(6)ギフテッド

「幸せってなんですか?」


「一般的には『不自由なく自分のやりたいことができて、不満のない生活』でしょうか?」


 博士の言葉には何か、ひっかかるものがあった。


「確かにうちの親は不自由なくやりたいことをやっているようには見えますけど……僕はああなりたいとは思わないですね」


「なぜですか?」


「自分の存在意義的なものが見いだせないから、かな?」


「では雅也くんはご両親が生きる価値のない存在だと思いますか?」


「わかりません。ただ、いつも仮想世界あっちに行ってるし……」


 そこまで言いかけ、雅也は黙った。自分にとって両親ってなんだろう? という疑問が頭をよぎったのだ。逆に両親にとっての自分は? そして自分の存在価値とは、果たしてどれ程のものなのだろうか?


 そんな雅也の心境を知ってか、博士が話を変えた。


「さっきは私も極端な言い方をしましたが、仮想世界にも重要な役割があるんです。一般人の日常生活の8割を占めているということは、実質的にこの世界の半分以上が仮想世界だと言えるわけですからね」


仮想世界それが楽しいかどうかは知らんが、親父おやじと同じ生き方は嫌だ、俺は」

「僕もです」


 玲の言葉にうなずいたそのとき、さらに一つの疑問が浮かんだ。


「ところで博士は子供のころ、その2.5%の中に入っていたんですよね?」


「いえ、入っていませんでしたよ」


「え?」

「は? 冗談だろ?」


「本当です。天才には程遠くて、何をやらせてもダメな子でしたよ」


「信じられないんですけど」


 意外そうな顔の二人を見て、博士が笑いながら続ける。


「年少時に優秀だったからといって、将来にわたって活躍できる人は、そんなにいないんですよ。昔からそうです。早熟というか、成長が止まって伸び悩む者も多い。むしろ先天的な能力に恵まれなくても、自分のやりたいことを続けられる人間のほうが結果を残せたりするんですよ。だから私も君たちに無理に研究をすすめるつもりはないんです」


「では博士は小さいころから教育の研究者になろうと考えていたんですか?」


「話せば長くなりますが、もともとは仮想デザインと脳波をシンクロさせる仕事をしていました。それが最初に結びついたのがゲーム、次に教育だったんです。それと並行して人工知能がコントロールする仮想世界を作ったんです。当時は画期的なことだったんですよ」


 昔のことを知るよしもないが、博士の話にはリアリティがあった。現に自分たちが受けている教育はほぼゲームのようなもので、そういった仕組みがなければ学習がいかに困難か、想像できたからだ。まだ見ぬ仮想世界も、そのままゲームの世界だとイメージすれば、しっくりくるものがあった。


「博士は昔から勉強が好きだったんですね」


「大嫌いでしたね」


「え? じゃあなぜ研究の道に進んだんですか?」


「おかしな話に聞こえるかもしれませんが『勉強が嫌いな自分の個性が生かせる』と思ったんです。だから今、教育をやっているの。私がはじめて関わったころの教育理論は最終的にゲーム理論と融合しましたが、『勉強嫌いの子供にいかに勉強してもらうか』を考えることは、元々勉強好きな人間には無理ですからね」


「なんかむちゃくちゃですね」


 博士の言葉には合理性が有るようにも、無いようにも思えたが、そんなものなのだろうか?


「逆に、雅也くんは何か自分の存在意義を感じられるものはありますか? 将来したいこととか、ないのですか?」


「えっと……特に考えていません……でした。けど、それだと僕も親と同じになるってことですよね?」


「その可能性が高いと思いますよ」


「一晩考えさせてもらえませんか? それともう一つ教えてください。僕らのことを天才だって、真奈美ちゃんが言ってましたが、それって――」


「あんたたちにちょっと興味があっただけよ。さっきまで」


 さえぎるように、真奈美が答えた。


「どういうこと?」


「あたしは欲しいものは手に入れる主義なの。だからあんたたちを引き寄せたのよ。自分の意志で」


「意味がわからないが?」


 玲が真奈美に冷めた目を向ける。


「そりゃそうよね。これまでホロを友達だと思ってたくらいだもんね。だから過去形なの。期待外れだわよ。もっと凄いのかと思ってたけど、話聞いてても全然ガキだし、将来のビジョンもないし。学校の成績だけだったんだなって」


「え?」


 真奈美の露骨な言葉に固まる雅也。

 逆に彼女は追い打ちをかけるように続けた。


「だってあたしは前から教育空間の本質に気づいてたしー。あんたたちより優秀ってことだもん」


「こらこら真奈美、そういうことを言うもんじゃ――」


 博士がたしなめたそのとき、玲がうなずいて言った。


「いや、確かにそうだな。信じていたさ。うちのクラスには雅也がいたからな。自分だけが特別だとは思わなかった。お前のところはどうなんだ? 清楚なお嬢様風のホロしか周りにいなかったんじゃないのか?」


「え? そ、それは……」


 言葉をつまらせた。図星のようだ。


「なんだ、ホロと相性が合わなかっただけかよ。ちなみにお嬢さん、専攻は?」


「……生物学だけど?」


「昔は背が高いほうだったとか?」


「……なんでわかったの?」


「もしかして早熟? ひょっとして、もう成長止まってんじゃね?」


 へらっと笑う玲に真奈美の表情がひきつる。

 雅也が思わず玲をひじでつついて言った。


「お前なー、真奈美ちゃん、ご両親がいないんだぞ!」


「な、なんであんた知ってんの? ま、まさかおじいちゃん、あたしの話、しちゃった?」


 顔をこわばらせた真奈美が横を見た。気まずそうにそっぽを向く博士。


「あれ? だから博士と住んでるんじゃないの?」

「あ、いや、それとは関係ないんだけどさ……気にしないで」


 言いにくそうに真奈美が手を振った。


「それで気にするなというほうが無理じゃないか?」

「というか女学院ってどんな学校なの? 女子だけの学校に入ったのって、なにか理由があるのかな?」


「え……っと、それは……決して私がやらかしたからじゃなくて……」


「何やらかしたんだ?」


 動揺する真奈美に玲がつっこむ。


「あの……その……やむにやまれぬ事情があってさ……」


「「どんな事情?」」


 青くなった真奈美を玲と雅也が追及する。


「ち、小さいころ、お父さんに聞いちゃったのよ。お風呂に入った時に……」


「「なんて?」」


「えっと……なんだったかなー?」


「「な ん だ っ た ん だ ?」」


 目を合わせようとしない真奈美の顔を二人がじーっと見つめた。


「お、お父さんとお母さんは……交尾……したの? ……って」


「……………………は?」

「ぶはっ!」


 玲に吹き出され、真奈美の顔が真っ赤になった。博士が頭を抱える。


「そんな笑うことないじゃない! おかげで次の日からおじいちゃんと二人暮らしよ! おまけに女学院行き決定だしっ! あたしだって本当は共学に行きたかったんだから!」


 真奈美が切れ気味にまくしたてた。


「ぎゃはははは! お前、優秀すぎだろ!」

「っていうかここ笑うところ? 僕完全に引いちゃったんですけどーっ!」


「あ……あんたら、帰りなさいよ! っていうか帰れ!」


 怒りが頂点に達した真奈美に二人は家から追い出された。

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