗きにいった。
中には、野菜を煮込んだスープ(ブイヨン)が入っていた。冷めていて香りは淡いが、やはり、うまそうないい匂いがした。
「いい匂いのような気がするが、いったい、いつ不味くなるんだ。それとも、すでに不味いということか?」
顔をあげ、鍋に蓋をして、シュレーがこの世の根深い神秘についてでも議論を向けるような風情で一人ごちる。
「それは確かに不思議です」
シェルがもっともらしく頷いた。
イルスも不思議には思っていたが、それについて2人のように真剣に考える気にはならなかった。料理というものは、下手な者がつくるといつの間にか不味くなり、まともな者がつくれば、それなりに仕上がる。いつ不味くなっているのか分かるぐらいだったら、そもそも不味くなんかならない。
「これ、使えるんじゃないのかな」
イルスがなにげなく言うと、シェルとシュレーは判でついたように調子をそろえて、びくりと反応した。
「ここの料理を使うのか、やめてくれ」
「そうですよ、それじゃ自分たちで作る意味が全然ないじゃないですか」
シュレーは断固とした口調で言い、シェルは頼み込むような情けない声を出した。
「まだ味付けしてなさそうだし、大丈夫だろう。味見してみるか?」
イルスが尋ねると、2人はやはり、そろいもそろって、黙ったまま首を横に振った。首を振る回数まで、そっくり同じだった。
シェルがシュレーのマネをしているのだろうとイルスはあっけにとられながら考えた。その逆は考えにくかったからだ。見た目はまだしも、性格や立ち居振る舞いが全く違うこの2人が、同じような仕草をするのは気味が悪い。
「お前ら……真似するのはよせ」
イルスは慎重に、シュレーとシェルの両方にむかって言った。すると、シュレーはシェルを、シェルはシュレーを、訝しそうに見た。
「私は真似なんかしていないよ」
「僕は真似なんかしていません」
ぴったりと同時に言い終えてから、シュレーはしばらく押し黙り、気味悪そうにシェルを横目で見おろした。シェルがぎょっとしたように、その視線を見返した。
「……マイオス、なぜ私の真似をするんだ」
「僕、ほんとに真似なんかしてません。ただの偶然です」
自分でも気味が悪いのか、シェルは慌てた早口で弁解した。
イルスは、シェルの言うとおりだろうと思い直した。そんな下らないことをして、シェルがシュレーをからかう理由がない。
「味見は俺がするからいいよ」
そのへんに置かれていた味見用らしき器で、イルスは鍋の中のスープを一口飲んでみた。思った通り、普通の味だった。味付けをなにもしていないから、取り立ててうまくもないが、不味くもない。
「平気だろう。不味くなるのは、この後でだよ。味付けがヤバいんだ、たぶんな」
イルスが食器を濯ごうとして手おけを探すために背をむけると、どちらが先に言ったのかわからないほど同時に、ふうんと感心したふうなシュレーとシェルの声がきこえた。
イルスはそのぴったりと同じなことが不気味で、思わず振り返った。
「マイオス」
正面をむいたままの渋面で、シュレーがぽつりと言った。
「君は、まだ私の心を読んでるんじゃないのか」
「そんなことしてません……たぶん」
ちらりとシュレーの横顔を盗み見て、シェルが自信なさそうに言う。
「だったらどうして、そんなに同時に、私の真似ができるんだ」
「わかりませんけど、僕は自分が思ったとおり、ふつうに喋ったりしているだけです」
信じてもらおうと必死なのか、シェルはシュレーに力説している。
「君の感応力とかいう力は、ほんとに制御できているのかい」
心持ちシェルから距離をとって、シュレーが尋ねる。シェルは複雑そうな顔をした。
「できてるはずですけど……基本的に僕ら森エルフはお互いの心を読み合いながら生活してますから。殿下が僕を警戒せずに考えを垂れ流してれば別です」
感応力の使いこなしについて疑いを持たれるのが不名誉なのか、シェルはいくぶんスネたような口のききかたをした。シュレーが困った顔になる。
「私はふつうにものを考えてるだけだ。君がどこまで読みとれるかなんてことを意識しながら思考したりするものか。どうせ読むんだったら、私じゃなくフォルデスのを読め。そのほうが料理が上達する」
シュレーは何気なく提案したのだろうが、イルスは自分でも意外なほどギョッとした。
「やめろ、俺の心なんか読むな。お前、そんなことしてたのか!?」
イルスは動揺して、シェルから距離をとるために後ずさった。調理台の上に積んであった空鍋に手があたって、けたたましい音が鳴った。鍋が崩れ落ちないようにとっさに押さえるイルスの姿を、2人がぽかんとして見つめてくる。
他のことなら平気だが、ヨランダのことを考えていたのをシェルに読まれるのは、なぜか死ぬほど恥ずかしかった。自分でも理由はわからないが、とにかく知られたくないのだ。
「そんなに驚くことないだろう。冗談だよ、フォルデス」
シュレーが気味良さそうに微笑した。イルスはそれを、気まずい思いで見た。
「僕がイルスの心を読もうとしてないかぎり、偶然に見えたりしないです。僕のこと信じてください」
シェルが困ったように説明してきた。イルスは作り笑いして頷いた。
「フォルデス。君はマイオスに見られると都合の悪いようなことを考えてるのかい。いったい何を思索してるのか知りたいね」
冗談めかして問いただすシュレーの声は、楽しそうだった。
「うるせえ」
イルスは苛立って小声で答え、そばの作業台のカゴに盛ってあった卵を、シュレーに投げ渡した。投げ渡されたものを笑いながら受け取って、シュレーは不思議そうにそれを見た。
「卵がどうしたんだ」
「オムレツを作るから卵を割って混ぜとけ。シェルも」
卵のカゴを示して頼むと、シェルは話がそれたのが嬉しいのか、うんうんと楽しそうに頷いた。
「四人分だから、五、六個でいいぞ」
「レイラスのぶんか」
シュレーが納得したように言いながら、茶色い卵を一つ二つと手にとった。シェルがそばにあった料理用の大椀を引っぱり出してきている。そこに卵を割るつもりなのだろう。
「シュレー、念のため聞いておくけど、お前、卵くらい割れるんだろうな」
イルスが確かめると、シュレーは気を悪くしたふうに薄く顔をしかめた。
「当たり前だ。私だって卵くらいは割れるさ」
そうだろうなと思って、イルスはちょっと済まないような気分になった。そして、他の材料を見繕うために背を向けようとして、ぎくりと足を止めた。
シュレーとシェルが、大椀のなかに卵を入れるのが見えた。殻に収まったままの卵だ。イルスがそれに気付いて、あわてて振り返るのと、2人が椀の中の卵を叩き潰すのは、ほとんど同時だった。
くしゃっ、と卵がつぶれる音がした。
イルスはその瞬間、言葉もなく2人の姿を見つめた。だが、妙なのは、シュレーも驚いているらしいことだ。
「殻(カラ)はどうすればいいんでしょうか、イルス?」
透明な白身に濡れた手を椀の上に持ち上げ、シェルがにこにこと楽しそうに尋ねてきた。
「そんな馬鹿な……」
たじろいだ顔で、シュレーは大椀の中で砕けた卵を見おろし、動揺した仕草で、イルスのほうに視線を向けてきた。
「フォルデス、私は卵の割り方ぐらい知っている、本当だ」
「……だったら、なんでいきなり卵を殴ったりするんだよ」
「わからない。ぼんやりしてたら、そうするものだという気になって……」
言葉を飲み込んで、シュレーは横でにこにこしているシェルにゆっくりと視線を向けた。
「マイオス」
シェルを呼ぶシュレーの声は、答えを予想してか、ずいぶん動揺していた。
「君は、今までに卵を割ってみたことは?」
「これが初めてです」
照れくさそうに、シェルが答えた。
「……そうか」
あいまいな声で、シュレーが返事をした。急いでなにかを尋ねたいのを、なんとかこらえているような声色だ。
「君たち森エルフの感応力について幾つか質問したいのだが、いいかな」
「どうしたんですか、急に」
ぽかんとして、シェルがシュレーの顔を見上げる。
「君は、他人の心を読むだけじゃなくて、自由に操ることもできるのか」
シュレーが何を言いたいのかは、イルスにも分かった。しかし、シェルにはそれがわからないようだった。
「できませんよ、そんなこと」
笑って、シェルは答えた。
「そんなこと、やっていいわけないじゃないですか。人の心の深部には、絶対に触れてはいけないんです。表面上の意識とか、ちょっとした考えを読む程度のことでは、相手の意志を操ったりなんて、そんな大それたことはできません」
のんびりと説明しているシェルの話を聞きながら、シュレーがだんだん微笑を失った。
「君の言ってることは、ずいぶん複雑だな。つまりそれは、やらないようにしているだけで、やろうと思えば可能だということか」
問いつめる口調を隠せなくなっているシュレーを、シェルはやっと、動揺した顔を見上げた。
「殿下、人に対してそんなことをするのは、罪深いことです」
「君は今、私にそれをやっていると思う」
きっぱりと言うシュレーの言葉を聞いて、シェルはあんぐりと口を開き、返答の言葉をさがしている様子だ。結局言葉が見つからないのか、シェルは黙ったまま、小さく首を横に振った。
「感応力で操っていいのは守護生物(トゥラシェ)の心だけです」
シェルの声は小さく、弁解の気配がした。
「君たちがトゥラシェと呼んでいるのは、君たちが感応力を使って使役する家畜のことか」
シュレーは淡々と確認した。
シェルは驚いたふうに、真顔のシュレーを見つめ、そして、イルスのほうにも助けを求めるような視線を向けた。
だが、イルスはシェルに何を言ってやればいいか思いつかなかった。
「ち…違います。守護生物(トゥラシェ)は偉大な森の精霊たちで、森エルフはそれと契約して、力を借りているだけです。守護生物(トゥラシェ)は僕らの願いを読みとって聞き届けてくれるだけで、使役されているわけじゃないです」
「なるほど……」
シュレーは顔をしかめ、カゴの中から卵をもう一個取り出すと、器用に片手で割ってみせた。料理はできないと言っていたが、慣れた手つきだなとイルスは思った。
「私が北方の荒野で生まれた話は君にしたかな、マイオス」
シュレーが穏やかに問いただすと、シェルはすでに打ちひしがれたふうに、首を横に振った。力のない仕草だ。
「あの辺りの遊牧民は、渡り鳥の卵で薬を作るんだ。卵を割って、黄身だけ取り出すんだ。なるべく沢山。そしてそれを煮詰めて卵の油を取る。なんでも、産褥(さんじょく)後の病をなおすための、滋養にいいんだとか……」
シェルの表情を推し量りながら、シュレーは静かに話している。
イルスはてっきり、シュレーは怒っているのだと思っていた。だが、シェルに話しかけるシュレーの声は穏やかで、機嫌がいいとは言えないまでも、シェルに腹を立てているふうではない。
「私はよく、父の言い付けで、病身の母のために卵を集めた。卵を割って、黄身と白身を分けるところまでは、私の仕事だった。だから、卵ぐらいは割れるんだよ。私に命令するばかりだった、ろくでもない父親のおかげでね」
シュレーはそこで、初めて不愉快そうに顔をしかめた。
シュレーが父親についての心情を示すのを、イルスは初めて見た気がした。
「ライラル殿下は、お父上のことを嫌いじゃないです、殿下の父上だってきっと、殿下のことを大切に思ってました」
シェルが慌てたふうに、シュレーの言葉を否定した。
「いいや、違うな。父上は私のことを恨みに思っておいでだった。私を産んだせいで、母上は病になり、挙げ句亡くなったんだ。父上は自殺するときも、私のことは思い煩わなかった」
「そんなことありません。殿下のお父上は、今でも殿下のことを心配しておられます」
シェルはやけに、確信に満ちたことを言う。その言葉を遮るように、シュレーが強い声で続けた。
「マイオス、そういう父親だったら、まだ世の中を知らない子供を残して自殺したりしないし、するとしても、一緒に連れていくぐらいの甲斐性はあるさ」
「それでも殿下は父上のことが好きだったんでしょう? だからここへ、お父上の故郷に、戻ってきたんじゃないんですか」
なにか激しい使命感に背中を押されるような勢いで、シェルはシュレーを説得しようとしている。
うつむきがちにシェルの表情をうかがっていたシュレーが、その言葉を待っていたように背すじを延ばした。
「マイオス」
シュレーが重々しく響く声でシェルの洗礼名を呼ぶ。
「君のいう守護生物(トゥラシェ)との契約、というのは、どうやってやるんだい」
うつむいているシェルの顔を、シュレーは厳しい目で見つめた。
「こ……声を聞いてやるんです、心の。守護生物(トゥラシェ)がいろいろと話すので、それを聞いて、一緒に苦しんでやったり……時間をかけて信頼関係を……でも、僕はまだ守護生物(トゥラシェ)と契約したことはないので、よく分かりません……」
「そうかな」
きっぱりした声で、シュレーが口をはさんだ。
「マイオスにはもう、守護生物(トゥラシェ)がいると思わないか、フォルデス?」
張り付いたように微笑みながら、シュレーが話を向けてきた。
イルスはしばらく考えてから、しかたなく思っていることを答えた。
「お前、自分がそうだっていうのか?」
「私は、自分が父親に執着してることを認めたくない。でも、知ってはいるんだ。ずっとまえから。これまで、誰にも話したことがない。でも、マイオスはそれを知っているようだ。私は彼に、なにか話したのかもしれない」
「ライラル殿下」
シェルが思い余ったように、大きな声でシュレーの言葉を遮った。
「僕……殿下を助けたくて、部族の禁忌を侵しました。死にかけた人を追いかけていっちゃいけないんです。なぜダメなのか、知らなかったんですけど、こういうことだったのかもしれません。人を守護生物(トゥラシェ)のように扱うなんて……これからは自分の力のことを、もっと気をつけます。もう、二度としません」
シェルが途切れがちに言うと、シュレーはにっこりと笑って見せた。
「いいんだよ、マイオス。君は私を助けようとしてくれたんだろう。その気持ちが嬉しいよ、ありがとう」
微笑みながら言って、シュレーは卵で濡れた手を、開いたり閉じたりして眺めた。
「そう言って欲しいと思ってるだろう」
「……思ってます」
シェルは気まずそうに答える。
「私に心にもないことを言わせないでくれ!」
シュレーは忍耐の限界だというように、調理台を叩いた。粉々に砕けた卵を入れた大椀が、台のうえで飛び跳ねた。
シェルはビクッと気弱そうに体を固くしたが、その後すぐに、居直ったように強気な顔をした。
「さっきも言いましたけど、守護生物(トゥラシェ)は契約者に使役されてるんじゃないんです!! 意に反することを無理矢理やらせるなんて、そもそも、できないんです!」
「それじゃ君は私が自分でそう思ってるんだと言いたいのか」
「殿下はそう思ってるんです。僕が殿下の心を操ったりしてるんじゃなくて、殿下が僕の願いを勝手に感知してるだけです。無視してくれていいです。僕はかまいませんよ、どんどん無視してください、今までだってずっと、殿下は僕らの期待なんか無視してきたじゃないですか!!」
「なんとかならないのか」
顔をしかめて、シュレーが言う。
「僕が死ぬか……より強大な守護生物(トゥラシェ)と契約するかしか、方法がありません」
シェルが答えると、シュレーは目を閉じて、長い溜息をついた。
「死んでくれ、と言いたいところだが、そうもいかないだろう。君のための強大な守護生物(トゥラシェ)とやらを、全力で探すんだ。言うまでもないが……私にできることがあるなら、どんなことでも協力は惜しまないよ、マイオス。君の正式な守護生物(トゥラシェ)を見つけるためなら、私はなんだってやってみせる」
シュレーの微笑は、いつになくひきつっていた。
それもそうだろう。イルスはシュレーに同情した。
その朝の食事ができるまでの間、シュレーは芋の皮をむこうとして五回ほど指を突き刺し、二度も同じ煮えたぎる鍋の取っ手を素手で掴んで、悲鳴と一緒に、いまいましそうにシェルの名前を呼んだ。
どこまでがシュレー本人の失敗で、どこからがシェルの影響なのかは、傍目には全く区別がつかなかったが、出来上がった料理が、どう見ても失敗なことだけは確かだった。
「どうして僕も誘ってくれなかったのさ」
あとから食堂にやってきたスィグルが、意外な文句を言った。
スィグルはまだ眠たそうな顔をしていたが、おとなしく学院の制服を来て、いつもの席で優雅に水を飲んでいた。食事を運んできたイルスを見つけると、スィグルはさも当たり前のように、こっちだよと手招きして呼び寄せた。
「お前が寝てたからだ」
イルスは当然のことを言ったつもりだったが、スィグルはまるで、間抜けな言い訳を聞くときのような顔をしている。
「それとこれとは別だろう。イルスって薄情だよね」
スィグルは心底からムッとしたような表情で、イルスを非難した。
少し遅れて厨房からやってきたシュレーとシェルが、スィグルに気付いて、いくらか驚いたようだった。スィグルは2人をちらりと冷たく一瞥したが、特になにも文句を言わなかった。
自分たちの作った食事の不味さに、シェルとシュレーは食欲が萎えた様子で、ほとんど口をつけなかったが、スィグルは取り澄ました顔で、自分のぶんを全部平らげた。
誰も何も話さないので、イルスは敢えて口を開かなかった。食事は不味くて、がっかりしていたし、そもそも気まずくて話す話題にも困るような雰囲気だった。
食後に、ミルクを混ぜたお茶を不味そうに飲んでいるスィグルに、さんざんためらったような気配ののち、シュレーが声をかけた。
「レイラス、昨日の模擬戦闘では、きみのおかげで助かったよ。私のことでは、心配かけて済まなかった。ありがとう。でも今はもう、だいぶ回復したから、心配いらないよ。……と、マイオスが言って欲しいらしい」
「きゅうに何言ってんだよ?」
気味悪そうに、スィグルが鋭い声をあげ、椅子を引いた。
「頭に悪い虫でもいるんじゃないの?」
「そんなもので済むんだったら、私はむしろ喜んだと思うよ」
苦い顔をして、シュレーは真面目に答えている。
イルスは思わず、飲んでいたお茶を吹き出しかけた。熱いのだけが取り柄のような味だった。
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