(71)青い光

 玲が外に出ると、良助とともに涼音もいた。


「なんかあったのか?」


 良助の質問に玲はいったん後ろを振り返ると、小声で答えた。


「まなみんが消えた……らしい……」


「「えっ?」」


 良助と涼音の顔から血の気が引く。


 博士が消えた時のことをイメージした二人は次の瞬間、玲を押しのけて家の中に入ろうとした。


「ちょ、ちょっと待てよ!」


 玲が引き止めたが、そんなことを言われて止まる二人ではなかった。


「おいっ、雅也!」


 良助が応接間のドアを開けたその先に、泣きながら体育座りしている雅也がいた。


 追いかけてきた玲との間に気まずい空気が流れる。


「……確かに……まなみん……いない」


 そう言って涼音は応接間を出ると、二階に上がった。



「おいおい、ここは神隠しの家か?」


 軽口をたたく良助に、雅也が座ったまま首を横に振る。


 尋常ではない雰囲気に、玲も良助もそれ以上言葉が継げない。

 ただ、良助は不思議と落ち着いていた。


「……前と……変わって……ない……何も」


 二階から下りてきた涼音が報告する。


「そうか」


「……先に……研究室……行くね……かすみんにも……伝えとく」


 そう言うと、真奈美の部屋から見つけてきたのか、この家のカギを良助に渡し、玄関から出て行った。



 ◆◇◆



「ほら、しっかりしろ」


 玲にかかえられながら雅也がソファに座る。


「……で、お前は何やってんだ?」


「いや、オレら、どこかで誰かにのぞかれてるんじゃねーかと思ってな」


 応接間の中をいろいろと調べていた良助に言い返され、玲も周りを見回す。だが特段変わった様子はない。


 良助が雅也の横に腰をおろすと、向かいに座る玲が雅也にもう一度問いただした。


「昨日いったい何があった?」


「男しかいねーんだから、隠すことねーぜ、吐いちまいなよ」


 良助がさとすように続ける。だが、


「……僕の……せいだ……」


 雅也はそう答え、手で顔を覆った。


「どういうことだ? 何があった?」


「…………」


「いいかげんに――」


 語気が荒くなった玲を良助が手で制する。


「まあ落ち着け。雅也、お前はちょっと聞いてろ。玲、昨日あの後どうだった?」


「俺か? 帰って寝たが」


「一人で?」

「……ああ」


「はぁ? お前、オレらが気を使ってやったのに、マジで何もなかったのか?」


「霞がやることがあるって言うから大学まで送り届けた。そういうお前はどうなんだ?」


 玲が言い返す。


「オレか? なんていうか……あいつとつき合うことになって――」


「「えっ?」」


 玲がのけぞり、雅也が顔をあげた。


 良助は苦笑いしながら語り始めた。


「昨日あいつを家まで送り届けたんだ。すると親御さん、あいつのことをえらい心配してたわけだよ。そりゃそうだろ? 研究員とはいえ、小さな娘が地震後ずっと外にいて毎晩遅くまで帰ってこねーわけだしな。だからオレがこれまでの事情をかいつまんで話したんだが、なかなか理解してもらえなくてな、結局言ったんだ。オレにはこいつが必要なんです、って。そしたら親御さん、顔がひきつっちゃって、あいつも泣きだしてさ」


「「…………」」


「どーなることかと思ってたら、突然親御さんに頭下げられてさ、うちの子をよろしくお願いしますって。今日は泊ってって、って」


「「は?」」


「だけど……正直よかったと思ってる。あいつ相当マイペースな奴だとばかり思ってたんだが、結構尽くすタイプっていうか、かわいいところあってさ――」


「やっぱロリだったか――」


「ちげーよ! つーかここ一番に弱い玲ちゃんに言われたかねーな!」


「そんなんじゃないし……」


 玲が顔をそむける。そこで良助は雅也の肩に手をおいて言った。


「で、お前はどうだったんだ?」


 雅也は再びうつむくと、ぽつりぽつりとしゃべり始めた。


「あの後、まなみん、ここでずっと泣き続けていたんだ……。で、僕、頼られた。この子を支えてあげたいって思った。一生背負っていこうって、思った……」


「ほう。それで?」


「そこからは正直、夢と現実との区別がついていない。気がついたらここで二人で横になってて、僕もまなみんの顔を見ながら寝落ちしたんだ。そして……」


「そして? どーなったんだ?」


「……朝、気がついたら……消えてた」


「は?」


「あったかかったよ。だから、夢じゃなかったって思ってる」


「そりゃそーさ。オレらだって昨日、ここにいたしな」


 良助は極力明るく言ったが、玲ははっきりと聞いた。


「まなみんは、何か言ってなかったか?」


「えっ?」


「博士の時は書置きが残ってたろ? まなみんも博士と同じように未来から送り込まれていたんだとしたら、何かメッセージを残したんじゃないのか?」


「…………」


「本当に何もなかったのか?」


「……覚えてない」


 雅也は、生まれて初めてかもしれない、嘘をついた。


「本当か?」


 正面から玲に迫られ、思わず目をそらした瞬間、


 ―― ジャラッ


 握っていた青いペンダントがテーブルの上にこぼれ落ちた。


「あれ? それ、まなみんのじゃねーか。ん?」


 横からペンダントを拾い上げた良助の顔色が変わる。


「どうした?」


「な、なんだこれ! めちゃめちゃ重いぞ?」


「何? ちょっと貸してみろ。って、言うほど重いか?」


 ペンダントを目の前にかざす玲が意外そうな顔をする。


「小さいから気づかねーかもしれねーが、プラチナやオスミウムなんかより全然比重がでかいはずだ。この中に入っているのはきっと――」


 そのとき、良助の端末が鳴った。


「もしもし? ああ……………………えっ? わかった。すぐに行く」


 連絡を切ると、良助は玲に向かって言った。


「涼音からだ。演算が終わったらしい。すぐに来いとさ」


「そんなばかな! 予定ではあと8日はかかるはずだぞ?」


(ということは……やっぱり……)


 雅也の頭に、真奈美の最後の言葉が絶望的に響いた。

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