第3話 失われた歴史とアシュレイ

(7)子供の主張

 今日は多くの事がありすぎた。いや、今日というよりも夜の7時に下界に降り立ってからたった2時間で、雅也は人生観を大きく変えられた。これまでの人生がなんだったのか、自分という存在がなんなのか、そもそも世界とは何か? というレベルで大きな考え違いをしていたことを思い知らされたのだ。


 振り返ればすべてが信じられない。特に玲には驚かされた。これまで雅也は玲と特別仲良くしてきたつもりはなかったし、どちらかというと彼は超えられないライバルだった。自分が上回っている部分も少しはある(背は雅也の方が少しだけ高い)が、ほとんどの面で負けている、そんな存在だった。そのせいか他の友人たちと違い、玲に対してだけはなんとなく距離を感じていた。


 ところが、その玲が今になって自分にアプローチしてきたのだ。そして、自分たちがこれまで友人だと思っていた他の子供は存在しないと言う。しかも『仮想世界を作った』という博士にそれを肯定され、さらに自分たちが大学生レベルであると言われ、同い年のかわいい女の子に天才扱いされる。おまけに将来についての岐路きろを示され、BL展開含みの先行き不透明感付きだなんて、誰がどう考えたってアニメの設定だ。


(何が何やら、わかんないよ……)


 しかしそんなことを考えたのは一瞬で、両親に見つかって怒られることを心配していた雅也は、自宅の前まで来るとドキドキしながらドアを開けた。だが、そこには雅也を心配する両親の姿はなく、部屋の中からも何も聞こえてこない。眠っているのか、それとも仮想世界に浸っているのか……。


 安堵とともに一抹の失望を感じた雅也は、自室に入るとすぐに眠りについた。



 ◆◇◆



『今日も行くよね? 博士のところ』


 翌日の教室、暗号を作った雅也は玲に手渡した。


『ああ。試験、受けるつもりだしな』


『そうか』


『お前はどうする?』


『もう少し考えたい』


 そう書きながらも雅也は、今後、自分自身が大きく変わる予感があった。気持ちはまだ整理しきれていなかったが、自分に自信が持てない理由ははっきりしていた。それに、玲以外にも相談できる相手がいると思えると、これまでため込んでいた心のもやが晴れる期待があった。実際、自作ロボットに頼りたいほど、雅也は話し相手を求めていたのだ。



 ◆◇◆



 7時前になり、昨日同様こっそり自宅を抜け出すと、公園で玲と落ち合い、そのまま博士の自宅に向かった。


 ――ピンポーン♪


 急ぐ気持ちとは裏腹に、間の抜けた呼び鈴の音が寂れた町に響く。


「はーい……って、あんたらまたロボットに追っかけられて来たの!? え? 違う? あたし忙しいんだからさー、帰ってよね」


 ドアを開けた真奈美が、迷惑そうな顔で言った。だが、その言葉とは裏腹に、昨日とは違う、女の子らしい私服を着ている。パジャマの子供っぽさが消えると、確かに同級生と言われても納得がいった。


 だぼだぼのパジャマのせいで昨日はよくわからなかったが、小学生の割に意外と胸が大きい。きっと今日も二人が来ると思い、頑張って目立つ服を選んだのだろう。


「お前じゃなくて博士に用があるんだがな」


 玲がうそぶくと真奈美の目がつりあがった。


「いや、真奈美ちゃんにも用があるんだ。大事な話が。聞きたいことが」


 雅也があわててとりなす。すると真奈美は、


「えっ? あっ……そう。ならしょうがないわね。どうぞ」


 そう言ってすんなりと二人を中に招き入れた。



 ◆◇◆



「昨日はすみませんね、真奈美が暴れてしまって」


 応接間では博士が昨日同様、にこやかに座っていた。


「ちょ! 突然なによおじいちゃん! あ……あたし、お茶いれてくるね」


 顔色を変えた真奈美がいそいそとキッチンに向かおうとしたとき、


「いや、真奈美ちゃんもここにいてほしい、一緒に聞いてほしいんだ」


「えっ? ああ、はい……」


 雅也の言葉に、真奈美はおずおずとソファに座りなおした。



 ◆◇◆



「俺たちの親が『実の親』だということは間違いないのか?」


 さっそく玲が意味深なことを切り出した。


「何から信じればよいのかわからない、という玲くんの気持ちはわかります。だけどそこは間違いないですよ。ただ昨日、お二人とも両親と同じ人生は嫌だと言ってましたけど、ひょっとして親子間で何かありましたか?」


 にこにこしながら博士に聞き返され、二人は互いに目を合わせて黙る。


 しばらくして、


「俺は、親父に殴られた。家じゃ喧嘩してばかりだ」


 伏し目がちの玲が憎々しげに答えた。


「僕は……ここ数か月、親が話を聞いてくれなくなって……それで、言ってしまったんです」


 そこまで言ってためらいがちな雅也は口をつぐんだ。


「何と言ってしまったんですか?」


 博士が続きをうながす。


「僕と――両親にとって僕と仮想世界、どっちが大事なのかって疑問をそのままぶつけたんです」


「で、どうなりました?」


「『……何言ってんの?』って目で見られました」


 答えながら顔を落とす。そして気がついた。やはりあのことは自分の中でもショックだったのだと。


 しばしの沈黙の後、博士が口を開いた。


「真奈美はどう思うかね?」

 

「え、あたし? そうね、なんとなく二人のご両親の気持ちがわかる気がするわ。というか、双方の言い分がかみ合っていない気がする」


「どういうこと?」


 雅也は思わず顔をあげた。


「例えば雅也くんの主張は子供として当然のことなのよ、まさしく正論、というか」


 真奈美が自分の立場に立って考えていると思っていなかった雅也は、びっくりした。


「でね、ご両親の気持ちを代弁することはできないけど、あたしが想像するに、ご両親はこれまで、雅也くんの成長を喜んでくれていたと思うの」


「……確かにそうだったとは思う」


「雅也くんも勉強が好きかどうかは別として、ご両親の期待に答えるためにそれなりに頑張ってきたというか、やるべきことをやってきたんだと思う。ただ――」


「……ただ?」


「今になってご両親が、雅也くんの事を直視できなくなった・・・・・・・・・んだと思うの」


「なぜ?」


「ご両親が雅也くんのことを理解できるとは思えないのよ」


 意外なことを真奈美に言われ、返す言葉を失った。


「雅也くんのご両親も玲くんのご両親も、仮想世界に引きこもっているのよね?」


「ああ、そうだ」

 雅也の代わりに玲が答える。


「大人だって自分のプライドを傷つけられたくないし、他人より劣っているとか、能力が昔より減退しているとか認めたくないんだと思うの。でもね、ご両親があんたたちを嫌ってるとか、憎んでいるとか、そういう話じゃないの。ただ、能力の差を感じて現実逃避しているだけ……なの」


「現実逃避?」


 聞き返しながら、雅也は横目で玲の表情も少し曇っていることに気づいた。


「言葉が過ぎた、かな?」


 真奈美も気付いたようで、玲の表情をうかがうように言った。


「さすが実の親に『交尾した?』と聞いた幼稚園児だ。言葉に重みがあるな」


「うっさいわ‼︎」


「いや……悪い。褒め言葉だ。少なくとも、うちはそうだな。そう思うことにする。俺は」


「あれ? 本当にそうなの? なんていうか、それだけじゃない気がするんだけど」


 玲とは逆に納得がいかない雅也が首をかしげる。

 落ち着いた口調で博士が補足した。


「君たちのご両親はおそらく、尊敬されるべき、有能だった方々のはずです。ただ、最近は時代の流れがあまりにも速すぎる。人工知能の進化に伴い、一年先の社会が予測できない中、私たち大人は時代に追いつくだけで精いっぱいなんです。むしろ君たちのほうがそういった環境に順応できているはずなんですよ」


「しかも十年前と比べ、子供の成長スピードは極端に早まっているの。知的レベルだけではなくて、肉体的にもね」


 瞬間的に雅也と玲の視線が真奈美の胸に移ったが、真奈美は気がつかなかったかのように続けた。


「そんな時代にご両親があんたたちのためにできることはある? 逆にもしあんたたちがご両親の立場だとしたら、自分の子供にどういった言葉をかけるの?」


「確かに、何も言えないかも……というか……僕のせい――」

「できることなんかないだろうな。まあ、親に対しては完全に割り切るしかないってことだな」


 自信のない雅也の言葉をさえぎるように玲が答えた。


「なら、玲くんには将来のビジョンは見えるかしら? 将来自分が大人になって、親になったときのビジョン。子供に超えられたら自分もそうなっちゃうかもよ?」


「いや……さすがにそれは」


 そこまで言って玲も黙った。

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