〈51〉地学会

 そのとき、霞の端末が鳴った。玲からだ。


「どうしたの? 何かあった?」


『さっきの動画が正しければ、ここ数日で大規模地震の可能性が高いことがわかった』


「あれってやっぱり未来の話だったってこと?」


『映っている光景からすれば、そういうことになる』


「地学会の予測情報は?」


『それなんだが、ここ数か月ほど、地震探知自体が機能していないようなんだ』


「何それ?」


『霞のパスで地学会に問い合わせてもらえないか?』


「わかった。行ってくる」


 そう言って連絡を切ると、霞は翔子にたずねてみた。


「ここ数日で地震が起きるかどうか、あなたにわかるかしら?」


「そりゃ起きるわよ」


「え?」


「地震もさっき私が言った『決められた事』だもの。でもアラート出てるんでしょ? 避難すればいいじゃない」


「……まずいわ、警告出てないらしいの」


「どういうこと?」


「ここ一か月ほど、地学会の地震調査が機能していないんだって。とりあえず、わたし、地学会に行ってくるから」


「……私も行く」


「え? ついてくるの?」


「当然でしょ? 私だって知っておく必要があるわ。これ以上未来への前提が壊れたらどうしようもないもの」


「ま、まあ……いいか」



 ◆◇◆



 地学会の受付に霞と翔子が来ると、ホログラムのアナウンスが流れた。


『ID認証をお願いします』


 パスをかざし、霞が認証を受ける。


『認証OK どうぞ』


 ゲートをくぐり、二人が中に入った。通路の両側にガラス張りの部屋が並び、人工衛星からの情報を処理するコンピュータやモニター、そしてそれらをチェックする何人かの研究者の姿が見える。



「わたしもここに来るの初めてなんだよね」


 歩きながら霞が言った。


「あなた地学系専攻だったのね。ここには何人くらい常駐してるの?」


「今日は休日だから少ないけど意外と大所帯なのよ。ほとんどが天文学系だけど」


「だとしたら、誰がシステムを止めたのかなんて、わからないよね?」


 翔子が考え込む。


「わたしのようにコントローラーを埋め込まれた人がいるかもしれないってこと?」


「うん、そう」


「それについて聞きたいんだけどさ、悪意センサーに感知されたら警察に止められるんじゃない?」


「普通に考えればそうだけど、センサーくぐれる人もいるでしょ? それに――」


「それに?」


「そんな悪い奴がいる中、地震で悪意センサーがぶっ壊れちゃったら、すべておしまいよ。この世界」


(え?)


 そこまで話したところで二人は地震調査研究所に到着した。ヒューマンエラーを防ぐためか、人口知能に一任された室内は、立ち入り禁止区域だった。


「中に入れそうにないわね」


 霞がそう言った瞬間、翔子が霞の手を触った。


「えっ?」


 次の瞬間、二人は内部に移動していた。


「ちょっと! いきなりテレポートするのやめてよ! びっくりするじゃない!」


「ごめん、めんどくさいの嫌いで。それよりこれなの? 地震調査システムって」


 音の聞こえないシステムタワーに翔子が近づく。さっきまでの弱気な表情とは打って変わって真剣な表情だった。


「そうみたい。主電源切られているし」


「あなた、復旧できる?」


「やってみる」


 動力炉を中心に据えたシステムタワーの前で霞は主電源を入れ直すと、椅子に座って機材をチェックした。見たところ電源さえ入れば何とかなりそうだ。


 システムの起動を待つ間、霞は気になっていたことを聞いた。


「あの研究室を爆破したって本当?」


「なんで? そんなことしてないわよ?」


「良助が言ってたんだけど。あなたが部屋を爆破したって」


「あちゃー」


 しまったと言わんばかりに翔子はひたいに手をやった。


「どうしたの」


「あの子の記憶、消しそこなったみたい」


「え?」


「こっちに来たばっかりで、勝手がつかめなくてさ、やらかしちゃったのよ、私。催眠をかけてる間に記憶を調べさせてもらおうと思っただけなんだけどね」


「こらこら! 人の記憶、勝手に見たりしたらダメじゃん! わたしのもだけど!」


「悪かったって思ってる。でもしょうがなかったの」


「あなたねー、いったい何しに来たのよ」


「本当にごめん。ちゃんと埋め合わせするから許してよ」


 翔子が手を合わせて謝ったとき、システムが起動しはじめた。


「なんとかなりそう?」


 霞が操作するシステムのランプに目を落としながら翔子がたずねる。


「まあね。ところで、地震っていつ起きる予定なの?」


「明日だけど」


「は?」


「だから明日だって」


「それ、今アラート出したら、それこそパニックなんですけど」


「そんなこと話してる余裕あるかな? お客さんがいらっしゃったわよ」


「えっ?」


 翔子に言われて振り返ったそこには、霞の見慣れた顔があった。



「うそ! お母さん……だったの?」

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