〈69〉悪意の正体

「手間取らせやがって」


 動けない霞に向かって草吹はゆっくりと近づいてくる。



「署長! 草吹の弱点、特定しました! 院長室です! A棟12階、システムタワー」


「な、なんだと!」


『やばいー』


(…………!)




 地面に転がる霞の頭に向かって草吹が足をあげた。



「死ね!」



 思わず右手で頭をかばう霞。しかしその目はわずかな変化を捉えていた。


(草吹の体、少し半透明に透けてる? ネットワークが遮断された影響? こうなったらダメ元よ!)



 霞は胸元に隠していた別の銃を左手で取り出すと、草吹に向けて撃った。



 ――ピュッ!



「ん?」


 草吹の足の先が消えた。


 傷口をプラズマが修復しようとしているが、時間がかかるようだ。


(う、うそ! 本当に効果があったなんて!)


 霞は立て続けに水鉄砲を放つ。


 ――ピュッ! ピュッ! ピュッ!


「こ、こらっ! やめろ!」


 両足を消され、ひっくり返った草吹の腰に、赤く光る点が見えた。


(そんなところに隠してたのねっ!)


 霞はそばに転がっていたもう一つの銃を拾い上げ、その点めがけて撃ち込む。


 ――バンッ!


 ――パリンッ

 ――シュッ 


 銃声の裏に二種類の音が聞こえ、瞬時に草吹の姿が消えた。


(や、やった……の?)



 ――キン…………キン……キン……キン……



 澄んだ音をたてて紅い宝石のような物体が床に転がる。



 肩で息をしながら体を起こすと、霞は手をのばし、それを手に取った。


(これが草吹自身の投影機か。ん?)


 霞はこれと似た物を、どこかで見たことがあるような気がした。



『や……やった! これで草吹は復活できないわ。霞、受付から外に出て手当を受け――』


(いや…………まだいる!)


『えっ!』


(わたしが追ってたのは草吹じゃなかった! 彼には強い悪意も展望もなかった。ただ研究のために動いていただけ。大学病院クリミアの悪魔を破壊しなきゃ)


『どういうこと? ま、まさかあんた、システムタワーの動力炉をどうにかしようってんじゃないでしょうね?』


(お母さん、みんなをここから、もっと遠くに避難させて! できるだけ遠くに……大爆発の前に!)


 投影機を握り締めた霞は目を見開き、ゆっくりと立ち上がる。


『何言ってんの! あんたボロボロじゃない! すぐに傷の手当てしなきゃ! 後は私たちに任せ――』


(ごめん…………お母さん)


 霞は京子のペンダントを投げ捨てた。


『かすみーっ‼』



 ◆◇◆



 足を引きずりながらA棟一階の中央エレベーターに入ると、霞は最上階のボタンを押した。


「ハァ、ハァ……」


 座り込んで呼吸を整える霞を乗せ、エレベーターが上昇していく。


 ハイソックスを脱いで太腿を止血し、収めていた銃を抜き出すと、特殊弾のマガジンに交換してかがみこんで構え、エレベーターが停まるのを待った。



 9……10……11……



 チン、と音を立てて扉が開く。向かいには、以前草吹と会った会議室が見えた。


 そのまま一歩エレベーターを出た瞬間、院内の電気が全て消えた。エレベータも開いたまま動かない。


 階段のない最上階に霞は閉じ込められた。


(やはり……いるのね?)


 銃を構えて真っ暗な廊下を慎重に進む。その廊下の先に院長室があった。


 電源が途絶え、ロックが解除されたドアを霞がゆっくり開ける。



 窓のない院長室は、うっすらと明るかった。


 光源は奥にそびえる巨大なシステムタワー。明滅する電子機器の輝きが散りばめられている。


 おそらく大学病院中心部のここだけの非常用電源があるのだろう。


 そして、その手前の椅子に誰かが座っている。


 霞が銃を構え、警戒しながら中に入ると、相手はゆっくりと口を開いた。


「お待ちしておりました。あなたならきっとここに辿り着ける。そう思っていました」


 聞き覚えのある声が響く。



「お久しぶりです。高橋さん」


「なぜ、あなたが…………ここに?」



 椅子を回転させて振り向いた男は、西崎司だった。

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