第11話 博士の願い

〈31〉シンクロ

 それからしばらく、霞は毎日のように真奈美の自宅を訪問したが、博士と顔を合わせる機会はなかった。


 そうこうしているうちに二次試験の日がやってきた。用意周到な六人は難なく高得点をたたき出す。


 試験終了後、一次試験の時と同じようにみんなで学食のテーブル席に座った。


「玲ちゃん、どうだと思う? みんな合格してるかな?」


 昼食を食べながら真奈美が右隣の玲に聞く。


「わからん。だが、致命的なミスはなかったと思うから、半分より上には行っているんじゃないか? 今回何人合格するのか気になるが」


 そう答えながらも、玲は何かを悔やんでいるようだった。その影のある表情に、霞は声をかけた。


「玲くんのおかげよ。ありがとう」


「いえ、霞さんのおかげです。一次試験の後、みんなと一緒にここに座って、涼音と会えて。俺、こんなに熱くなったこと、これまでなかった。みんなと一緒にここまで来れて、本当によかったと思ってる」


 玲がしみじみと答える。


「なに言ってんの、あたしたち、これからもずっと一緒よ!」


「そうだな、これから研究に入るわけだしな!」


 真奈美と良助が応じた。


「そ、そうね、でも結果を見てからにしましょ。もし誰か一人だけ落ちてたりしたらギクシャクしちゃうから(ないとは思うけど……あ、あれ?)」


 空気を読まない霞の発言に、テーブルの雰囲気が一気に暗くなる。


「(やばっ! NGワードだった! あ、そうだ、以前のことを確認しなきゃ)ところで、玲くんと雅也くんに聞いてなかったんだけど、二人はどうやってまなみんと知り合ったの?」


 霞の問いかけに玲がパスタをすくうフォークを止めた。


「去年の秋に俺が雅也を呼び出して、近くの公園で話してたんだ。そうしたら急に襲われそうになって、あわてて逃げ込んだのが博士の家だった」


(襲われそうになったって、わたしのことですかーっ!)


「最初からよくわからねー話だが、すげー偶然だったってことか?」


 そう言って良助が一気にドリンクを飲み干した。


「いやいや、運命だったのよ。あたしたちが出会う――」

「単なる偶然です。はい」


 真奈美をぶった切るように雅也がきっぱり言いきった。


「あんた相変わらず空気読めないわね」


「まあ偶然だな。だが、博士は俺たちが来ることを知っていたみたいだったな」


 フォークにパスタを巻く玲にもしれっと言われ、真奈美がむくれた。


「あんたたち、あえて無視してるわよね? あたしだって知ってたじゃない!」


「え? そうだったっけ?」


「雅也あんた、本当に覚えてないの? 窓から手を振ったでしょ、あたし。こっちよって」


(やっぱり、あの日が初対面だったのね!)


「あー、まなみんがパジャマで登場した時か。ある意味インパクトあったな」


 玲がわざとらしく答えた。


「あ……いや、なんかもうちょっとドラマティックに言えない? お二人とも」


「どうせ博士に教えてもらってたんだろ?」


「それはまあそうなんだけどさー、おじいちゃんには言われただけなのよ。今日、なにかあるかもしれないよ? って」


(やはり博士が言っていたことは本当なのかしら?)


「ん? 何それ?」


 真奈美の話が気になったのか、とんかつをほおばっていた雅也が顔を上げた。


「おじいちゃんの勘って、よく当たるのよ。あんたたちのこと教えてくれたのもあの日だったし、あたしも友達がほしかったから、なんとなく窓の外を見てたら、本当に二人が走ってきて、思わず手を振って叫んじゃったの」


「それ本当?」


「本当よ。だからあんたたちを引き寄せたのはあたしの意志の力なの」


 そう言ってスープをすくう真奈美。とんかつを飲み込んだ雅也が、真奈美ごしに玲を見た。


「僕とお前が外で会ったのって、あの日が何年ぶりだったんだっけ?」


「五年か? 少なくともその間、俺は外出してなかったしな」


「それは僕も一緒だ。確かに偶然にもほどがある」


 場が静まり返った。しばらくして涼音が飲んでいたジュースを置き、口を開いた。


「……私も……博士……凄いと……思う」


「あら、どうしてかしら?」


 霞が涼音の聞き役に回る。


「……初めて……会った……時」


「あ、そうか!」


「おい待て! それだけでわかんのかよ‼」


 玲の反応に良助がびっくりした。


「あの日博士が涼音に『タイムマシン描ける?』って聞いたよな? そして実際に涼音は描いた。俺たちは涼音のすごさに驚いたけど、博士は涼音がそれを描ける・・・・・・、ということに気がついていた」


「……そう……それ」


 玲の説明に涼音がうなずく。


「マジで通じ合ってるのかよ! オレにもその能力くれよ!」


「い、いや……なんとなく……そう思った……んだ」


「君らシンクロ率、高すぎー」


 ここぞとばかりに玲と涼音を冷やかす雅也。涼音が下を向いてしまい良助に小突かれた。


「(博士の能力って未来予測どころじゃない気がする……)二人はどうしてその日、外出しようと思ったの?」


 疑問を向けられた雅也が少し考えて口を開いた。


「ちょっと話が長くなるんだけど、あの日、玲が数学のテストで0点取ったんだ」


「そして、それにこいつは気がついた」


「(気がついたって……)どうやったら気づけるの?」


「だって30人程度のクラスで、平均点が80点弱なのに標準偏差が15近かったら、誰だっておかしいって思うでしょ?」


「それは頭が完全に数学脳の人だけです。一般人はそんなこと気にもしません」


 真奈美がつっこむが、雅也は無視して続ける。


「で、玲だなと思って、問い詰めたらこいつ、『試してみた』って」


「それで雅也を公園に呼び出して言ったんだ。俺ら二人以外、このクラスの人間いないかも、って」


「そして実際そうだった。玲の言う通りだったんだ」


「(そういうことだったのね)他に何か覚えていないかしら? その公園での話の内容とか」


「玲がいきなり自分の手にナイフぶっ刺したんだよ。人間の証明だって」


「あの時は俺も気が動転していた。まさか本当に俺らのほかに人間がいないなんて思わなかったからな。だまされた感半端なかったし、ひょっとすると自分の存在すらもあやしいんじゃないか? なんて考えたな。人間不信でどうにかなりそうだったから雅也を呼んだんだ」


「(そうだったんだ)冷静な玲くんでもそんなこと、あるのね」


「で、結局ロボットが来る羽目になっちゃって――」


「だが雅也、俺たちが初めて行ったあの日、博士には『教育システムに警告が出てたから』って言われたよな? 今にして思えばそれだけで予感できるって、相当なことだぞ?」


 フォークを皿に置いた玲が真顔で言った。


「そのおじいちゃんの血をあたしは引いてるわけで――」


「なげかわしいことだな」

「即突っ込みありがとう玲ちゃん!」


「そしてまなみんが博士と暮らす理由が明かされ――」


 振り向きざまのアイアンクローが雅也の顔面を襲った。


「(そこに秘密があるのかしら?)ところでまなみん、博士ってどんな人なの?」


「あたしが物心ついた時はすでに、今みたいなおじいちゃんだったから、なんとも言えないけど、仮想世界を作ったって自分で言うくらいだから凄いんじゃない? でも家にいるときもみんなと一緒にいるときと同じで、優しいおじいちゃんだよ」


「普通に考えれば、今の仮想世界を作るなんて、相当イメージ力がないとできないことだと思うんだよね」


 真奈美の爪痕を顔に残したまま、雅也が付け加える。


「じゃああの日、博士は涼音とシンクロしてたってことか?」


 雅也をまねて、良助が言った。


「あなたそのネタ好きね(あなたは昔、わたしとリアルにシンクロしてたんだけどな!)」


「だってオレら、これから研究課題決めないといけないんだぜ?」


「……タイムマシン」


 うつむいたまま涼音がつぶやく。


「おっと、そうだった。作らねーといけねーな。けどできるのかよ、そもそも」


「現在の物理学では無理だ。越えなければならない壁が無数にある」


 玲の言葉に涼音がこくっとうなずいた。


「いやいや、もし今後、玲くんと涼音ちゃんが作れないんだったら、むしろ人類には永遠に不可能な気がするわよ。タイムマシン――」


「……みんな」


「えっ?」


 突然顔をあげた涼音の言葉に、霞がふりむく。


「……みんなの……力……必要」


「それって、オレもか?」


「……当然」


「あ、あたしも?」


「……絶対」


「あんた、ええ子や……」


 涼音に言われ、真奈美が目を細めた。


(ひょっとして、わたしも必要なの? というか、このままこの子たちがタイムマシンを作ったから博士が未来から来たってことなのかしら?)

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